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第32話 名前呼び
「とにかく、ですね、先輩」
「うん」
「庇ったり分かってあげようとしたりしないで、とりあえず一通り、ひどかったって落ち込んで、すっきりしてほしいです……」
じっと見つめてそう言うと、先輩は、そうだね、と頷いた。
「でもって、オレが見てる先輩は、そういうことに負けない人だと思います。というか、負けないでください。それで先輩が楽しくなくなっちゃうのは、オレが悔しいので……!」
「また、宮瀬が、悔しいの?」
「はい!」
「……そっか……それは、困るね」
「……困りますか?」
ぱち、と視線が合って、じっと見つめ合う。
同時に、ふ、と笑ってしまった。
「宮瀬が悔しいのは、困る」
「オレも。先輩がずっと引きずってると、困りますし、悔しいです」
「――それはほんと、困っちゃうな……」
んー……と、先輩は少しの間、考えるそぶりをしてから、ぽつり。
「宮瀬、お菓子食べよっか」
「え。あ、はい」
「コーヒーおかわりいる?」
「はい」
なんだか、先輩の雰囲気が変わった。
……無理して笑ってる感が、消えた。
「お菓子だすの手伝います」
「うん。じゃあなんか、そこからお皿だして」
「これ? こっち?」
「おっきい方。全部出す」
やまもりお菓子を並べながら、楽しそうにしている先輩に、ふと、笑ってしまう。
「オレ、カフェオレにしよう。甘い奴。宮瀬は?」
「オレは牛乳だけ入れてください」
「んー」
コトン、とカップを置く音が、なんだか妙に心地よい。
先輩とオレは、ローテーブルで、隣に座った。
もうすっかりプリンターやパソコンは片付けて、今はお菓子とコーヒーだけ。
「宮瀬、チョコとポテチだったらどっちが好き?」
「ポテチかな……」
「そっか~ポテチにチョコがついてるやつは好き?」
「……いや。あんまり?」
「おいしいよ、今度食べてみて」
「はい」
先輩の酔いも、引いてきたみたいだ。
……なのに、なぜ隣に座ってる。
こういうテーブルって、隣に座るものか? 普通向かい側なんじゃないのかな。
ちら、と先輩の方を見ると、やたら近いし。
「……やっぱさ」
「はい?」
「ひどいよな、後輩」
「うん。ひどいですね」
「だよね」
「はい」
即答してると、先輩は、ふふ、と笑う。
「……可哀想だったよね、高校生のオレ」
「……そう、ですね」
「可愛がってた後輩も、仲良かった女子も、急に消えてさ。それにね」
「はい?」
「……それまではさ、写真部のエース、みたいにオレ言われてて、先生とかも、期待してるぞーって感じだったのにさ。急に後輩の方に言うんだよ。オレの方が、おまけみたいな。むしろなんか、お前も頑張れよー!とか」
「うわー……あれですね。よく言わなかったですね、先輩が撮らせた写真だって」
「証拠、ないしね。二人で撮りに行ってたから」
肩を竦めているけれど。先輩とそんな風に二人で写真を取りに行くほど可愛がってもらっていたくせに、なにしてくれてんだ。と、密かな怒りがふつふつと。ワークショップ。顔見れたら見たい……!
「名前は何て言うんですか?」
「……|篠原隼《しのはら はやと》。はやぶさっていう漢字」
「なるほど……強そうな名前ですね」
思わず言ったら、先輩は一拍置いて、くすくす笑い出した。
「そう? ……久しぶりに呼んだ。名前」
「隼って呼んでたんですか?」
「うん。そう」
「向こうは?」
「……陽彩さん」
なんだか先輩、遠くを見るような目で、ぼうっと考えている。
く…………めちゃくちゃ仲良しじゃんか。
はーほんと。そいつ。何がしたかったんだろ。……素直に謝れずにドツボにはまった口かな……。
ばかだなぁ、ほんと。
「貴臣」
「……えっ?」
「貴臣って呼ぶ?」
「……えっなんで?」
オレ今、願望を口に出した?
焦ってると、先輩がんー、と首を傾げている。
「何でっていうか……オレ達、仲良しだから? 隼のことは隼って呼んでたのに。宮瀬のこと、宮瀬じゃ、なんか……今、宮瀬の方が仲良しだし」
「…………」
えっ。貴臣って呼んでくれるの? マジで?
えっっ。えっと……。
頭の中までフリーズ。
数秒固まっていると、オレを見ていた先輩は、クスクス笑いながら。
「やっぱりもうちょっとしてからにする」
そう言うと、先輩は、ぱく、とポテチを口に入れた。
……く。しくじった……。
ていうか今呼んでほしい……!
別の話が始まってしまって、言える雰囲気ではなくなってしまった。
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