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第12話 ひっそりと良い人
「結愛ちゃんは、いつもどこに座ってるの?」
「あ。……じゃあ私は、ここで」
結愛は詰め寄っていたオレから離れると、オレと先輩の間、お誕生日席みたいなところにすとん、と座った。
「結愛、夕飯は?」
「部活の子たちと食べてきた」
「じゃあ麦茶で良い?」
「うん。ありがと」
オレが冷蔵庫から麦茶を出してる視線の先で、先輩と結愛がごく普通に話し始める。
「結愛ちゃん、部活はなんなの?」
「バトミントン部です。キャプテンやってます」
「へえ、すごいね。しっかりしてそうだもんね」
「そうですか? 嬉しいです」
先輩と結愛が楽しそうに話してるのを聞くとか。
先輩だけでも不思議な空間だったのに、そこに結愛まで混ざると、ますます、おかしいよな。
何とも言えない息を静かにつきながら、お茶をコップに注ぐ。
「あの、陽彩先輩」
不意に、結愛の声が変わったので視線を上げると、結愛がじっと先輩を見つめていた。
「うん?」
「あの、これはもう耐えられないから聞くんですけど……お兄に、衝撃の事実を聞いちゃったんですが」
「ん?」
先輩は、とっても不思議そうにしている。衝撃の事実って……と、オレが固まっていると、結愛は、「先輩くん」を持って、先輩を見つめた。
「――これのモデル、知ってますか?」
そう聞いた結愛に、先輩はやっと意味が分かったみたいで、ああ、と頷いた。
「うん。今日、宮瀬に聞いたから。モデルはオレなんだって」
「あの……率直に言ってほしいんですけど……気持ち悪くないんですか? どうして、お兄の家にきてるんですか?」
「宮瀬にも散々、気持ち悪くないか聞かれたけど」
先輩は苦笑しながら、オレに視線を向けてきた。麦茶を淹れ終えても近くに戻れず、立っていたオレに「戻ってきなよ」と先輩は笑う。
仕方なく、コップを結愛の前に置きながら、オレは、先輩の正面に座った。
「私がもし、先輩の立場だったら……たとえば誰かが、私のぬいを勝手に作って、学校にまで持ってきてたら……」
結愛は一度黙って、考え深げに少し俯いた後、ぱっと顔をあげて、先輩を見つめた。
「多分、私、ビンタしますね」
「……怖いよ、結愛」
本当にしそうで怖い。
引きつってるオレの前で、先輩は、あはっと笑ってる。
「だってほんとに嫌ですもん。ビンタして没収して、もう二度と作らないって約束して貰うかも」
「結愛ちゃん、カッコいいね」
先輩は、そんな風に言って笑ってるけど――でもオレも、いまだ先輩がなぜ気持ち悪くないいというのかは、納得はしていないんだよな……。
「陽彩先輩は、なんで気持ち悪くないんですか……?」
「うーん……なんでって言われても……」
そうだなぁ、と考えてる先輩に、結愛は眉を顰めていく。
「陽彩先輩っていい人過ぎて、いつか変な事件とか巻き込まれそうで心配……」
「そんなことないよ」
先輩は苦笑してる。結愛はとっても極端だが、言い分もすごく分かる。
オレも先輩のこと、いい人過ぎて天使みたいって思ったもんな。
やっぱり結愛もそう思うってことか。
そんだけオレのしたことは、普通は気持ち悪いってことで……また落ち込んできたかも。
そんなオレの正面で、先輩はクスクス笑いながら、オレと結愛を見つめる。
「――宮瀬が良い奴なの、知ってるからだよ」
そんな言葉に、オレと結愛は、咄嗟に何も言えなくなった。
特にオレ的には、意外過ぎて。
正直、オレはそこまで先輩と話せてはいない。どちらかというと、先輩が話しかけてくれたりする時に、少し返すくらいで――良い奴と言われるほどの何かをした記憶は全くない。
優しく声をかけてくれて、超コミュ強の先輩に、オレが一方的に憧れているだけのはず……。
「オレだってさすがに全然知らない奴が、オレのぬいぐるみを作って持ってたら、かなり嫌だよ。気持ちわるいと思うかもしれない」
そうなんだ。よかった、それは普通の感覚だ。オレもだし、結愛もきっとホッとしたのだと思う。
結愛は、オレをちらっと見てから、先輩に視線を向けた。
「お兄は、確かに優しいし、いい人なんですけど……それを周りの人はあんまり知らないと思うんです。目につかないところで良い人というか……」
「あは。結愛ちゃん、ほんとよく分かってるね。まあ確かに、宮瀬はひっそりといい人だよね」
先輩はクスクス笑いながら、オレと結愛の顔を見比べている。
ひっそりと良い人、とは……?
オレの次々浮かんでくる疑問に、先輩は笑いながら話を続ける。
「四月から、何回もサークルで集まってるじゃん? 宮瀬さ、飲み過ぎて具合悪くなった人とかの面倒、よく見てるよね。皆の飲み物とかもお店の人に注文してくれてたり、体育館とかで運動のあと、掃除も毎回最後までちゃんとやってるし。なんかそういう細かいとこで、ひっそりといい人なんだよね、宮瀬」
思いもかけなかった先輩の言葉に、オレは、なんだかじんわり、心が温かい。オレの顔をチラッと見た結愛は、目が合うと、ふふ、と笑った。
「そういうのもあるから、宮瀬のこと、気持ち悪いとは思わなかったんだと思う……ってそろそろ納得してくれた?」
困ったように笑う先輩に、結愛は、ぱぁっと明るい笑顔を浮かべた。
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