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第15話 推しぬい。

 オレがあまり答えないからか、結愛が身を乗り出してきた。 「お兄、手芸部の部長で、頑張ってたんですよ」 「へえ、そうなんだ。部長だったの? 聞いてないし!」  先輩、なんだかとても楽しそうに結愛に反応した。けどすぐオレを見て、ん? と首を傾げた。 「あれ? 全然コミュ障とかじゃないんじゃない?」 「いや……」  先輩の疑問も分かるけど、コミュ障に変わりはなかった。なんて答えたらいいんだろ。  と、すかさず、結愛が口をはさんでくる。 「コミュ障なりに頑張ってましたよ。手芸部の女の子たち、優しい人が多かったみたいですし。お兄が作るぬいが一番可愛いので、部長にさせられたみたいです」 「そうなんだ。やっぱり宮瀬のぬいぐるみは可愛いんだね」  ふふ、と先輩が楽しそうに笑ってから、ふと気付いたように結愛を見つめる。 「ぬいぐるみのことって、ぬいって言うの?」 「そうですね。ぬいって言いますね。ネットとか、おたく用語かもですね。「推しぬい」とか。聞いたことあります?」 「んー。あるような、ないような……」 「自分が推してる人やキャラをぬいぐるみにして愛でるんですけど、そういう時に「推しぬい」っていうんですよね」  オレはスマホを見たまま、結愛が一生懸命説明してるのをなんとなく面白く思っていると。 「宮瀬が作ってたオレのぬいも、推しぬい、ってことでいいの?」 「……っ!」  その言葉が耳に届いた瞬間、頭の中、真っ白。  ……推しぬい? 先輩のぬいが? いいのか、オレが、先輩のぬいを推しぬいとか言って。  なんだか頭がうまく働かない。息もうまく吸えない。次の瞬間、変な息を吸って、げほっとむせた。  ありゃ、と先輩の声。結愛の笑う声も聞こえる。すかさず、結愛が笑いながら言った。 「推しぬいであってると思います!」 「そっかー、なるほど……」  あってる、じゃないし、なるほど、じゃないし……なんなんだ、と思うけれど、むせてて言えない。  あーあ、と笑ってる二人に見守られて、やっと落ち着いてから、少し涙目で、先輩を見つめる。 「こんなに近くに居る人を、推し、とかは言わないと思うので」 「じゃあ、オレのぬいは、何ていうの?」 「うーん……オレにとって先輩は、そうありたいっていう目標っていうか、憧れっていうか……」  そう言うと、「推しと何がちがうの?」と、先輩が結愛に聞いてる。  結愛は、「全然分かりません」と笑って答えて、先輩がクスクス笑っている。  ……なんだかこの短時間で、ものすごい仲良しになってる気がする。  陽キャ同士って、すごいよな。改めて思った。  とりあえずこの話はここで終えようと思い、オレは話題を変えることにした。 「ちょっと下絵とか書いてみてもいいですか?」 「もう作ってくれるってこと?」 「先輩がいるうちに、下絵をチェックしてもらえたら、あとはそれに従って作ってくだけなんで」 「あ、じゃあ、お願いします」  ぺこりと頭を下げてるのが、またなんか可愛い。  先輩って、カッコいいのに、仕草とか喋り方とか、可愛いな。  今までは、そこまで近くで長く話すことが無かったので、ここまで可愛い感じだとは気付いてなかった。  カッコイイのに可愛いとか、どんだけモテ要素、あるんだ。  思いながら、テーブルの上を少し広く開ける。 「コップを少し避けといてもらえますか」  そう言いながら、テーブルの上に紙を広げた。スマホを見ながら、下絵を描いていく。  この作業は、結構楽しい。  集中しかけたオレの隣で、結愛が話し出す。 「先輩先輩。お兄ね、優しいし、結構いい男だと思うんですよ」 「結愛、変なこと言わないで」 「いいじゃんー下絵書いててね、お兄。それでね、先輩」 「うんうん」  途中で突っ込んだが、まったく動じてない。 「うちのパパがすごいイケメンなんですけど。授業参観に来ると友達に「めっちゃイケメンがいる」って騒がれちゃうような感じで」 「へえ。すごいね」 「お兄は、パパ似なので、イケメンの素質はあると思うんですけど」 「うんうん」 「……高校まではほんと、イケてなくて」 「結愛ってば」  多分止まらないと思いながらも、ちょっとはツッコんでみる。案の定、止まらなかった。 「でもね、そんなんでも、お兄の案で作った文化祭のぬいは、すごかったんですよー。めちゃくちゃ売り上げたって、うちの高校の伝説になってるんです」 「へええ。そんなに売れたの?」  先輩は面白そうに、オレに聞いてくる。 「まあ多少は……」 「多少じゃなかったよね、あれ。なんかお兄が認められたみたいで嬉しかったし。でも文化祭が終わったら、すっかり日常に戻っちゃいましたけどね」 「へえ。すごいね、宮瀬。伝説なんだ?」 「結愛、それくらいにしといて」  オレが言うと、結愛は、ようやく、はーい、と肩を竦めている。 「んー、でもさ、宮瀬のこれ、本当に売れる気がするんだけど」 「私もそう思うんですけど」 「あ。なんかそういう売るサイトあるよね、手作りの」 「ありますよね」  なんだか少し間が開いて。  先輩が、楽しそうにスマホを手に取った。  「宮瀬がやってくれてる間に、ちょっと見てみよっか」 「いいですね」  なんだか二人はノリノリで、スマホで検索を始めたらしい。あれこれ見つけて、何か話し合っている。  まあそういうのを見てるならまあいっか。オレの昔話とかあんまりしないでもらえれば。  やっと落ち着いて、服装とか装飾をあれこれ考える。

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