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第19話 好きなところ

 そんなことを思ってると、結愛が言った。 「先輩の電話、鳴ってましたよ」 「あ、うん」  スマホを手に取って、先輩は、ふ、と短く息をついた。ちょっとごめん、と言って、スマホを耳にあてながら、廊下の方に歩いていく。 「あ、もしもし電話した? ……ん、うん」  ところどころ、声が聞こえてくる。その間に結愛がお風呂に消えていった。  少しして、先輩が戻ってきて、座った。 「断ってきた。ていうかさ。一人に断ると、また別の奴から連絡来るとか、良く分かんないよね」 「そうですね。きっと、用事が終わったら来て、てことなんでしょうね」  そう言うと、先輩はふ、と静かに視線を落とした。 「……もし用事が終わって行きたかったら、オレからそう言うと思わない?」 「あ、確かに。そうですね」 「まあ誘ってくれるのは嬉しいんだけどさ」 「先輩のこと好きな人、多いから」  そう言うと、先輩は「どうだろ」と静かに呟いた。  ……なんか、少し、疲れて見える。何だろう。何に疲れているのかは分からないけれど。 「あの、先輩?」 「……ん?」 「オレがもし、誘う側に居たら、二回目の電話は、しないようにします」 「――――」  先輩は、きょとん、として。  それから、ふ、と静かに微笑んで、それから。  あは、と笑い出した。 「うん。よろしく」  まだクスクスと笑って、オレを見て、少し瞳を細める。  風呂上がりの先輩は、なんだか緩い。髪の毛も、ふわふわして。いつもとはすこし違う。  ……可愛いなぁとか。  思っちゃだめだと思うけど。  ――やっぱり、可愛い。    その夜は、結愛が寝室のベッド。  布団は一セットしかないので、先輩に寝て貰って、オレはソファに寝ることになった。  たまにソファで寝落ちてるので、オレ的には、全然問題なし。  おやすみなさい、と伝えて電気を消す。  先輩におやすみなさいという日がくるとは思わなかったなぁ、と思いながら、ソファに仰向けに倒れると。 「なあ、宮瀬、明日……どっか行かない?」 「――どっかって、たとえばどこですか?」  先輩が行きたいなら……それにオレが一緒に行ってもいいというなら、地の果てでも行きたい気持ちに一瞬でなったけど、それは言えない。  超乗り気がバレないように、自分の気持ちを押さえながら、オレ的には変にならないように返事をした。  すると。少し沈黙の後。 「んーどうしよ。……明日決めよっか。おやすみ、宮瀬」 「――おやすみなさい」  ……なんか先輩、ちょっと困ったみたいな声になってる気がする。  返事、間違えたかな。  オレが、行きたくないみたいに聞こえた、かな……?  うう。難しい。  あんまり好きを出すのは、ぬいバレしたばかりではちょっと避けたいし。  ――でもだからって、勘違いさせるのは違うし。  そんなことを延々考えるあたり。  オレは、ほんと、人との付き合いが難しいんだよな。  結愛くらい、全部口に出してくれると、楽なんだけど。  先輩の静かな寝息が聞こえる。  ――先輩の寝息。  意識すると、なんだか、そわそわする。  こんなせまい部屋で、二人きり。  なんか今日は、ずっと、夢みたいな時を過ごしてて。  ちら、と先輩の方を見る。  目が慣れて来てて、先輩の頭が布団から出てるのが見える。――なんか、可愛い。  なんかヤバ。ドキドキしてきた。  その日、オレは、なかなか寝付けず。  寝てそんなに経たないうちに、結愛がもう起きる時間になって、がたがた動き出したような気がした。  ◇ ◇ ◇ ◇      パンと卵の朝食を軽く食べて、結愛が出て行くのを、先輩と一緒に見送った。 「頑張れよな」 「うん、ありがと。陽彩先輩、また!」 「うん、またね、結愛ちゃん。頑張って」  また、なんて、あるんだろうか。と思う、オレみたいな奴には言えないセリフを、二人は明るく笑顔で口にして、手を振り合っている。  結愛が笑顔で玄関を出て行って、オレがカギをかけると、先輩がオレを見上げた。 「どうする? 今日」  聞きながら、先輩がオレから視線を逸らす。 「……まあ、土曜だし、混んでそうだから……やめとこっか」 「――――」  なんか、その言い方。  やっぱり、オレが行きたくないと思ったのかな。  それはまずい、と思いながらも。  なんかその言い方って。  ……可愛い。なんて思ってしまった。 「先輩、あの……オレ、実は、何回か行ってる、好きなとこがあるんですけど」 「……?」 「一緒に行ってもらえません? そんなに混んでるところではないので。リラックスできると思います」  そう言うと、先輩はちら、とオレを見つめて、それから。 「まぁ……いいよ。暇だし」  言いながら、少し口元が綻ぶ。  やっぱり昨日、ちょっと勘違い、させたのかな。  ――先輩みたいな人でも、そういうの、気になるんだな。  電車で三十分。駅を降りて、きょろきょろ見回していた先輩を連れて、お気に入りの場所に辿り着いた。  建物の前に立って、何の施設か分かった瞬間、先輩が笑顔になった。 「わー足湯?」 「……嫌いではない、ですよね?」  嬉しそうな顔を見て、最後の方は笑いながら聞いてしまうと、先輩は「うん」とキラキラの笑顔で頷いた。

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