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第11話 可愛い妹に、ヤバい奴って言われた

「すみません。誰か来てるなんて、まったく思わなかったので押しかけちゃって」  ――オレに友達がまったく居ないような言い方はやめてほしい。まあ実際泊りにくるような友達はそんなには居ないが、でも少しは居るからね、なんて心の中で言ってると。 「えっと……お兄、私、帰った方がいい?」 「こんな時間から帰んなくていいよ。泊ってっていいから」 「うん。ありがと。……えっと、陽彩先輩って呼んでいいですか?」 「うん。いいよ。じゃあオレも、結愛ちゃんって呼んでいい?」 「もちろん」  二人は、ふふ、とお互い微笑んで顔を見つめ合っている。  ――ほんとに謎すぎる。  オレが先輩と知り合ったこの三ヶ月。  同学年の気安い奴らが「陽彩先輩」と呼ぶ中、オレは名前で呼ぶきっかけが掴めず、白川先輩って呼び続けているのに。  どうして結愛は、会って数十秒で、陽彩先輩って呼べるのだろう。めちゃくちゃ可愛くて大事な妹だが、一瞬、ものすごく羨ましく、ちょっと妬ましく思ってしまう。 「むしろオレが帰った方がいいよね」 「え」  先輩の突然の言葉に、心のなかは、大騒ぎ。まだ居てほしい。  でも、帰らないでとは言えず、もう帰っちゃうのか、と、途端に落ち込んだオレの隣で、結愛が言った。 「帰らないでください。せっかくだから、陽彩先輩とお話したいですし。それにお兄も、帰ってほしくなさそうですし」  よく言った結愛。オレには絶対に言えない言葉だ。  すると、先輩がオレを見つめて、「そう?」と聞いてくる。オレはただただ、頷いた。 「ていうか、今日、私、泊っていくので、先輩もどうですか?」 「……結愛、ここ誰んち?」 「お兄んちだけど」  あはは、と笑いながら、結愛は靴を脱いで上がると洗面所に入った。 「すみません、結愛、遠慮なくて。よく仲良し達でお泊り会とかしてるみたいで男とか気にしなくて」  そう謝ると、先輩はオレを見て、にっこり笑いながら首を振った。 「全然いいよ。ていうか、オレ今日と明日暇だけど」 「え?」  それはどういう意味だろうと、先輩を見つめかえした時、結愛が洗面所から出てきた。 「え、陽彩先輩、泊っていけるんですか?」 「うん。あ、でも宮瀬が迷惑じゃないなら」 「えっ、ない、です。全然。あの、迷惑なんかじゃ……」  ……もう少しスマートに言葉が出ないものだろうか。と、自分の言い方にため息をつきそうになるが、でもそれよりも、今は――。  先輩が泊っていく? そんなことがこの家にあっていいのだろうか。  ドキマギしながら返事を待っているとオレに、先輩は「じゃあ泊めて」と笑った。  オレが答えるより早く、結愛が「じゃあ決まりですね。やった~」と笑う。  部屋に入ってローテーブルの上を見た瞬間、結愛は足を止めた。 「え。ぬいが居る……」  そう言うと、背中の真ん中まで伸ばした髪をサラサラさせながら、オレと先輩を振り返った。 「お兄のこの趣味のこと、陽彩先輩に話したの?」 「あ、うん……話したというか……」  オレが言いかけた時、結愛は「あっ!」と顔をキラキラ嬉しそうに輝かせた。  テーブルの上にある「先輩くん」に気付いたみたいで、近寄って、手に取っている。 「これ、最近作ったやつだよね。お兄が写真くれた子。実物も、ほんと可愛い~」  持ち上げて、結愛はクスクス笑っている。  先輩がモデルってことを言おうかどうしようか迷っていると、「先輩くん」を見つめていた結愛は、ん? と固まった。それから、ふ、と先輩に視線を向けてから、結愛はオレを見つめた。……ここまで、ほんの数秒。  ――何かもう、バレてる? ……ほんと、怖いくらい鋭いんだよな、結愛は。  溜息をつきそうなオレには気付かず、オレの後ろに居た先輩が言った。 「宮瀬、トイレ借りたいんだけど、こっち?」 「あ、そうです。その扉です」  先輩がトイレに入った瞬間、結愛がオレの側に急いで来て、こそこそと話し出す。   「お兄、このぬいって、陽彩先輩じゃないよね? ほくろとか服とか……」 「そう……先輩」 「っ嘘でしょ。え、ぬいのモデルと、ぬいが同席してるの? どういう……先輩は気づいてないの?」 「……オレがそれをお守りみたいに大学で持ってって見てたら、先輩に声をかけられて落としてさ……全部ばれて」  聞いていた結愛は、めちゃくちゃ眉を寄せてオレを見つめている。 「嘘でしょ、お兄……やばい奴じゃん……」  気の毒そうに見るの、やめてほしいな、結愛……。  苦笑しか浮かべられないオレの顔を、結愛はじっと見ている。 「それでなんで、この家に今、先輩は居るの?」  きっといろいろ考えたけれど、先輩が家にくる理由が見つからなかったんだろう。ものすごく不思議そうな顔で、結愛はオレを見つめてくる。  まあでも、普通に考えたら、気持ち悪いし、こんなのバレた相手の家に行くとか、絶対ないと思うよね。  何て言ったらいいんだろう、と思ったところに、先輩が戻ってきてしまった。

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