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第4話 名前呼び

 今更そんなの気にしてもしょうがない、と気分を入れ替えて前の景色を眺める。  青空と樹々の緑。風も涼しくて気持ちいい。  うん。来て良かったな。  ほとんど先輩とは話せないだろうと思っていたのに、バスでお菓子交換できたし。結愛に成果報告できるしな。    そんなことを考えていたら、里山がふふ、と笑った。 「でもさ、あんまり攻めすぎてもだよね? あー、でも勢いでいけることもあるしなぁ……恋愛って難しいよね」 「どうだろ。オレ、そこらへんはあんまり……」 「――ふふ」  里山はオレを見上げて、ふと目を細めてクスクスと笑った。  なんだか、何か意味ありげな視線が、一瞬混じったような……? 「なんか、宮瀬くんってモテそうなのに、なんか……そんな感じなの、不思議」 「そんなモテないよ」 「モテてるのにね?」 「……?」  ちょっと意味が分からず、首を傾げると、里山はまた面白そうにクスクス笑った。 「ねー、宮瀬くん。名前で呼んでもいい?」 「え」 「タメだしさ。仲良くしようよ」  女子に名前呼ばれるの、初なような……。  里山の、紫色のフードが、風に揺れた。 「……別に、いいけど」 「じゃあ私は瑞穂ね?」 「あ、オレも呼ぶの?」 「うん。私だけ名前じゃ寂しいし」 「……呼べるかなオレ」  思わず正直に言ってしまったら。  あはは、と里山が笑った。 「じゃあ今、練習。呼んでみて?」 「……里山」 「はいー? それ練習する必要ないじゃん!」 「…………ちょっと、時間ください」 「わーなにそれ。面白いなぁ、貴臣」  いきなり呼ばれて、ぱっと里山を見る。 「……すごいね、名前をすぐ呼べるの」 「呼べるでしょ、別に。苗字も名前も、同じ名前だもん」  そう言うものなんだろうか。さらに呼び捨てだし。何倍もハードルがあがる。  確かに同じ名前だけど。その理論でいくと、オレが先輩を名前で呼んでもいいのか??  あ、そういや結愛と先輩は会って少しで名前で呼び合ってたな。  陽キャ恐るべし。  うーん、と考えてると、里山はまた隣でクスクス笑ってる。  山道を再び登り出して、少し経った頃、上から降りてくる先輩が見えた。  オレが気づいたところで、先輩もオレを見つけたらしく、近くまで駆け下りてきた。  なんか先輩、軽やかだな、こんな山道なのに。カッコイイ。 「よかった。居た」  その視線が一瞬だけ、里山とオレを見比べる。 「一緒だったんだね」  先輩が言った瞬間、里山はふふっと笑った。  ……何で笑ったのかよく分からないまま、オレは先輩を見上げた。 「あ、はい。体力無い二人でのんびり。先輩、どうしたんですか?」 「いや、だって、全然見えないんだもん、大丈夫かなって思って」 「わざわざすみません。里山、大丈夫だよね?」  里山に視線を向けると、くす、と笑って、オレを見上げてくる。 「先輩は、貴臣に言ってるんじゃない?」 「え、オレ?」  首を傾げて先輩を見ると、先輩は、きょと、とした顔をしてる。 「いや、二人とも、だけど……? 二人で最後だからね」  先輩がそう言いながら、なんだか首を傾げている。 「すみません、途中で少し休んでたので……皆、もう着いちゃったんですか?」 「先頭グループはもう着いてる。オレは着いてから、見てくるって戻ってきた」 「先輩、また登らないとですよね……元気ですね」  感心しながら言うと、先輩は面白そうに、笑った。 「登山、慣れてるから。これくらい全然平気」 「え、登山慣れてるんですか?」 「まあ、ちょっとね。行こ?」  歩き出した先輩について、里山、オレの順でちょっと狭くなった木の階段を進む。  ――意外。先輩、登山好きなのか。登山てなんかごっつい人達がでっかい荷物持ってやってるイメージが……。  ……ってオレのこのイメージもよく分からないな。  前を歩く先輩は、淡い水色のキャップに、同色のパーカー、カーキのパンツ。なんかめっちゃおしゃれ。帽子、可愛いし。とにかく似合う。ちなみにオレのは結愛がネットを見ながら、ミントの長袖Tシャツにライトベージュのパンツを買った。薄い色は虫や熊対策だそうな。  そんなことを思い出してるオレの近くで、少しずつ上りながら、先輩と里山が話してる。 「展望台、すごい景色良かったよ」 「わーほんとですか」 「うん、綺麗。青空で良かったね~」 「ですよね~、今週、結構雨でしたもんね。あっ先輩ってもしかして、晴れ男ですか?」  あ。里山、オレと同じこと思ってる。とちょっと可笑しい。いや、誰でも先輩のことはそう思うかも。  少なくとも、雨男ではないな。絶対。  また根拠もなく思っていると。 「晴れ男ねぇ……まあ遊びに出かける時は大体晴れかな。友達にはお前がいると晴れるって言われるけど」 「あー、なんか……納得しました」 「そう? よく分かんないけどね。晴れ男なんて、ある?」 「うーん。晴れを引っ張ってきてくれそうなイメージがあるってことかなぁ……ね、貴臣?」  貴臣。もう普通に呼んでるな。  ……瑞穂? いや、無理。なんか口が攣りそう。あとにしよう。  一瞬、答えるのが遅れたら、前を先導するみたいに登ってた先輩がふと。 「名前で呼んでるんだね?」  そう、里山に聞いてる。 「あ、はい。なんか宮瀬くん、面白くて。タメだし」 「あ、分かる。面白いよね」 「おもしろいですか……?」  初めて言われたかもしれない。  面白い?? 「なんか、外見と中身、ギャップありません? 意外なとこいろいろあって、面白いです」  そういう意味か。  それなら、大学入ってからだから、今まで言われなかったのも分かる。  つか、オレ、面白く、はないよなぁ。 「分かる。……宮瀬、癒されるよね」  先輩が、前を向いたまま、そんなことを言ってくれる。  あ、なんか。それは嬉しいかも、しれない。  前を歩いてる里山が、またクスクス笑った。  

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