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第23話 先輩の見ていた景色

 駅が近づくと、結愛が確認するように言いだした。 「じゃお兄、手芸部の人たち、早めにね~!」 「分かったよ」 「あと、ワークショップ、何がいいか、いくつか候補だしてね。その中で、人気ありそうなのに決めよ?」 「分かった」 「あとは……」 「スマホで連絡でいいよ。今言ったのはちゃんとやっとくから――って言っても、もうすぐ大学試験だからな。レポートもあるし。でもまあ、人への連絡は早くやっとく。オレが頑張ればいいものは、ちょっと後回しかも」  そう言うと、結愛は、分かってる!と頷いた。 「というか、こっちもテストあるから。適度に頑張ろうね」 「分かった。テストの方に気合いれていいからね」 「はーい」  改札を抜けたところで、振り返る。 「気を付けて。おみやげ、母さんたちによろしく」 「うん。ありがと。陽彩先輩も、ありがとうございました」 「気を付けてねー」 「はあい。写真、お兄経由で、よろしくお願いします!」 「りょうかーい」  改札で結愛と別れて、先輩と二人になる。 「すみません、先輩。付き合わせて」 「いいよ。てか、オレが無理やりついてきたみたいな感じだし」 「そんなことはないですよ」  ふ、と笑いながら、二人でまた来た道を戻る。  ゆっくり歩きながら、ふと、空を見上げる。 「昨日の空と、全然違いますね」 「ん? ……ああ、星ね~……」  ネオンに照らされる空には、星が、ほとんど見えない。昨日合宿で見た満天の星とは、まるで別の世界だ。   「大きい星しか、見えませんね」 「そうだね」 「昨日は、ほんと。綺麗でしたね」  ふふ、と先輩が笑いながら、そうだねと呟いた。  それから、ふとオレをみて、先輩が話し始める。 「それにしてもさ。すっごく急に、宮瀬のぬいたちが世に出ていく気がするね」 「そうですか? でも実際は、数体が売れて……地元のイベントにちょこっと参加するくらい、ですけど」 「すごいことだと思うよ。ていうか……だって、イベントとか苦手なんでしょ?」 「はい。思い切り」  めちゃくちゃまっすぐ頷くと、先輩は、あは、と笑い出した。 「でもね、先輩」 「ん?」 「――先輩が可愛いって言ってくれたぬいたちだから、頑張ろうと思ってるんですよね。先輩の従妹ちゃんも、喜んでくれたって聞いたら……そういえば、オレ、結愛が喜んでくれるから、作ってたんだなぁ、って思い出して……」 「うん……」 「ネットで少しでも売れて、買ってくれた人に喜んでもらえるなら。ワークショップとかも、それをきっかけに、ぬい作ろうって子がうまれるなら。なんか嬉しいなぁと思って」  言ってから、はっと気づいて、少し照れる。語ってしまったような気がした。でも。  少しだけ黙った先輩は、すぐに、ふ、と微笑んだ。 「――宮瀬らしいね」 「……そうですか?」 「売りたいとか。目立ちたいとか。そういうんじゃないんだと思って」 「そりゃ売れたら、先輩とか結愛にお礼したいので、売れてほしいって思いますけど……目立ちたいは、むしろ無いですしね」  苦笑したオレに、先輩は、ふ、と目を細めて笑う。――綺麗な、笑み。 「宮瀬らしい。ほんと、いいよね。」  見つめ合うと――ドキ、と心が揺れる。 「だから、宮瀬のぬいは、可愛いんだよ」  ん? と思わず首を傾げながら、先輩を見つめると。 「宮瀬が優しいから。可愛い顔、してるんだと思う」  ふふ、と笑って、先輩がうんうん一人で頷いている。オレは、すごく照れて。  なんだか言葉が出てこない。  ぬいの顔なんて、目と口とほっぺとか、そういうのの配置で変わるから、オレの性格とかは関係ないんじゃないかな、とも思うのだけれど。  でも、先輩がそう思ってくれているのは、なんだかやっぱり、嬉しい。 「先輩、あの……」 「ん?」 「先輩が高校の時に撮ってた写真て、どこかで見れないんですか?」  ちょっと見てみたいなと思って、何気なく聞いた一言だった。  でも。先輩の視線が、揺れた気がして。一瞬、黙って。  それから、ふと、視線を逸らされた。 「ごめん。実家、行かないと見れないかも」 「あ、そうなんですね」 「うん。いつか。見せるね」 「あ、はい」  何も気づかない振りで、頷いた。――データでは、無いんだろうか。さっきパソコンあるって言ってたし。  ちらっと掠めたけど。なんとなく、聞けない雰囲気。なにか、ありそう。  だから、オレは、言うことにした。 「先輩が撮った写真なら、オレ、絶対好きだと思うので――いつか、見せてくださいね」 「…………」  先輩は、きょとん、としてオレを見上げる。  先輩は、「絶対好きって」と苦笑しながら言った。 「大したことない写真しか、ないかもよ? 変なのとか」 「……先輩が、その時見てたものが見れるなら、楽しそうです」  思わず出た言葉に、先輩の視線が揺れた気がした。  先輩は今度は何も言わず、オレをじっと見上げた。   「――まあ。いつかね?」 「はい」  ……オレの言葉が、正解か分からないまま、話していたけれど。  さっきよりも、少しだけ。  ちゃんと、笑顔になった気がして、少しほっとした。

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