48 / 59
第23話 先輩の見ていた景色
駅が近づくと、結愛が確認するように言いだした。
「じゃお兄、手芸部の人たち、早めにね~!」
「分かったよ」
「あと、ワークショップ、何がいいか、いくつか候補だしてね。その中で、人気ありそうなのに決めよ?」
「分かった」
「あとは……」
「スマホで連絡でいいよ。今言ったのはちゃんとやっとくから――って言っても、もうすぐ大学試験だからな。レポートもあるし。でもまあ、人への連絡は早くやっとく。オレが頑張ればいいものは、ちょっと後回しかも」
そう言うと、結愛は、分かってる!と頷いた。
「というか、こっちもテストあるから。適度に頑張ろうね」
「分かった。テストの方に気合いれていいからね」
「はーい」
改札を抜けたところで、振り返る。
「気を付けて。おみやげ、母さんたちによろしく」
「うん。ありがと。陽彩先輩も、ありがとうございました」
「気を付けてねー」
「はあい。写真、お兄経由で、よろしくお願いします!」
「りょうかーい」
改札で結愛と別れて、先輩と二人になる。
「すみません、先輩。付き合わせて」
「いいよ。てか、オレが無理やりついてきたみたいな感じだし」
「そんなことはないですよ」
ふ、と笑いながら、二人でまた来た道を戻る。
ゆっくり歩きながら、ふと、空を見上げる。
「昨日の空と、全然違いますね」
「ん? ……ああ、星ね~……」
ネオンに照らされる空には、星が、ほとんど見えない。昨日合宿で見た満天の星とは、まるで別の世界だ。
「大きい星しか、見えませんね」
「そうだね」
「昨日は、ほんと。綺麗でしたね」
ふふ、と先輩が笑いながら、そうだねと呟いた。
それから、ふとオレをみて、先輩が話し始める。
「それにしてもさ。すっごく急に、宮瀬のぬいたちが世に出ていく気がするね」
「そうですか? でも実際は、数体が売れて……地元のイベントにちょこっと参加するくらい、ですけど」
「すごいことだと思うよ。ていうか……だって、イベントとか苦手なんでしょ?」
「はい。思い切り」
めちゃくちゃまっすぐ頷くと、先輩は、あは、と笑い出した。
「でもね、先輩」
「ん?」
「――先輩が可愛いって言ってくれたぬいたちだから、頑張ろうと思ってるんですよね。先輩の従妹ちゃんも、喜んでくれたって聞いたら……そういえば、オレ、結愛が喜んでくれるから、作ってたんだなぁ、って思い出して……」
「うん……」
「ネットで少しでも売れて、買ってくれた人に喜んでもらえるなら。ワークショップとかも、それをきっかけに、ぬい作ろうって子がうまれるなら。なんか嬉しいなぁと思って」
言ってから、はっと気づいて、少し照れる。語ってしまったような気がした。でも。
少しだけ黙った先輩は、すぐに、ふ、と微笑んだ。
「――宮瀬らしいね」
「……そうですか?」
「売りたいとか。目立ちたいとか。そういうんじゃないんだと思って」
「そりゃ売れたら、先輩とか結愛にお礼したいので、売れてほしいって思いますけど……目立ちたいは、むしろ無いですしね」
苦笑したオレに、先輩は、ふ、と目を細めて笑う。――綺麗な、笑み。
「宮瀬らしい。ほんと、いいよね。」
見つめ合うと――ドキ、と心が揺れる。
「だから、宮瀬のぬいは、可愛いんだよ」
ん? と思わず首を傾げながら、先輩を見つめると。
「宮瀬が優しいから。可愛い顔、してるんだと思う」
ふふ、と笑って、先輩がうんうん一人で頷いている。オレは、すごく照れて。
なんだか言葉が出てこない。
ぬいの顔なんて、目と口とほっぺとか、そういうのの配置で変わるから、オレの性格とかは関係ないんじゃないかな、とも思うのだけれど。
でも、先輩がそう思ってくれているのは、なんだかやっぱり、嬉しい。
「先輩、あの……」
「ん?」
「先輩が高校の時に撮ってた写真て、どこかで見れないんですか?」
ちょっと見てみたいなと思って、何気なく聞いた一言だった。
でも。先輩の視線が、揺れた気がして。一瞬、黙って。
それから、ふと、視線を逸らされた。
「ごめん。実家、行かないと見れないかも」
「あ、そうなんですね」
「うん。いつか。見せるね」
「あ、はい」
何も気づかない振りで、頷いた。――データでは、無いんだろうか。さっきパソコンあるって言ってたし。
ちらっと掠めたけど。なんとなく、聞けない雰囲気。なにか、ありそう。
だから、オレは、言うことにした。
「先輩が撮った写真なら、オレ、絶対好きだと思うので――いつか、見せてくださいね」
「…………」
先輩は、きょとん、としてオレを見上げる。
先輩は、「絶対好きって」と苦笑しながら言った。
「大したことない写真しか、ないかもよ? 変なのとか」
「……先輩が、その時見てたものが見れるなら、楽しそうです」
思わず出た言葉に、先輩の視線が揺れた気がした。
先輩は今度は何も言わず、オレをじっと見上げた。
「――まあ。いつかね?」
「はい」
……オレの言葉が、正解か分からないまま、話していたけれど。
さっきよりも、少しだけ。
ちゃんと、笑顔になった気がして、少しほっとした。
ともだちにシェアしよう!

