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第54話

こちらの心情などお構いなく、時は流れる。 日々忙殺されていると朝陽の尊さすら忘れそうになるけど、これは全然当たり前じゃない。 俺は生かされてる。そして、幸せを手にしている。それだけは片時も忘れたくない。 「都築ー、楽器修理の業者さん来たから対応するわ。ちょっとレジ頼む」 「了解!」 日比野に返事し、新しい手入れ道具を急いで陳列した。 相変わらず、日中はがむしゃらに仕事してる。生きる為に大事だし、今はあまり休みたくなかった。止まらず、余計なことは考えないで働いていたい。 「……っと」 レジへ移動すると、エプロンの中のスマホが振動した。 お客さんがいないことを確認し、こそっと画面を見る。 そこには「母」と表示されていた。 気になるけど、今は出られない……。 仕方なしに、スマホをポケットに戻す。仕事が終わったら電話しようと思い、目の前の業務に集中した。 景さんと出逢って出勤は週六から週五に減らしたものの、雨の日は出掛ける為自由な時間が増えたわけではない。自宅のアパートに帰る頃にはへとへとで、シャワーを浴びたらベッドで気を失う日々が続いていた。 「今週末は晴れ……じゃあ洗濯して、布団クリーニングに出して、買い出し行って……」 やることはたくさんあるけど、全然手につかない。大体よく分からない間に一日が終わる。 銀行も行きたいし、役所も行きたい。あ、後……母さんに電話しないと。 ……駄目だ、眠い。 スマホに伸ばした手は、力尽きてシーツの上に落ちた。 一夜は一瞬だ。けたたましいアラームに叩き起され、ベッドから転がり落ちる。 「バイト行かなきゃ!」 冷蔵庫に何もないし、行く途中で朝兼昼ごはんを買っていくか。あれ、そういえば定期っていつまでだっけ。 ────ああ。俺はやっぱり、晴れの日の方がしんどい。 『……疲れてそうだな、都築』 「いえ…………元気です」 『いつもより声が2オクターブ低いぞ』 終電から降り、都築は渇いた笑いを零した。 少しでも良い一日だったと思えるよう、帰り道に景に電話してしまった。 突然で申し訳ないけど、やっぱり彼の声は癒される……。 今日の居酒屋は壮絶だった。酔って騒いだ客に隣の席の客が激怒し、あわや大惨事となった。怪我人は出ずに済んだが、皿やグラスが割れ、閉店まで片付けに追われていた。 冷たい風を受けながら、川沿いを歩く。しんどいけど、大好きな人の声を聞きながら歩けるから幸せだ。 『景さん、夜は何食べたんですか?』 「ん? ……牛丼。キムチ乗せ」 『あはは、美味しそうですね』 「お前は何食ったんだ?」 『何も。まかない食べられる状況じゃなかったんで、冷凍ぎょうざを買いました』 でも、出来合いのものを買えば良かった、とちょっと後悔している。帰ったら焼くことすら億劫になって、そのまま寝落ちしそうだ。 『……明日は晴れだし、一日寝たらいい』 「ありがとうございます、そうします。……でもそれでいつも後悔するんですよね。今日も何もできずに終わったな、って憂鬱になる。こうやって無為に過ごして、気付いたら何十年も経ってるんでしょうね」 相当重たい空気が通話口から流れていたのか、景さんは心底心配そうに答えた。 『ダブルワークをやめて、ひとつに絞ったらどうだ?』 「検討いたします……」 『おい、歩きながら寝るなよ』 ふらつきながらもスマホをしっかり耳にあてる。すると、小さなため息が聞こえた。 『明後日はどう? もし疲れてなければ、ちょっと会えないか』 「え。会えます」 二つ返事で承諾すると、笑い声が聞こえた。 『よし。肉でも食うか』 そして、翌々日。 俺は景さんの家……ではなく、郊外の一軒家に来ていた。 「景さん、ここが?」 「姉貴の家」 景さんがインターホンを押すと、ひとりの女性が黒髪をなびかせながらドアを開けた。 「都築くん、いらっしゃい! 久しぶりだね!」 「海美さん。お久しぶりです!」 晴れやかな日曜日にお邪魔したのは、海美さんとその旦那さん、光俊さんのお宅だった。 関係ない俺が来ていいのか正直不安だったけど、彼らは笑顔で歓迎してくれた。 促された席について、手土産のお菓子を渡す。コンロをセットした光俊さんが、苦笑しながら海美さんを見た。 「あれから外では飲むの控えてるみたいなんだけど。都築くんも景くんも、面倒かけてごめんね」 海美さんも申し訳なさそうに、生肉をたくさん乗せたプレートを持ってきた。 「今日まで、都築くんに迷惑かけたことが忘れられなかった……」 「そんな! 全然迷惑じゃないし、気にしないでください。焼肉は嬉しいですけど」 「良かった! じゃいっぱい食べて! お詫びが第一だけど、純粋に都築くんとご飯食べたかったからさっ」 二人は俺を焼肉パーティに呼びたくて、景さんに頼んでいたらしい。 申し訳ないやら有り難いやらで、ちょっと気恥ずかしい。 準備が整い、四人で乾杯する(海美さんは烏龍茶)。美味しいお肉を頂いて、あっという間に楽しい時間が流れた。

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