7 / 59

第7話 よく分からない告白

 アパートについたところで、部屋の前で先輩を振り返った。 「先輩、最低限の掃除をしたいので、五分、外で待ってもらってもいいですか?」 「え。いいのに。気にしないけど」 「一応……五分だけください」 「ん。分かった」  にこ、と笑ってくれた先輩に、すみませんと言いながら鍵を開けて、自分だけ中に入る。細い廊下があって、奥にキッチン付きの部屋が一つ。その手前の右側に、もう一部屋あって、そこが寝室。いわゆる1LDKってやつで、まあ、ひとり暮らしには十分広い間取りだと思う。  玄関と廊下は大丈夫。とりあえず、手芸以外そんなに物も無いと思ったわりに、先輩が入ると考えると結構荒れてる気がして――人生で最速で動いて掃除をした。  タイムリミットの五分。なんとか少し片付いて、先輩を迎えようとドアを開けると、先輩の話している声がした。オレを振り返った先輩は電話で通話しながら、ごめん、と片手を立てる。 「今日はちょっと……うん。用事あって。ん。そう、遅くなるかもだからやめとくよ……うん。ごめんね、じゃあ」  電話を終えた先輩は、ふぅ、と息をついて、それからオレを見上げた。 「掃除、終わった?」 「はい、一応……電話は平気ですか?」 「うん。なんか、カラオケに行くらしい」 「大丈夫、ですか?」 「うん。平気。お邪魔しまーす」  先輩はオレの開けているドアをすり抜けて中に入り、靴を脱いで、軽く揃えた。  ――ちゃんと靴、揃えるんだなぁ、この人。  なんだかほんと、好感しかないのだが。 「手、洗わせて」 「そっちが洗面台です。タオル、これ使ってください」 「うん。ありがと」  新しいタオルを、タオル掛けに掛けて、オレは先に部屋に戻った。  今急いで物をどかしたテーブルに、弁当や飲み物を並べていく。 「先輩、デザートは冷やしといてもいいですか?」 「うん、よろしく」  お茶用のコップを用意して居ると、部屋に入ってきた先輩が、少し部屋を見回した。 「広いね。ベッドの部屋、別なんだ」  そんな風に言いながら、先輩はローテーブルの向かい側に座った。  ――この人が、ここに居ることが、信じられない。  弁当を食べながら、先輩がちょっと周りをきょろきょろしている。  手芸道具や、型紙やフェルト、作りかけのぬいたちを見つけた先輩が、なんだかちょっと嬉しそう。 「あんまり見ないでください……」 「あ、ごめん」 「いや……あの違くて……散らかってるし、ちょっと恥ずかしいので」 「なんで? なんか、工房みたいで、すげーなーと思ってるけど」  素直な誉め言葉に、咄嗟に返す言葉が出てこない。  散らかってるのもあるけど――改めて自分でも見ると、材料や諸々、たくさんあって。  ものすごく、オレの「好き」が集まってる場所だから。  まさかそこを、よりによって、この先輩に見られるとか。  かなり、恥ずかしい。 「あっそうだ」  先輩は、手を伸ばして、自分の鞄の中から、「先輩くん」を取り出した。 「人質にしてごめん」  クスクス笑いながら、「先輩くん」をオレに差し出してくれる。オレが受け取ると、先輩は座り直して、普通に弁当を食べ始めた。  オレは、少し、固まったまま、「先輩くん」を握った。 「先輩、あの……」 「ん?」 「これ、オレが持ってて、平気ですか?」 「――どういう意味?」  じっと見つめられて、少し言葉につまる。一度唇を噛んでから、思い切って聞いてみた。 「オレがこれを持ってるのって……気持ち悪く、ないですか?」 「――あぁ。そういう意味……んー」  先輩は少し困ったように、オレを見つめ返してから、ふ、と微笑んだ。 「ちなみにさ。それ――なんでオレのぬいぐるみ、作ったのか、聞いてもいい?」  ド直球に聞かれて、またも言葉につまる。  ――結愛に世間話や、会話に困った時の話題とかは、いろいろ仕込まれたが。  こういう大事な時に使う言葉は、やっぱり、自分が持ってるものを出すしかないのだと思う。オレのコミュ障は、まだ全然直ってはいないのを痛感する。 「……正直に、いいますね」 「うん」  オレが思わず正座をすると、先輩も箸をおいて、じっとオレを見つめた。 「実はオレ……高校までは、めちゃくちゃコミュ障だったんです。髪型とかも全然違ってて……今のこれは、陽キャの妹に、変身させられたというか……」 「うん。……とりあえず、それで?」 「それで、オレ……外見とか話し方とかは少しはましになったんですけど……まだまだ人とずっと話すとか、結構疲れる時があって……でも、オレ、なぜか先輩だけは、会った時からすごく話しやすくて」 「うん」 「……カッコいいし、もうほんと、陽キャの人にもモテてるのに、なんか穏やかで優しくて……憧れの人なんです」  先輩の笑顔が可愛くて、という部分は、一応避けたけど、それ以外は、全部本当のことだった。もう全部話してしまった方がいいだろうと、覚悟を決めた。顔は見れず、先輩のネックレスをガン見しながら。 「それで――先輩のぬいを、お守りにしてたというか……なんか、すごく可愛く作れたのもあって、自分でも満足してるので、見てると好きだし、先輩に結構似てるので、なんかほんと、勇気を貰えるというか、癒される、というか。先輩みたいに、自然体で頑張ろうって思えると、いうか……」  そこまで言って、オレは困って、更に俯いた。  ちょっと待て……なんかオレ、先輩に妙な「好き」を告白したみたいになってないか?  これ以上何を話せばいいんだろうか。えーと……だから……。 「コミュ障っていうわりには、結構そこはすらすら話したね?」  なんだか柔らかい口調でクスッと笑う先輩に、少し顔を上げてから、オレは、はあ、と頷いた。 「今言ってるのは、本心なので……本心なら、頑張れば、話せます。……人に合わせて、話すとか、そういうのが、苦手なんですけど」 「ふぅん……そっか」  先輩は、顎に手を当てて、んー、と考えている。 「えーと……うん。何となく、理解した。でもって、それを聞いたオレは……今、ちょっと考え中なので」 「あ、はい……」 「嫌な感じでは受け取ってない。だから、ちょっと考えさせて? とりあえず、食べちゃお?」  にこ、と、先輩が笑うので、オレも自然と、少し笑みが零れた。  こんな、よく分からない告白をした後なのに。先輩は、ほんと、優しい。

ともだちにシェアしよう!