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第6話 頭の中、大混乱
午後の授業、まるで頭に入らなかった。辛うじてノートはとったけど、文字を羅列しただけ。全然ダメだった。
なんだったんだ、さっきの……あのやりとりは本当に現実かと疑ってしまう。
でも、いろんな顔をしていた先輩が、頭に浮かぶ。
なんか、可愛かったな……ノートの端に先輩の絵を描きそうになって、はっと手を止める。
とりあえず、気持ち悪いとは思われなかったのだから、これ以上はやめておかないと。
全部謎すぎて現実感が無い。
――先輩が、オレの部屋に来る?
これも、オレの妄想ではないかと思うけど、でも先輩くんがいないのは確かで……今は人質中なのだ。
オレの部屋に、先輩が来た時の図を思い浮かべようとするけれど、ちょっと無理。
やっぱり現実とは思えなくて、想像すら出来ない。どこに座ってもらおうか。
……あれ?
うち、綺麗だっけ? 掃除機、いつかけたっけ。
どうしよう、先に掃除機だけかけさせてもらおうか。
あと、洗濯ものを、押し入れにツッコんで……せめて、五分、貰おう。
そこからは、いかに五分で先輩を迎え入れられる空間にするか、脳内で掃除の順番を決める。それ以上は待たせるなんて無理だ。
……あー。裁縫道具とか、作りかけのぬいとか、めっちゃテーブルに乗ってたな……あそこ片付けるの時間かかるか。とりあえず帰ったら死ぬ気で掃除だ。
――断ればいい、とちらっと思う。
やっぱり今日は無理です、と言えば、きっと先輩は無理強いするような人じゃない。
だけど……先輩が、オレの家に来てくれるなんて、そんな奇跡、今後あるとは限らない。
もしもできるなら。
あのぬいのことも、もう少し話して、気持ち悪い部分を少しでも排除出来たら嬉しいし。ただ純粋に、先輩と二人で話せる機会を持ちたいとも思ってる。
だから、結局、断るという選択肢は無い。
思い起こせば、さっき先輩は、他のも見たいって言ってくれたり、オレのぬいを、売れるとか言って、あんなにまっすぐ、可愛いと褒めてくれた。あんなに気持ち悪い事態だったのに。
すげーいい人。
もしも、少しでも仲良くなれたら……。そんな欲が、あるのかもしれない。
と、そこまで考えて、また、はっと気づく。
仲良くって……図々しいな、オレ。
とりあえず、今日のミッションは――気持ち悪い後輩のイメージを、少しでも消したい! ということだな。
よし。頑張ろう。
固く決意して、オレは、頭に入らない授業が、早く終わることをただ祈っていた。
五限が終わると同時に、オレは周りにいた友達らに別れを告げて、教室を早足で抜け出した。普段、のんびり歩くことの多い自分には、考えられないほどのスピードだ。じゃあな! と伝えた友達らが、「おお?」と、不思議そうな声を出していたのも、分かってる。
でも、先輩を待たせるなんて、絶対無い、と思って走り出した。
オレが遅れたら、帰ってしまうかもしれないともよぎって、余計に急ぐ。
「あ、宮瀬」
オレの嫌な想像に反して、先輩はちゃんと正門で待っていてくれて、そして、にっこり笑顔を向けてくれる。
「早いですね、先輩。すみません、お待たせして」
「うん。なんか今日は、もうやること終わったからたまには早く帰りましょう、って教授が言って、十分位前には終わってた」
「そんなに、待ってくれてたんですか?」
「え? だって約束したじゃん。ていうか、たかが十分だし」
きょとんと不思議そうな先輩は、そう言ってオレを見つめてくる。
――さっきの約束。マジで、現実だったんだ。
なんだか分からないが、胸がぎゅっと締め付けられる。
「オレ、すっごい楽しみなんだけど、今」
「でもオレんち、たいしたものはないですよ……?」
「んー? そうかなぁ。楽しみすぎだけど」
「期待しないでくださいね?」
「んーまあ。分かったけど」
クスクス笑う先輩は、オレをふ、と見上げる。
「高校、手芸部って女子ばっかでしょ? モテた?」
そう聞かれて、オレは、んー、と眉を寄せて、昔を思い出す。
「いえ。モテた記憶は少しもありません」
「えー、そうなんだ? モテそうなのに」
なんだか不思議そうに首を傾げている。
まあ、モサモサの代表みたいな奴だったからな。モテる訳がないのだ。
そうか、先輩は、結愛に改造されたオレしか見てないから。なるほど。
通りかかった弁当屋の前で、先輩が立ち止まる。
「お弁当買っていかない? お邪魔するから、オレ出すよ」
「え……いいんですか」
「うん。いいよ。ていうか、ここ、安そうだし」
弁当屋のメニューを見ながら、先輩がクスクス笑う。オレは唐揚げ弁当、先輩はハンバーク弁当を買って、また歩き出す。さらに途中のコンビニで、オレは立ち止まった。
「飲み物とか買いませんか? ここはオレが出しますね」
「え、なんで」
「……えっと……来てもらえるので、お礼、みたいな」
「えーいいの?」
クスクス笑う先輩。麦茶と炭酸のペットボトルを持ってレジに行く途中。ふと、先輩がプリンの前で止まった。嬉しそうな笑顔に、なんだかほっこりする。
「プリンも買いますか?」
そう聞くと、ふふ、と頷く先輩。
オレは隣のコーヒーゼリーにして、プリンと一緒にレジで払った。
「お弁当と同じくらいの金額になっちゃったような……」
先輩がちょっと困ったように笑うけど、オレは、笑って首を振る。
来てくれるだけで、嬉しいのはオレの方だ。
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