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第10話 幸せって。
高校三年間、結構な時間を費やした家庭科室。
男は一人だった。
部活の入部は必須だった。運動部には絶対入りたくなかった。
手芸部があることを知って、活動もわりと自由。文化祭で、ぬいを売るのは知ってた。
なんなら、それがメインの活動みたいな。
それならあんまり話さなくてもいっか、と思ったんだったよなぁ。
確か、入部した時の初顔合わせの挨拶は……
「小学生の時、妹にフェルトのおにぎりを作ってあげて以来、地味にぬいぐるみを作ってました。男一人なので……ここの端で静かに縫ってようかと思います」
構わないでくださいオーラを全開に、オレはそう言った。
女子の先輩とかは、変な子きたな、みたいな感じだった。
やめさせられて運動部に行くのは嫌だったので、活動のある日は、ちゃんと参加した。
家庭科室の、入り口の反対。窓際のテーブルに、窓の方を向いて、一人で座った。
放課後。窓から差す午後の柔らかい光の中で、周りの女子とはほとんど接しないで、チクチクと縫う日々が続いた。
まあ今思っても、やっぱりあれはだいぶ変な奴だった。
活動のある日だけじゃなく、家でも縫うようになった。
作れば作るほど、可愛くなっていくような気がした。
まるで生きてるみたいな表情に見える。
オレが喋らない分、ぬいたちが、その瞳に何かをうつして、キラキラしてるみたいに見えた。
ある日、先輩の一人が、ふっとオレの側を通りすぎた時、「えっ」と戻ってきた。
今までほとんど話したことのなかった人。
最初に、変なの来たね、みたいに眉をちょっとひそめた人だった。
あの時の表情とか会話は、すごく覚えてる。
「え、これって……」
「はい……??」
「……宮瀬くん、が作った、の?」
「……? ……はい」
オレの側にあるぬいが、オレの手づくりじゃなかったら、何なのだと思うのだろう?
謎すぎる質問に、首を傾げていると、その先輩が、他の先輩たちを呼びに行った。
「えーなにこれ! 可愛い」
「めっちゃ可愛い」
「うそでしょ、何で」
随分失礼だけど、そう言った先輩もいた。
「可愛い、ですか?」
まあ確かに、より可愛くなってきたような気はしていたけれど。
ぬいなんて、そこそこ皆可愛いのではないだろうか。
そういえば、オレは他の人が作るぬいを、あの時までほとんど見たことが無かった。
そうだ、そしたらそれから、色んな人が話しかけてくるようになって……。
なんかオレのぬいの作り方を教えてとか言われて……文化祭で皆で作ったら、爆売れした。
……懐かしい。
ふと、自分が一人で座っていたテーブルの、あの席を眺める。
一人あそこで、黙々とチクチクしてた頃と。
今と。
オレの中身は――別にそこまで、変わってないような気がするんだけど。
不思議だな。
その時、カシャッとシャッター音。
そちらに視線を向けると、先輩が、モニターを見て、クスッと笑った。
「――なんか、すげー絵になってたよ。何考えてた?」
クスクス笑いながら、先輩がオレを見る。
「絵にはなってないですね……」
「なってたってば」
先輩は、オレを見上げて、鮮やかに笑った。
この空間に、この人が居るの。
……めちゃくちゃ、嬉しい。
幸せって、こういう空間のことを言うのかも。
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