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第55話

海美さんと光俊さんは本当に息が合ってて、見ていて楽しい。 最近は忙しくてやられそうだったけど、彼らの日常に触れたことで緊張がほぐれてきていた。 両手を合わせ、改めて御礼を伝える。 海美さんが片付けを始めたので、慌ててキッチンへ向かった。 「海美さん、俺がやりますよ」 「大丈夫だよ。景達と休んでな?」 「いえ。厨房の仕事もしてたので、皿洗いは得意です」 お皿を持っていくと、彼女は少し考えてから笑った。 「ありがとう。じゃ、一緒にやろ」 景さんはベランダに出て、光俊さんとなにか話している。 俺と海美さんは食器を棚に仕舞い、テーブルを拭いた。 「都築くんが手伝ってくれたからすぐに終わっちゃった」 「焼肉のタレって落とすの大変ですもんね」 「美味しいんだけどね~。……はあー、やっぱり都築くんがお嫁に来てほしいわ」 「海美さんは迎えられる側ですよね?」 相変わらずのペースに吹き出してしまう。しかし存外真剣な表情で、壁に寄りかかった。 「私じゃなくて、景の」 「……ま、またまた~」 おどけてみせたけど、本当は嬉しくて大はしゃぎしたいぐらいだ。けどそういうわけにはいかないから、口端を引き結ぶ。 海美さんは俺を気に入ってくれたみたいだけど、景さんのご両親は全く違うかもしれない。 入れてもらったお茶を飲み、笑った。 「俺、今まで恋愛と無縁の人生だったんです」 「ええ? 変ね、都築くんかっこ可愛いのに」 「いえ、駄目駄目ですよ。臆病だから」 実際焦がれ続けた景さんに会えてからも、本心を明かすのに苦労した。 記憶が曖昧だから、という理由だけではない。もっと根底的な部分に繋がりを恐れる闇が潜めいている。 だけど海美さんは、ベランダの方を眺めて腕を組んだ。 「それがちょうどいいんじゃないかな。私なんてしょっちゅう人との距離感間違えて、光俊や景に怒られるし」 「でも、それは海美さんの長所ですよ」 「なら都築くんだって、短所じゃなく長所よ」 眩しい、陽だまりのような笑顔だった。 これからの展望も録に見えないけど、優しい人達に囲まれて今日も生きている。 目まぐるしい日々の中で、傷口が少しずつ塞がっていくのを感じた。 「ありがとうございます」 改めて彼らに感謝し、両手を前で繋いだ。 「海美さん。結婚ってどうですか?」 「あら。そんなの訊いてくるってことは都築くん、結婚したい相手がいるの?」 「いるにはいるんですけど……それまで違う環境で生きていた人同士が家族になる、ってどんな感じなんだろう。って思いまして」 正直に話した。 「本当の家族とすら、ちょっとぎくしゃくしてるんです。そんな俺が、ちゃんと相手を幸せにできるのか。時々不安になっちゃって」 「そう。……大丈夫よ。一緒になったら案外何とでもなるし」 海美さんは後ろに手を回し、目を細める。 「相手のことを考えるのはもちろん大事。でも自分が幸せになれるかどうかもちゃんと考えるんだよ?」 結婚はボランティアじゃないからね、と彼女は悪戯っぽく笑った。 それが妙に説得力があって、俺も頷いて笑った。 「海美、都築くんに変なこと教えてない?」 すると、ちょうど光俊さんと景さんがベランダから戻ってきた。海美さんは不満そうに頬を膨らませ、光俊さんを見る。 「とても大事な話をしてたわ。結婚相手は選ばないと駄目って言ってたの」 それを聞いて、光俊さんだけでなく景さんの表情も強ばった。何故か分からず待ってると、景さんがため息まじりに口を開いた。 「……義兄さんは姉貴のことを心配してた。繁忙期で帰りが遅いから、寂しい想いをさせてるんじゃないかって」 「ち、ちょっと景くん!」 光俊さんは露骨に慌てた。恥ずかしいのか、わずかに頬も赤らんでいる。 申し訳ないけど、俺はちょっと安心してしまった。 同じ家に住んでいても、生活パターンが違えばそういった不安は絶対に生まれるものなのだと。 決して明るくない感情も交えながら、支え合って生きている。よく考えれば当たり前で、なんて尊い。 景さんの言葉を受け、海美さんはまばたきした。 「……心配なら私に訊けばいいのに、先に景に相談するのね」 「いや、そこはその……景くんは海美のことよく分かってるから。俺も話しやすいというか」 バツが悪そうな光俊さんの隣で、景さんは眼鏡を拭いている。若干動揺してる気がしないでもないけど、海美さんはそれを見て吹き出した。 「心配してくれてありがと。……もちろん、光俊の帰りが遅い日は寂しいよ」 「海美……ごめんな。明日からなるべく早く仕事終わらせて帰るから」 さっきまでのギスギスした空気はどこかに消え、二人は微笑みながら見つめ合った。 やっぱり仲が良い、愛し合ってる二人なんだな。 思わず拍手しそうになると、景さんに腕を掴まれた。 「惚気け始めたから帰るぞ」 「えぇ、まだ見てたいです」 「何が楽しいんだ」 渋ったものの、ほぼ引き摺られる形で玄関に連れて行かれる。諦めて上着を羽織ると、光俊さんが慌てて見送りに来た。 「ごめんごめん! つい二人だけの世界に入っちゃった」 「大丈夫ですよ。いつまでもどうぞ」 「いやいや。ほんと氷のような子なんだから……都築くん、悪いけど景くんの心を温めてあげてね」 「え? あ、はい」 突然振られて、よく分からないけど頷く。 光俊さんは困ったように笑っていた。何だかんだ、景さんのことを本当の弟のように思ってるのかもしれない。 何か良いな。 「景~、都築くん、気をつけて帰ってね」 海美さんも、光俊さんに寄りかかりながら手を振ってくれた。 二人に御礼を言い、家を後にする。閑静な夜の住宅街を抜け、思いきり腕を伸ばした。 「まだお腹いっぱいです。一週間ぶんのお肉を食べました」 「ちょっとは元気出たか?」 「ええ! 本当にありがとうございます」

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