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第21話 優しい熱

 やっと笑いを収めると、先輩は、ふぅ、と息をつく。  お湯を見つめたまま、穏やかに微笑むと。 「――うん。疲れたら……こようかな」 「うん。いいと思います」  オレはほんと、一人で何を狼狽えてるんだと、内心うんざりしていると。 「宮瀬を誘って、こようかな……」 「え」 「……ね?」  ふ、と微笑む先輩。  オレの内心の嫌なもの全部、一気に吹き飛んだ。  ――心の中、澄み渡った青空になった気分だった。 「オレ、ほんと……いつでも、付き合いますから」 「ふふーん。夜とかに電話して、今から行こうって誘っちゃおうかなあ」  多分ふざけて言ってる先輩に。 「いいですよ。夜でも朝でも」 「――はは。お人よしだなぁ?」  オレを見て、クスッと笑うと、先輩は、また上を向いて、目を伏せた。 「ありがと」  先輩はそう言う。目を閉じたままで。 「ここ、連れてきてくれて。オレ、こういう静かなとこ、すごく、好き」 「……こちらこそ。ついてきてくれて、ありがとうございます」 「ふふ」  笑顔の先輩を見ていたら、ここに永遠に居たいと、思ってしまった。  すごく熱く感じる。ペットボトルを手にとると、手が滑って落としてしまい、先輩の方に転がった。  めちゃくちゃ狼狽えてるな、オレ。 「すみません」 「ん、いーよ。はい」  拾ってくれた先輩からペットボトルを受け取る時、その指先が、そっと触れた。  すぐ受け取って離したから、ほんの一瞬。  ……ほんの一瞬だったのに。心臓の音が、やたらうるさい。  炭酸水を流し込むけど、やたら熱い。  足湯もだけど、なんか別の意味でも、熱いような気がする。と、その時。 「熱っつ……」  先輩が隣で、パタパタと自分を扇いでいる。 「あ。熱い、ですよね」 「うん。あっつい……足湯ってすっげーあったまるね」 「そうですね」  そう、足湯のせいだ。決して、先輩のせいではなくて……となぜか心の中で言い訳をしながら。 「あ、先輩、タオルどうぞ」 「ありがと」  一緒に取ってきていたタオルを渡すと、先輩は、ぽふっと顔を沈めた。  汗を拭いて、顔を上げる。少し乱れた前髪。オレを見て、「来て良かったー」と笑う笑顔。  ほんのり赤くて、湯気の中で溶けていそうな顔を、してる。  ……足湯って、こういう顔を見るためにあるんだっけ? なんて真面目に考えていると。 「昨日さぁ……」 「え、あ、はい?」 「寝る前に、オレ、どっか行かない?って言ったじゃん」 「あ、はい」  少し黙る先輩。  ちら、とオレを見つめる。 「あの時……なんか、行きたくないのかなって思ってさ」  あ――やっぱり。  昨日、少し困ったような声を出したのは、それだったんだ。 「違います。行きたかったです。ただ……オレでいいのかな、と思っちゃって……昨日、先輩、誘いを断ってたし。なんか、無理してオレと出かけて貰うのも……とかいろいろ考えてただけで、嫌だったとかじゃないです。すみません……」  少し間をおいて、先輩が「ふふ」と笑った。   「宮瀬って、やっぱ優しいよね」 「いや……優しいって訳じゃなくて……」 「優しいと思うけど――でも、そういうの、たまには遠慮しなくていいと思うよ」  そう言って、先輩が肘でオレの腕を軽く小突いた。 「遠慮しすぎ。こっちが誘ったんだからさ」 「なんかそれ……昨日、結愛にも言われました」 「はは。結愛ちゃん、オレ、気が合いそう。特に宮瀬のことについて」 「なんですかそれ……」  あは、と先輩が笑う。  ――この人と一緒にいると、すごく、鼓動が速くて落ち着かないのだけれど。  胸の中、とても優しい熱に、満たされるような気も、する。   ◇ ◇ ◇ ◇ .  足湯を堪能してから、先輩と一緒に街を歩く。  ただ、普通に歩いているだけなのに、なんだかやたら幸せ感がある。  ふと、オシャレっぽいアクセサリーを売ってる露店が出ていた。  先輩が楽しそうにオレを振り返る。 「見ていい?」 「どうぞ」  笑顔で頷いて、一緒に店に近づいたが。  絶対オレ、一人では寄れない。  なにせ、話しかけられるのが嫌だから。  ……結愛は寄るんだよな。やっぱり先輩も寄るのか。  心の中で、二人の共通点を見つけて面白いなと思っていると、先輩が振り返った。 「これ、どう?」  細いチェーンが、陽の光できらりと瞬く。小さな十字架のネックレスだった。 「似合うと思います」  そう言うと、先輩は嬉しそうに笑って、それを購入。  まあ、先輩は、なんでも似合うと思うけど。  先輩は代金を支払うと、そのままつけてくと言って、首から掛けた。 「これ、好きかも」 「うん。似合います」 「ありがと。……あっ! あれ食べよ? チョコがいい~」  今度はソフトクリームのお店を指差して、楽しそうな笑顔でオレを振り返る。  本当に、楽しくて、穏やかで。  でも少し、胸がうるさい。そんな一日を過ごして、先輩と別れた。  土曜の夜から、日曜にかけては、オレは、先輩から頼まれた誕生日ぬいの作成に費やした。  先輩の従妹が、喜んでくれるように、かなり一生懸命に頑張った。

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