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第60話

あの真珠は、明永が俺に居場所を伝える為に渡してくれたものだ。 “都築”は主を見つける為の手掛かりだと思っているが、そうじゃない。生まれ変わった俺達をまた手繰り寄せる為のよすが。 都筑は最期が突然過ぎて、記憶に罅が入ってしまっている。 だからこの時代では、絶対に彼を守ると決めた。弱く、愚かだったガキの自分を呪いながら、ひたすらに彼を捜し続けた。 頼む。 お願いだから、もういなくならないでくれ。 ぬかるんだ土を踏みしめ、朽ち果てた祠の前に辿り着いた。石碑は文字も欠けてしまっているが、分かる。昔ここで起きた大災害の年数と日付が刻まれていた。 現代であの日のことを知ってる者はいない。誰が助かって、誰が犠牲になったのか。俺はそれがどうしようもなく歯痒くて、自分を殺したくなった。 彼が消えたあの日、俺の人生は確かに終わったんだ。 明永がいなくても俺はこの地に留まり続けた。無気力ながらも主と祠を守る為に生を続けた。 だが五年の時を経て、再び大きな災害に襲われることになる。 主にも逃げるように言われたが、もう、逃げる必要なんてどこにもなかった。 爛れた人生の幕を引くには、この地以外にはあり得ないから。 「はぁ……っ」 周りを見渡し、スマホのライトで近くを照らした。 この辺りにいるはずだ。でも何も聞こえないし、感じない。 耳鳴りも止んでしまっているが、必死に木々の間を探し回った。もう雨なのか涙なのか分からない。ただ焼けそうな心臓を押さえ、叫んだ。 「都築……! どこにいる? いたら返事しろ!」 ずっと押し殺していた不安と孤独、哀感。それを初めて爆発させた。 「頼む……」 膝に手を付き、乞うように屈む。 気付けば、もうどこにもいないかつての主に縋っていた。 「……お願いします。あいつを……都築を、今度こそ助けたいんです。力を貸してください、(おかみ)様……!」 今度は絶対、後悔したくない。 命がある限り、彼を守る。寂しく、冷たい想いなんてさせたくない。 するとそのとき、足元に見覚えのあるカフスが落ちてることに気がついた。 拾い上げて耳を澄ますと、前方の木陰に人の姿が見えた。体を丸めるように横に倒れているのは、捜していた彼。 「都築!」 慌てて駆け寄り、彼を抱き起こす。あまりの冷たさに心臓が止まりそうになったが、彼の長い睫毛が揺れたことに気付き、胸を撫で下ろした。 「あ……景、さん」 「大丈夫か? 痛いところは?」 「いえ、どこも。あれ、何で倒れたんだろ。眠くなって寝ちゃったのかなぁ」 都築は呑気に瞼を擦り、不思議そうにあくびした。 雨に打たれ、極寒の山中て寝ることなんてまずない。間違いなく前世の記憶がこの地と共鳴し合ってるのだろうが、それはそれ。怒りもしっかり込み上げてきて、彼を睨んだ。 「位置情報も途中で切れるし……! お前はほんっ…………とうに…………」 「け、景さん? ごめんなさい……お、怒らないでください」 都築は青ざめながら手を振っていたが、ハッとしたように目を見開き、俺の目元に触れた。 「いや……違うな。泣かないでください」 「…………っ」 いつの間にか、雨はやんでいた。 だから誤魔化すこともできない。景の頬には、大粒の涙が零れていた。 都築は身を起こし、涙を優しく指で掬う。 「心配かけてすみません。でもおかげで全部思い出しました」 「思い出さなくてもいいのに……」 「駄目ですよ。あなたと過ごした短い期間は、一秒だって忘れたくない」 都築は景に向かい、一度だけ名前を呼んだ。 「待たせてごめん。成尋」 「……っ」 倒れるように抱き合う。 「明永。ずっと……ずっと後悔してた。ひとりで行かせてすまない……!」 謝るのは俺の方なのに。 思ったものの、都築は顔をうずめて景の頭を撫でた。 声にならない声を上げて、二人は子どものように泣きじゃくった。 手も服も全部冷たいのに、胸の中はいつかと同じ明かりが灯っている。 滝はもうないはずなのに、傍では自分達の泣き声を掻き消すように、龍の唸り声が聞こえていた。

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