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第3話 モヤるこの気持ち

 その後バスは高速を降りた。すっかりのどかな緑の景色が広がっていた。  しばらく走って、通りがかりの道の駅のレストランで昼食をとってから、ハイキングコースの入り口にバスで移動した。  バスを降りて、登山道を下から見上げ、ほとんどの人が、うわーと眉を顰めている。  一時間くらいの緩い道と聞いていたけれど、随分先は長そう。 「あれー結構きつそうですね」  先輩が冴島さんとかに言ってるのが聞こえる。 「軽く足とか、準備運動した方がいいかも。手足ふっとこ」  先輩が言いながら、手足を振ってると、他の先輩達が笑う。 「手、関係なくね?」 「あ。確かに……まあ、一応?」 「一応ねぇ……」  明るい先輩の笑顔につられて、皆も手足を振ったり、アキレス腱を伸ばしてたり。  正直バスの横で準備運動とか……なんかどうしたらいいのか。オレもやるべき? しょうがなく、ちょっとだけ足を伸ばしてみる。 「宮瀬、もっとちゃんと伸ばしてー」 「ぁ、はいっ」  少し離れたところに居る先輩に、笑いながら突っ込まれてしまった。周りの人達もクスクス笑いながら、オレを見てる。仕方なく、先輩の真似をして、首を回したりしてみる。  なんとなくの準備運動が終わると、三年の先輩たちが言った。 「さ、行こっか。まあ皆自分のペースで。一本道だから迷わないし降りる時も同じ道だから。なにかあったらスマホは通じるみたいだから連絡して。まあ上の展望台で会おうな」 「じゃーいくぞー!」  先輩たちが言って、皆、なんとなく順番に登山道へと、足を踏み入れた。オレは後ろの方で出発。  登山と聞いてて身構えていたのだけれど。  まあ、わりと綺麗に舗装された遊歩道や、整備された木の階段を緩く登る感じだった。  とは言っても、インドア派にはこれでもキツイ。と思いながら、まあ景色はいい。  木漏れ日も、気持ちいい。  ゆっくり歩いていると、ふと後ろに一人、女子が居た。 「――里山、大丈夫?」 「あ、うん」  田中と話すようになったあの日、一緒に歩いた里山は、あれから割と話すようになった。  華奢な感じの可愛い子。今日は緩いとは言え、山なので、いつもの服とは少し感じが違う。  なんかこの子、雰囲気が結愛に似てるんだよな。といっても、結愛みたいにツッコんでくるわけではないのだが。  このサークルでは、一番話しやすい女子かもしれない。 「よかった、こんな感じで。もっと急だったら無理だったかも」  里山が、はあ、と息をつきながら言うので、「オレもそう思う……」と言ったら、クスクス笑われた。 「宮瀬くんは、ひょいひょい登りそうなのに」 「いや、これくらいで十分……てか、皆、速いよね」  速い人達は、もう結構上に居る。先輩も、けっう前を登ってて、小さく見えてる。  前に球技が苦手とか言ってた田中は、体力はあるみたいでひょいひょいと登って行ってしまった。  まあサッカーやってれば、体力はあるか。  まあ、そうはいっても、先輩につられてこのサークルに入って以来、月に何度か、色んなスポーツをするようになって、前よりは体力がついている気がする。高校のオレだったら、多分今頃、休憩してると思う。 「良かったー、一緒に行こうよ、宮瀬くん」 「そうだね」  少し速度を緩めて、オレは里山と並んだ。  薄い紫のパーカーに黒のパンツと白いスニーカー。紫とかピンクとか、明るくて華やかな色の服が似合う子だ。こんな感じが結愛に似てんのかな……なんて思っていたら、里山が足を止めて上を見上げた。 「一時間くらいって言ってたよね。今三十分くらいかぁ……」 「半分てとこだね」 「……がんばる。ごめんね、体力あんま無くて」 「いいよ、休憩するなら付き合うし。って、あそこで休む?」  ちょうど少し上に見えた、途中の展望スペースを見ながら言うと、里山はオレをふ、と見て「うん。ありがと」と微笑んだ。  二人で少し山道をそれて、展望スペースから、景色を楽しむ。 「いい景色だね。天気よくて、ほんとよかったよね」 「うん。そうだね……なんかさ、宮瀬くんて、優しいよね」 「そう?」 「うん。穏やかな感じ」  まあ、優しい、はたまに言われてきたかな。はっきり言えないだけかもしれないけど。  なんて思っていると。そうだ、と里山が思い出したように言って、オレを見上げてくる。 「じつはさっきね、バスに乗る時さ」 「うん?」 「私、宮瀬くんの隣に座ろうかな~と思って」 「そうなの? なんで?」  あ……なんでって、おかしいか?  まずったかな、と思って顔を見ると、里山はクスッと笑って、特に気にしてなさそうに続けた。 「ゆっくり話そうかなーと思ったの。でも、宮瀬くん、寝てたからやめたんだけど。それで私、ちょっと前の方に座ったんだけど」 「うん?」 「陽彩先輩をね、|京香《きょうか》ちゃんが誘ってたの」 「京香ちゃん……ああ、石井?」 「そうそう。先輩に、一緒に座りましょうよ~って」  石井京香。確かに、いつも先輩にくっついてるかも。好きなんだろうな。分かりやすい。多分皆、知ってるだろうな。 「そしたら、先輩が言ってたんだけどさ」 「うん?」 「宮瀬と座る約束してるからごめんねーって」  ――ん??  一瞬真っ白になって、里山を見る。約束……してたっけ? いや、してないな……。 「先輩と、約束してた?」 「あー……うん。してた、かも……」  ちょっと視線を逸らして、上の方に居る先輩を探しながら、考える。でも先輩はもう全然見えないけど。  ……ああ、石井を断りたくて、寝てるオレを使ったとか? 誰か女子と二人で先輩が座ったら、他の女子が文句言いそうだしな。  火種を消したかったとかかな……?  とにかくオレはもうすっとぼけて、違う話題に振ることにした。頑張れ、オレ。  だって先輩が約束したって言ったのに、してないとは言えない。 「というか、あれだね。石井、すごいね。そんな皆の前で先輩を誘うとか」 「ん。すごいね。なんか、先輩と夏までに付き合いたい、とか言ってたよ。お祭りとか行きたいって」 「そうなんだ……」  まあ、なかなかに綺麗な子で、先輩と並ぶと絵になるかも。だけど。  なんだか少し、モヤるこの気持ち……困ったもんだ。

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