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第20話 お互い、話しやすい
「温泉とかは一人で入るのはつまんないし、長湯するとのぼせるし、ちょうどいいんです」
そんな風に話しながら、受付で二人分まとめて払って、チケットを差し出した。
「ここはださせてもらっていいですか……? こんな遠くまでついてきてもらったので」
いいかな、こういうの言っても。少しドキドキしながら言うと、「――うん。ありがと」と先輩が受け取ってくれてホッとする。
靴と靴下を脱いで、店内に進んだ。
広い店内、色んなタイプの足湯がある。石畳を歩いてすすむと、お湯の入った縁に腰かけられるベンチが並んでいる。
湯気がふわふわと立ち上っていて、温泉のいい匂い。
「オレはいつもドリンクとかを買って、あのテーブルのところに行くんですけど。本がたくさんあるので、読みながら、ぼーっと……」
「ぼーっと……じゃあそこに入ろ」
クスクス笑う先輩に、「おかしいですか?」とちょっと恥ずかしい。先輩は、「全然」と笑う。
「のどかでいいなぁと思って。あ、ドリンク奢る。宮瀬、何がいい?」
「じゃあ……炭酸水がいいです」
「オレもそれにしよ」
テーブルに飲み物とタオルをおくと、先輩と並んで腰を下ろす。
周りは木々に囲まれていて、風が葉を揺らす音が聞こえる。足を浸けた瞬間、じんわりと温かい。
「……いいなぁ、これ」
空気が抜けたみたいな声で柔らかく言うと、先輩は、後ろに手をついて、んー、と首を伸ばしてる。
「どこに連れてきてくれるんだろうって思ったけど」
「……年寄りっぽかったですか?」
「ううん。すげーいいとこだった」
太陽みたいな笑顔。眩しく見える。胸の奥まで少し温かくなった気がした。
「よく来るの?」
「たまに、ですね。疲れたときとか……モヤモヤしてるときとか」
「そうなんだぁ……宮瀬は友達と出かけたりしないの?」
「たまには出かけますけど……そんなに毎週出かけるような感じでもないですね。友達は、インドアのやつが多いです。オレもですけど」
「そうなんだ」
ふふ、と笑う先輩。
「宮瀬さ、オレのこと、話しやすいって言ったじゃん?」
「あ、はい」
「オレもさ、なんか最初から、話しやすかったかも。宮瀬って、オレの目、まっすぐ見るからさ……なんかちょっと嬉しくて。しかも、説明のあと、そのまま入ってくれたじゃん? あれもさ、なんか嬉しくてさ。それで結構、宮瀬に話しかけたりしてたから、オレのぬい、作ってくれたんでしょ?」
「――――」
ぬいはもう、先輩を見た瞬間に作りたいと思っていたのだけれど。
……でも今はそっちよりもすごく嬉しいことを言ってくれた。
「オレ、話しやすい、ですか?」
「うん……すごく」
「――――」
「すごく、話しやすいよ?」
ふっと小さく笑う声がする。
その言葉が、お湯よりも温かく、心の中に染みた。
「ありがとう、ございます」
先輩がそう言ってくれると。
……なんかもう、誰とでも話せるんじゃないか、なんて気持ちになる。
もちろん、先輩が話しやすい人だから、オレがこの感じで話せてるっていうのは分かってはいるけど。
でもやっぱり……嬉しい。
「何でありがとう? お互い、話しやすいってことでいいじゃん」
「……はい」
「ふふ」
その時。先輩のスマホがまたポケットで震え出した。
「あ――ちょっと待ってね」
出るのかと思った先輩が、スマホの電源を落とすのが見える。
目が合うと、先輩は、ふ、と微笑んだ。
「こういうとこで電話鳴るの、嫌だよね。ごめん」
「いえ……ありがとうございます」
「なんでありがと?」
「なんとなく」
「そっか」
それきり、しばらく黙る。
「先輩の電話って……昨日から一緒に居たら、すごくよく鳴りますよね。いつもそうなんですか?」
「んー……誘いやすいんじゃない? 結構断ってるんだけど」
「……ちょっと意外ですね」
「何が?」
ふ、と先輩がオレを見つめる。その顔を見つめ返すと、ほんの少し頬が赤く染まっていた。
少し胸が弾んだ気がして、オレは、視線を逸らした。
「誘われたら全部参加、みたいなイメージがあるので」
「そんなことないよ……」
んー、と背伸びして、上向く。
「全部いってたら、疲れちゃうよ」
静かな声。
昨日、結愛が、お兄とは別の意味で、疲れてるのかもね、なんて言ってたのを思い出す。
「じゃあ……いつか先輩が、疲れたら――また、ここ、来ませんか?」
「――」
色素の薄い、茶色の瞳。
綺麗なガラス玉みたい。それに、じっと見つめられて、オレは、焦った。
そして、焦った結果。
「あっ、もちろん、オレとも嫌だったら、一人でも、ここ、結構居心地良いですし」
慌てて捲し立てたオレを、先輩は、じっと見つめ続けていたけど。
不意に、クッと笑い出して、しばらく笑ってた。
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