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第10話 妹、登場。
胸のドキドキが半端ないな。
何だこれ。オレの心臓、こんなに速く動くこと、あんの……。
昼間もめちゃくちゃドキドキしてたけど、あれは嬉しいものじゃなかったから、今とは全然違う気がする。
「……ありがとうございます」
ぬいをそっと握り締める。もう一生大事にします、なんて、口に出したらやばそうなのでそれは言わないけれど、そんな気分だ。
先輩は、うん、と頷いて微笑むと、また作品箱の中に目を向ける。結構大き目の箱にもりもり入ってるのを、先輩がごそごそ漁ってる。
「その中、すごいごちゃごちゃしてて、すみません」
「なんで謝るの? ワクワクするからいいよ」
先輩は箱の中を覗き込みながら目をキラキラさせて、宝箱でも漁っているみたいな表情に見える。
「ていうか、この中、全部、宮瀬が作ったの?」
「あ、はい。そうですね」
「すげー……この、マントの刺繍みたいなのは?」
「オレがやりましたけど」
「えっ刺繍もできるの? 全部手縫い……?? すごいね、綺麗」
感心したように呟いて、先輩は刺繍の線を、そっと指でなぞった。
「これ、ほんとに売ったりしないの?」
「無理だと思うので」
そう言いながらも、褒められるのはやっぱり悪い気がしない。
ほんと、良い人だな、先輩。
「マジで売れると思うんだけど。作るだけなんて、もったいない気がする」
先輩はしみじみと言いながら、中から作り途中の女の子のぬいを取り出した。
「これは作り途中?」
「作り途中で、妹が他のキャラがいいって言いだして、そのままになったやつですね」
「なんかすごく可愛いね」
結愛が好きだったマントを付けたヒロイン。結愛の気まぐれのせいで、作りかけだけど、そんな風に言ってもらえて嬉しい。
「妹ちゃんは、何才なの」
「今高二です」
「ふたつ下の妹ちゃんに、ぬいぐるみ作ってあげてたの?」
「そう、ですね……裁縫をならった五年生の時に、おにぎりを作ってあげたらすごい喜んでくれたので、次はクマになって……」
昔のことを思い出しながら言うと、先輩はクスクス笑って、オレを見つめる。
「へえ仲良しだね。宮瀬、妹ちゃんにも優しそうだもんね」
「仲はいい方だと思いますけど……タイプ違うし、妹の方がしっかりしてますよ」
オレがそう答えた瞬間、インターホンが鳴り響いた。来客の予定も荷物の予定も無いけど……。
玄関に近づくと、「お兄~?」と聞き慣れた声がして、驚く。
「結愛? え?」
「あ、居た! よかった~居てくれて~!」
驚きながら、ドアを開ける。声で分かっていたが、本当に妹の結愛、だった。今まさに話していたところに登場するとか、不思議すぎる。
オレと同じ高校なので、見慣れた白い夏のセーラー服に、さらさらのロングヘア。オレを見て、大きな瞳がふっと緩んだ。
「学校帰りなのか?」
「そう、部活帰り。今日、昼くらいからずっと連絡してたのにー」
「ああ、ごめん、今日全然スマホ見てなかった」
お昼から、とてもスマホどころではなかった。そういえば、一度も見ていない。
「見てなくてごめんな、どした?」
「私、明日、この近くの学校で英検受けるの。朝早くてさ。お母さんと、お兄のとこから行けばいいじゃんって話になってね。それで今日ずっとお兄に連絡してたんだけど……ね、明日、朝一で消えるから、今夜泊めて?」
おねがい、と手を合わせている。「いいけど」と言いながら、ふ、と先輩の方を振り返る。靴を脱ごうしとした結愛が、先輩の靴を見て、ふと止まった。
「あれ? 誰か来てるの?」
「あぁ、うん。大学の先輩が……」
そう言った時、先輩が部屋に繋がるドアを開けて「こんばんは」と近づいてきた。先輩の顔を見て、結愛が「おお」と声にならない声をあげてる。
「めっ……ちゃイケメンですね、先輩さん!」
先輩に対する第一声がそれだった。オレ、ほんとにこいつと兄妹なんだろうか。疑問に思いながら、オレは先輩の顔を振り返る。ちょっとびっくりした顔で、ふ、と苦笑してる。
「すみません、先輩、妹の結愛です――こちらは、大学のサークルの先輩で、白川陽彩さん」
「白川陽彩さん? 名前まで素敵ですね!」
ニコニコでそんな風に言う結愛に、先輩は、「結愛ちゃんも可愛い名前だよね」と笑い返している。
コミュ強たちの会話は、なんだか聞いてて安心感がある……入れないけどね。
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