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第7話 よく分からない告白
アパートについたところで、部屋の前で先輩を振り返った。
「先輩、最低限の掃除をしたいので、五分、外で待ってもらってもいいですか?」
「え。いいのに。気にしないけど」
「一応……五分だけください」
「ん。分かった」
にこ、と笑ってくれた先輩に、すみませんと言いながら鍵を開けて、自分だけ中に入る。細い廊下があって、奥にキッチン付きの部屋が一つ。その手前の右側に、もう一部屋あって、そこが寝室。いわゆる1LDKってやつで、まあ、ひとり暮らしには十分広い間取りだと思う。
玄関と廊下は大丈夫。とりあえず、手芸以外そんなに物も無いと思ったわりに、先輩が入ると考えると結構荒れてる気がして――人生で最速で動いて掃除をした。
タイムリミットの五分。なんとか少し片付いて、先輩を迎えようとドアを開けると、先輩の話している声がした。オレを振り返った先輩は電話で通話しながら、ごめん、と片手を立てる。
「今日はちょっと……うん。用事あって。ん。そう、遅くなるかもだからやめとくよ……うん。ごめんね、じゃあ」
電話を終えた先輩は、ふぅ、と息をついて、それからオレを見上げた。
「掃除、終わった?」
「はい、一応……電話は平気ですか?」
「うん。なんか、カラオケに行くらしい」
「大丈夫、ですか?」
「うん。平気。お邪魔しまーす」
先輩はオレの開けているドアをすり抜けて中に入り、靴を脱いで、軽く揃えた。
――ちゃんと靴、揃えるんだなぁ、この人。
なんだかほんと、好感しかないのだが。
「手、洗わせて」
「そっちが洗面台です。タオル、これ使ってください」
「うん。ありがと」
新しいタオルを、タオル掛けに掛けて、オレは先に部屋に戻った。
今急いで物をどかしたテーブルに、弁当や飲み物を並べていく。
「先輩、デザートは冷やしといてもいいですか?」
「うん、よろしく」
お茶用のコップを用意して居ると、部屋に入ってきた先輩が、少し部屋を見回した。
「広いね。ベッドの部屋、別なんだ」
そんな風に言いながら、先輩はローテーブルの向かい側に座った。
――この人が、ここに居ることが、信じられない。
弁当を食べながら、先輩がちょっと周りをきょろきょろしている。
手芸道具や、型紙やフェルト、作りかけのぬいたちを見つけた先輩が、なんだかちょっと嬉しそう。
「あんまり見ないでください……」
「あ、ごめん」
「いや……あの違くて……散らかってるし、ちょっと恥ずかしいので」
「なんで? なんか、工房みたいで、すげーなーと思ってるけど」
素直な誉め言葉に、咄嗟に返す言葉が出てこない。
散らかってるのもあるけど――改めて自分でも見ると、材料や諸々、たくさんあって。
ものすごく、オレの「好き」が集まってる場所だから。
まさかそこを、よりによって、この先輩に見られるとか。
かなり、恥ずかしい。
「あっそうだ」
先輩は、手を伸ばして、自分の鞄の中から、「先輩くん」を取り出した。
「人質にしてごめん」
クスクス笑いながら、「先輩くん」をオレに差し出してくれる。オレが受け取ると、先輩は座り直して、普通に弁当を食べ始めた。
オレは、少し、固まったまま、「先輩くん」を握った。
「先輩、あの……」
「ん?」
「これ、オレが持ってて、平気ですか?」
「――どういう意味?」
じっと見つめられて、少し言葉につまる。一度唇を噛んでから、思い切って聞いてみた。
「オレがこれを持ってるのって……気持ち悪く、ないですか?」
「――あぁ。そういう意味……んー」
先輩は少し困ったように、オレを見つめ返してから、ふ、と微笑んだ。
「ちなみにさ。それ――なんでオレのぬいぐるみ、作ったのか、聞いてもいい?」
ド直球に聞かれて、またも言葉につまる。
――結愛に世間話や、会話に困った時の話題とかは、いろいろ仕込まれたが。
こういう大事な時に使う言葉は、やっぱり、自分が持ってるものを出すしかないのだと思う。オレのコミュ障は、まだ全然直ってはいないのを痛感する。
「……正直に、いいますね」
「うん」
オレが思わず正座をすると、先輩も箸をおいて、じっとオレを見つめた。
「実はオレ……高校までは、めちゃくちゃコミュ障だったんです。髪型とかも全然違ってて……今のこれは、陽キャの妹に、変身させられたというか……」
「うん。……とりあえず、それで?」
「それで、オレ……外見とか話し方とかは少しはましになったんですけど……まだまだ人とずっと話すとか、結構疲れる時があって……でも、オレ、なぜか先輩だけは、会った時からすごく話しやすくて」
「うん」
「……カッコいいし、もうほんと、陽キャの人にもモテてるのに、なんか穏やかで優しくて……憧れの人なんです」
先輩の笑顔が可愛くて、という部分は、一応避けたけど、それ以外は、全部本当のことだった。もう全部話してしまった方がいいだろうと、覚悟を決めた。顔は見れず、先輩のネックレスをガン見しながら。
「それで――先輩のぬいを、お守りにしてたというか……なんか、すごく可愛く作れたのもあって、自分でも満足してるので、見てると好きだし、先輩に結構似てるので、なんかほんと、勇気を貰えるというか、癒される、というか。先輩みたいに、自然体で頑張ろうって思えると、いうか……」
そこまで言って、オレは困って、更に俯いた。
ちょっと待て……なんかオレ、先輩に妙な「好き」を告白したみたいになってないか?
これ以上何を話せばいいんだろうか。えーと……だから……。
「コミュ障っていうわりには、結構そこはすらすら話したね?」
なんだか柔らかい口調でクスッと笑う先輩に、少し顔を上げてから、オレは、はあ、と頷いた。
「今言ってるのは、本心なので……本心なら、頑張れば、話せます。……人に合わせて、話すとか、そういうのが、苦手なんですけど」
「ふぅん……そっか」
先輩は、顎に手を当てて、んー、と考えている。
「えーと……うん。何となく、理解した。でもって、それを聞いたオレは……今、ちょっと考え中なので」
「あ、はい……」
「嫌な感じでは受け取ってない。だから、ちょっと考えさせて? とりあえず、食べちゃお?」
にこ、と、先輩が笑うので、オレも自然と、少し笑みが零れた。
こんな、よく分からない告白をした後なのに。先輩は、ほんと、優しい。
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