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第8話 中身のオレ

「なぁ、唐揚げとハンバーグ、交換しない? 食べかけだけど、そっち側から取ってくれたら」 「唐揚げ、あげますよ、どうぞ」 「交換しようよ。ハンバーグ嫌い? それとも潔癖症だったり?」 「好きですよ。潔癖とかは別に。先輩ですし」 「――」  ん。ちょっと先輩、止まってる? あ、やば……変なこと言ったかもしれない。 「あ、変な意味じゃなくて、先輩が汚いとかある訳ないというか……」 「あー、うん」 「いや、ほんと変な意味じゃなくて……」  言えば言うほど、変な意味になっていく気がする。どうしよう、と思った瞬間、先輩が、ふは、と笑った。 「分かってるよ、なんか、焦るのが面白くて……」 「っ……本気で焦るので……」 「はいはい、了解。ごめんね」  先輩はクスクス笑ってそんな風に言ってから、弁当をテーブルに置いて、オレをまっすぐに見つめてきた。 「あのね、オレさ、実は思ってたことがあるんだけど」 「なんですか?」 「宮瀬ってルックスはかなり良いのに、どうしてそんな感じなのかなってずっと思ってたんだ」 「えっ」  先輩の口から「ルックスがかなり良い」なんて、初めて聞いた。心臓が、変な音を立てた気がする。  反応すべきはそこか? それとも、「そんな感じ」の方なのか?  どっちも気になりすぎて、言葉が出てこなかった。すると、先輩は、ちょっと目を細めて笑った。 「どっちに引っかかった?」 「え?」 「ルックス、と、そんな感じって言葉」 「……どっちも、です」  そう言うと、先輩が少しだけ口角を上げた。 「――どっちも引っかかって、固まっちゃった感じ?」  先輩の視線がオレをじっと見つめてくる。なんだか、心の中まで見透かされそう。ドキドキしてしまう。  バレバレすぎて恥ずかしいけど、返事出来ずに固まってるのもその通りなので、仕方なく頷く。  すると、先輩はまた、はは、と笑った。 「宮瀬のこと、カッコいいって言ってる子、結構いるし、オレそう思ってたんだけどさ。なんだろね、宮瀬は少し変わってるなって思ってたの、オレ」 「えっと……オレ、変わってますか?」 「あ、悪い意味じゃなくてさ。そんな顔してたら、もっとノリノリの奴になってそうなのに、宮瀬はすごく穏やかで……どっちかっていうと静かだし。あと、ほら。昼も消えるとか言うし、ちょっと不思議でさ」 「――――」  先輩が話せば話すほど、言葉に詰まる。  今、周りはオレを『それなりに陽キャなイケメン』だと思ってるみたいで。そう振る舞えているのは結愛のおかげだけど、でも本当のオレは違うから疲れる時もある訳で……。 「あの……先輩には、オレって、陰キャに見えてましたか?」 「え、陰キャ?」 「はい。もし、陽キャと陰キャで分けるとしたら……先輩は絶対陽キャですよね。オレは、どう思いますか?」  先輩がきょとんとして、少し眉を顰めて、一瞬視線を落とした。 「絶対陽キャって言われると……まあ微妙なんだけど」 「えっ?」 「……はは。さっきからオレ達、ふたりで、えっえって言い合ってるね」  先輩は顔を上げてオレを見て、楽しそうに微笑む。 「確かにそうですね」 「だよね、変な会話」 「なんかすみません、話進んでないですよね」 「面白いからいいけど」  確かにさっきからちょっと間抜けな感じの会話が続いてる気がする。先輩は可笑しそうに、ははっと笑い出した。つられてオレも苦笑してしまう。  ひとしきり笑った後、先輩はオレをじっと見つめて微笑んだ。 「まあ陽キャ陰キャとかじゃなくてさ、宮瀬はカッコいいと思うよ。でも、中身は穏やかっていうか控えめっていうか? 別にさ、イケメンはこうって偏見がある訳じゃないけど。もうちょっと、自信持って生きててもいいんじゃないのかなあとは思ってたんだよね」 「――ていうか、先輩の方が、絶対的にイケメンなので、イケメンに偏見、とか言うのも不思議ですけど」 「え、そう? って、なにこれ、褒め合ってて、おかしいね」  クスクス笑う先輩の笑顔は――本当に、可愛いなと思ってしまう。 「とにかくさ……不思議だなあって思ってたんだ、オレ」 「――はい」 「だからさ、コミュ障から大学デビューして、外見や話し方を変えたって聞いて、すごく納得した。外見はあとからで……穏やかなのが、ほんとの宮瀬なんだね」  オレが何とも答えられず、ただ先輩を見つめていると、先輩は「ちょっと話中断」と笑った。 「とりあえず、ハンバーグ、切っちゃうから。取って」 「あ、ありがとうございます」  切ってくれたハンバーグを箸で取らせてもらって、そのままお弁当を差し出した。 「先輩も唐揚げどうぞ」 「うん。ありがと」  弁当ごと差し出して、唐揚げを取ってもらうと、先輩は、ぱく、と唐揚げを口に入れた。 「うま。唐揚げ」  ふふ、と笑う先輩は、そのあとは言葉少なめな感じで、弁当を食べている。  ――なんだか、目の前の先輩のことが、キラキラして見えてくる。  先輩って、オレのこと――外見じゃなくて、中身のオレを見てくれてたのか。  そう気づいた瞬間、胸の奥がきゅっと痛くて、息が少し詰まった。  ふ、と弁当から視線を上げると、先輩の綺麗な瞳と視線が合う。特に何も言わず、先輩は、にこ、と微笑む。  こんな感じだから、あんなに人気あるんだろうな。  オレに限らず、皆にとってそうだってことは、分かってるんだけど。  胸の奥がじんわり熱くて、鼓動が速い。  なんか、やばい。

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