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第2話 やたらあまいチョコレート

 しばらく固まったまま、窓から景色をひたすら眺めていたら、バスが揺れた拍子に、先輩が動き出した。  ふ、とオレの方を見て、ぼんやりしてる。 「あ、宮瀬、起きた……?」 「……ちょっと前に起きました」 「そっか……あ、今オレ、寄りかかってた?」  目をこすりながら言ってる先輩に、小刻みに頷く。 「ごめんね?」 「いえ。全然」  言いながらも、バスって、こんなに距離近いんだっけ。なんか、くっついてる、感じがする。  心の中は、さっきからずっと、ドキドキしまくっている。汗、かきそう。 「宮瀬の隣に座ろうと思ってさ。でも、最初から寝ててさぁ。発車もしてないのに寝るってどうなってるの?」  先輩はクスクス笑ってる。車内はまだ静かだ。朝も早かったし、二時間もバスだから、皆、途中で寝たのかも。  静かに話してる先輩に、すみません、とオレも静かに答えた。 「昨日、いろいろ作ってたから、寝不足もあって」 「そうなんだ……どんなの?」 「――星座を女の子っぽい可愛い絵にしたシリーズですけど」  これだけはものすごく静かに言うと、先輩がふうん、と微笑んだ。 「へえ……もうサイトに載せた?」 「結愛がぼちぼち載せるはずです」 「後で見るね」  オレが小さく頷くと、先輩は、んー、と静かに腕を伸ばしている。  どうしても聞きたくて、先輩に視線を向けた。 「先輩、何で隣に……?」 「え。何でってことは、ないけど。ダメ?」 「ダメ、な訳はないです」  そう言うと、先輩は、柔らかく微笑んだ。  ペットボトルを手に取って、お茶を一口飲んでいるので、オレも、リュックから水を出した。ふと、お菓子が目に入る。――食べる、かな? 結愛も先輩が食べてくれたら嬉しいだろうし。 「先輩、あの、これ」 「ん? ……って……何でこんなにたくさん?」  リュックを覗き込んだ先輩は、クスクス笑ってオレの顔を見つめてくる。 「笑わないでください……結愛が持ってけって」 「ああ、結愛ちゃんか。……ていうか、ちゃんと持ってくる宮瀬がますます面白い」 「……食べませんか?」  はー、おもしろ、と言いながら、ぱっと笑顔になる。 「いいの?」 「はい。そもそもオレ、そんなに食べないんで」 「えー、何で持ってきたの?」 「結愛が、バスはお菓子交換が絶対だから! って……」 「あー……」  ふっと笑い出して、またクスクス笑ってる。 「どれがいいですか? おかし好きですか?」 「うん。好き。ぁ、オレ、甘いの持ってるから、そのプレッツェルがいいなあ」 「了解です。他は?」 「とりあえず、交換こして食べようよ……オレのは……」  先輩が自分のカバンを漁って、クッキーの袋を取り出した。 「食べよ、このクッキー、めっちゃ美味しいんだよ」  人懐こい笑顔で差し出される。小さな折りたたみテーブルを開いて、そこにお菓子を置いた。 「あ、これ。結愛から」 「ん?」 「食べる前は手、ふけって。除菌ティッシュ……」 「あはは。イイ子だねぇ、結愛ちゃん。てか、オレも持ってるけど」  笑って言う先輩と一緒に手を拭いた。もらったクッキーは、めっちゃ甘い。 「おいしい?」  とびきりの笑顔の横だと、すごくおいしく感じる。頷くと、めっちゃ嬉しそうに「良かった~」と先輩が笑う。 「って、別にオレが作ったんじゃないけど。頂きまーす」  いいながらオレの置いたプレッツェルをくわえてる。 「あ、これ、おいしい」  くぐもった声で言って、ふふ、と笑うその姿。  ……やけに子どもっぽく見えて、可愛い。ぷ、と笑うと、先輩が、む、とオレを見た。 「あ、そうだ。チョコもあったんだ」  くわえたまま、またリュックからチョコレートも取り出して、ほれほれ、と渡してくる。  ……小学生……? カッコいいはずの先輩の、可愛すぎる様子に、口元押さえて笑ってしまう。 「笑ってないで食べろよー」 「だって」 「なんだよ」  最初静かにしゃべってたけど、クスクス笑ってると、前後の人達が起き始めた。  何してんの、と後ろを向いて、二年の先輩達が笑ってる。 「なにお菓子交換?」 「仲良しだな」  からかうみたいな言葉。 「いいでしょ。仲良しだもん。な~宮瀬」  そんな言葉に、オレの心臓が跳ねたことも知らず。 「お菓子ちょーだい」 「はー? 交換なー?」 「えー持ってきてないしー」 「じゃあ、あげないよ~」  先輩達が楽しそうに話してる。 「嘘嘘、手拭いたらあげる」 「陽彩、おかんか」 「世話焼きなー?」 「うっさい。これ大事」  そんなやりとり。クスクス笑ってる先輩は楽しそう。  先輩がクッキーの袋を差し出してるので、オレもプレッツェルの袋を差し出す。 「あーいいな~!」  今度は隣の席からも声が飛んでくる。  なんだか結愛の思い浮かべていた「バスはお菓子交換」というのを、ちゃんと実行した自分が不思議。 「宮瀬、ほれ、ちょこ」 「え、あ」  急に顔の前に差し出されたチョコレート。咄嗟に、ぱく、と食べてしまった。   「おいしい?」 「あ、はい……」 「良かった~それ、オレ、好きなチョコ~」  バスの席、狭すぎる。その顔が近くて、ドキドキが半端ない。  前の席の先輩たちが「カップルか~」なんて茶化してくる。  先輩は全然気にせず、にこっと笑ったまま、プレッツェルをまた加えた。  ――やたら甘い、チョコだった。

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