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第9話 悶えてるオレ
もうすぐ弁当を食べ終わる。そしたら、さっきのオレの話に、きっと先輩が何か言ってくれるのだと思う。緊張する……。
一応、全部ちゃんと話せたよな、と考える。
オレがゲイかもしれない、とか、先輩を特別好きかも、みたいなことだけは敢えて言わない。だって、ゲイの男が、先輩のぬいを作って可愛がってるとか聞かされたら、いくら優しい先輩でも本当に困るだろうし。
それに、ただ本当に癒されていただけで、恋愛の気持ちでぬいを持っていた訳では無いから、そこは許してもらおう。これ以上、嫌な気持ちにはさせたくない。としたら、それ以外のことは、なんとか話せたかな。
テーブルに置いた「先輩くん」をちらりと見てから、黙って弁当を口に運ぶ。
ほぼ同じタイミングで二人とも食べ終わると、「ごちそうさまでした」と言葉がかぶった。息を合わせたような偶然に、胸の奥がまた落ち着かなくなる。
弁当箱を片付けて席に戻って、麦茶をひと口飲むと――緊張してるみたいで、喉を通る冷たさがさっきよりも鮮やかに沁みた。鼓動が速くて困っていると、先輩が、オレに向き直った。
「な、宮瀬。さっきの話に思うこと、言っていい?」
「っは……はい!」
かなり身構えて、背筋を伸ばして座り直す。
「えーとまず、さ。お前がオレを憧れって言ってくれるのは嬉しいよ? って言っても、そんな大した奴じゃないけど、オレ」
「そんなこと、ないです」
すぐ否定したけど、ふ、と苦笑する先輩。言い方が少し気になるけど、何て言ったらいいのか分からないまま黙っていると、先輩は、すぐにいつもの笑顔に戻ってオレを見つめた。
「オレ、さっきの話を聞いて、宮瀬のこと、気持ち悪いとは全然思ってないから安心して」
「……ほんと、ですか?」
「うん。ほんとに――オレも、先輩に憧れたことはあるから、そういう気持ちは分かるし。ぬいぐるみに関してはさ、こんなに上手に作れるものなの? って、ほんとすごいと思う」
そう言って笑顔を見せてくれる先輩に、それが真意なのは言い方で分かって、オレは少しだけ頷いた。
「オレの手芸は、年季が入ってるだけなんですけど」
「ずっと続けてるのがすごいんじゃない? ほんと、売れるんじゃないかな? やってみないの、そういうの」
「そんなに甘くないかなぁと思うんですよね。高校の文化祭の時は売れたんですけど、あれは手芸部として売ったしノリもあったので……」
「そうかなぁ? 売れそうだけど。あ、作ってるやつ、見せて?」
楽しそうに笑う先輩の顔を見てると、気持ちがなんだかふわりと浮きたつ。
オレが完成してるぬいや、作りかけのものや型紙やら、いろいろ見せていると、先輩は、「これ可愛い」とか「これ面白い顔してるー」とか、すごく楽しそうに笑っている。
本当に、気持ち悪い、とは、思ってないみたい。
――嬉しい、な。こんな風に、見てくれて。ほんと。優しい人だな。
心の中が、温かいもので満たされていくような気がする。
そこでオレはようやく、さっきからずっと気になってることを、口にする覚悟が出来た。
「あの――先輩。本当に、先輩のぬい、オレが持っててもいいんですか?」
「ん? ああ、いいよ……って別にオレの許可がいるものでもないでしょ」
クスッと笑って言う先輩に、少し考えてしまう。
先輩が知らないならそりゃ許可を取りようがないけど、さすがに、先輩を作って持ってることを知られていたら、許可は要るよな。
そう思って、じっと見つめていると、先輩は、うん、と楽しそうに頷いた。
「大事にしてくれるならいいよ? って、オレが言うのも、変だけど」
言いながら自分でクスクス笑ってる先輩。
ああもう――なんで、こんなに優しく笑うんだろう、この人。
「それはもちろん、めちゃくちゃ、大事にします」
オレがそんな風に言い切った瞬間、先輩がきょとんとした顔でオレを見た。突然我に返り、もう冷や汗が一瞬で噴き出しそうな感覚。もしかして、気持ち悪い系のセリフだっただろうか……?
つか、オレっていつも、口にしてから後悔することが多い。
考えると同時に言葉に出て、すぐにそれを後悔する。そういうことを繰り返して、いつしかしゃべるのが苦手、と思うようになったような気がする。しゃべるのが苦手になると、もっと、どんどん会話するのが難しくなっていって、経験値も低くなっていくというか。悪循環。
どうしよう、と思った瞬間。
「……っあはは」
先輩が、もう無理、とか言いながら、楽しそうに笑い出した。
「もう、宮瀬の好きにしていいって」
言いながら先輩は、テーブルの上の「先輩くん」を持って差し出してきた。オレがとっさに手を出すと、その上にそっと置かれる。
「可愛がってあげてください」
そう言って、先輩は少し顔を傾け、やわらかく瞳を細めて笑った。
その視線が真っ直ぐオレに向けられて、胸の奥がとくん、と跳ねる。
なんかもう死ぬほど可愛く見えてしまって、心の中には、めちゃくちゃ悶えてるオレが居る。
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