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第4話 ミカエル決定

    オレは、それくらいのことをしてしまったのに。  先輩にとっては、絶対気持ち悪いはずの「先輩くん」を、その手に優しく置いてくれて、例え嘘だとしても、可愛いなんて言葉を言ってくれるなんて。  天使なんだな、きっと。  道理で、瞳がいつもキラキラしてて、カッコよくて、可愛くて。  あの派手な人達が多いサークルのなかでも、皆の人気者の立場でいられるはずだ。  ――それでも、ほんと申し訳ない、可愛いなんて無理に言わせてしまって。  何も言えないでいるオレに、先輩は、ふっと視線を流してきた。 「これ、すごく可愛いと思う。って、今の宮瀬の顔って、どういう感情なの?」  困ったようにオレを見る先輩は、そう言いながら、苦笑してる。 「――きっ……気持ちわるくないん、ですか?」  喉に張り付いた声をなんとかひねり出すと、先輩はじっとオレを見つめてから、首を傾げた。 「んー……いや、びっくりしてるけど。別に、気持ち悪いとは思わないというか。ほんと、可愛いよ?」  大天使って、ミカエルだっけ?  もう、先輩は、ミカエル決定……。 「ところでさ、これって、そういうサービスでもあんの?」 「……? サービスとは?」 「だからさ、似顔絵とか特徴送ると、ぬいぐるみにしてくれるサービス、とか?」 「………………」  しばらく考えた末、先輩が気持ち悪くないといってる理由が判明した。  先輩は、これをオレが作ったと思っていないのか。  なんか、ちょっとカッコいい先輩の写真とかをどっかに出して、軽く作ってもらった、程度で考えてるのか。  ……なるほど!  でもそれでも十分気持ち悪いと思うが、オレがせっせと心を込めて作ったと考えなければ、気持ち悪さは半減するかもしれない。よし、それで行こう……! 「そ……そうなんです、そういうのがあって……」  適当に言って逃れようとしたオレは、次の先輩の言葉で固まった。 「へえ。あー、オレもちょっと作ってもらいたいな。小学生の従妹の誕生日があるんだけどさ、好きなキャラクターが居るんだけど、ちょうどいいサイズのぬいぐるみが見つからなくって困ってたんだよね。作ってもらえばいいんだな。どこで頼んだのか教えて?」 「――えっと……あーどこ、だったかな……忘れちゃっ……」 「タグとかもないし、すげー手作りっぽいもんね。素人さんの手作り品だったりする?」 「――――……」  なんだかもう、無邪気にいい人な先輩に、嘘を重ねる気も、奪われて行く。  先輩ののどかな声と言葉に、心がごりごりと削られて行くような。  ……嘘をついてしまうと、きっと、あとから後悔するよな。今。言うしかない。  気持ち悪がられたとしても、それは実際、オレが気持ち悪いんだから仕方ない。  甘んじて受け入れよう。二度と作らないと約束して、謝ろう。 「せ……先輩」  覚悟を決めたのだが、声が喉に張り付いている。  先輩に気持ち悪がられて、嫌なものを見る目で見られるのは、哀しすぎる。  ……でも言うしかない。気持ちわるい上に、嘘を重ねて、それがバレたら、と思うと、最低すぎる。 「ん? ……てか、その感じって……まさか、とは思うんだけど」  先輩が今何を考えてるかは分からないけれど、きっと、オレが作ったなんては思わないよな。  ああ、だめだ、オレが作ったなんて言ったら、今は可愛いとか言ってくれてる先輩も、態度変わるよな。  ……でも、オレが先輩にうまい嘘なんかつけるはずがないんだ。  こんな時にうまく乗り切れるようなコミュ力があったらそもそも、先輩のミニチュア作ってウキウキなんかしてないで、先輩と仲良くなるように動くし、本物の先輩と話すんだよ。  それが出来ないから、こんなの作って、小さな幸せをただ一人、気持ち悪く噛みしめてたんだからさ……はー。もー無理だ。言うしかない。そう思った時。 「これ、まさか、お前が作ったの?」 「――――」  鋭い。……というのか。今の場合、これは普通に考えつくことなのか? もはやそれすら、オレには分からない。分からないが、もう認めるしかなく、先輩の顔は見られないまま、オレは小さく頷いた。 「えー、マジで……?」  驚いたみたいな声を出してる先輩。「先輩くん」をあらためてよく観察している。  オレは、すく、と立ち上がった。 「本当にすみませんでした……気持ち悪すぎて、先輩のトラウマにならないように祈ってます。あと、もう二度と作らないって約束するので……オレのことは忘れてください!」 「はー? ちょっと待て待て、座れよ」  頭を下げて謝ったら、また腕を掴まれて、座らされてしまう。 「何なの、ほんと。お前、大学から消えるつもり?」  先輩はおかしそうに笑う。  「大丈夫だから、別にオレ、そこまで気持ち悪くないし。とりあえず落ち着いて、座って」  腕を掴まれたまま、下から、「ね?」と微笑む先輩の笑顔に。ぐ、と息が止まる。  ――やばい。可愛い。いや、マジで馬鹿なのか、何言ってんだオレは。そんな場合じゃないだろ。  顔、熱い。真っ赤かな、オレ?   いや、でも、血の気は引いてる気がするから、真っ青かも。  ……いやもはや、紫かもしれない。  息もまともに出来ている気がしない。手は冷や汗でびっしょりだ。

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