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第36話 眠れない夜
「ただいまー」
先輩がのんきな声で言いながら戻ってきた。と思ったら、大きなあくびをしている。
「ねむ……」
「朝も早かったですもんね。ありがとうございました、付き合ってくれて」
「うん……」
ふふ、と笑いながら先輩は頷いて、髪にドライヤーをかけ始めた。
――普通に白Tシャツにグレーのズボン。オレとそんなに変わりない姿なのに、なんか可愛い……。
髪に触れてる、綺麗な指。手首――白いな。
……そこまでぼんやり考えて、はっと気づいて、首を振った。
やばいやばい。
二人きりって。嬉しいけど、こんなに好きな人と二人って、楽しいばかりではないんだなということを初めて知った。
ドライヤーを止めた先輩に「もう寝ますか?」と聞くと、そうだね、と先輩が頷いた。
「明日さ、早起きしたいんだ。朝日の中で写真、撮りたい」
「そうなんですか?」
「朝日って、柔らかいからさ。透明感あって……ちょっと頑張って起きよ?」
「もちろんです」
「五時で良い……?」
「はい……って思ったより早かったです」
「あはは。撮ったらまた寝てもいいよ」
と、いうことで、早々に寝る準備をして、オレがベッド、先輩が布団に入った。電気を消したけれど、カーテンの隙間からぼんやりと月明かり。先輩の顔がどこにあるかは分かる。
「――布団に入ったまま喋るのとか、楽しいよね」
「そうですね」
「合宿の時も、楽しかったよね」
「……まあ、そうですね」
あの時は、いろんな人がいたからなぁ。先輩と二人なら迷わず楽しいけど……と思いながら、トーンが落ちた返事に、先輩がクスッと笑った。
「ああいうのはあんまり?」
「……でも、前よりは、少し拒否反応が無くなってきた……気がします」
「拒否反応かぁ……」
先輩はんー、と考えてから。
「でもたった三ヶ月で改善してるなら、大学卒業する頃には、無くなってるかもね」
「……だといいですね」
……あ。卒業か。……先輩、一年早く卒業しちゃうんだよな。
――寂しすぎるので、考えないことにした。
「朝、よろしくお願いします」
「うん。こちらこそ……もっとこのまま話してたいけど……また今度ね」
「……また今度、ですか?」
「ん。また泊りにおいでよ」
「――」
それは食い気味で頷きたいところだけれど、ちょっと一拍止まってから。
「じゃあ先輩もまたうち、来てくださいね……ここに比べたら狭いですけど」
「行く行く」
ふふ、と笑って、おやすみーと、寝に入る。
先輩は、あっという間に眠ったみたい。
静かな寝息。
今日はまだ、顔全部、出てる。横向きでこっちを向いて話していた時の形で、すやすや。
目が慣れて来て、すっかり顔が見える。
「――」
寝たらまた潜るのかな。頭がちょっとだけ出てる感じに……。アレ、可愛いよな。
ふ、と顔がほころんでしまいそうになった時。
「……みやせ……」
不意に、名前を呼ばれた。
「……はい?」
あれ、起きてた?
体を半分起こして、先輩の次の言葉を待つけど。
続きはなくて、先輩の寝息が聞こえるだけ。
先輩の顔は、穏やかで。それが余計にドキドキさせてくる。
――寝言……?
なんだか、心の中が、ドクドク動き出した。
先輩の唇をじっと見つめてしまっていたせいか――。
――キスしたい、なんて。初めて思ったかもしれない。
胸の奥から、熱がじわじわ広がってくる。
焦って布団を頭まで引き上げて、先輩と逆の方を向いた。
落ち着け、寝る前まで喋ってたから、続きみたいなものだよな。
意味はない。そう思って目を閉じた。
なかなか、眠れない夜だった。
朝。
「宮瀬、起きれる……?」
先輩の静かな声。朝起きた瞬間から、オレの心臓は、元気に動き出した。
「おはようございます……」
「うん。おはよ。ごはんの前に、写真でいい? あと、宮瀬、上だけでいいから普通の服になって」
「はい……顔洗ってきます」
「うん。あ、顔は撮らないけど」
でも絶対寝ぼけてるので……と思いながら洗面所へ。
「宮瀬、タオル、はい」
先輩が新しいタオルを持ってきてくれた。受け取ってから、つい。
「先輩」
「ん?」
顔をのぞかせると、先輩が廊下の先から、オレを振り返る。
「先輩、昨日……寝言、言ってましたけど……」
「え? オレ?」
先輩はきょとん。まあ覚えてる筈ないか。寝てたもんな……。
「何て?」
「……分かんなかったんですけど……なんか喋ってました」
「えー、なんか恥ずかしいー。怖いこととか言ってなかった?」
「怖いことって?」
「なんか幽霊に取りつかれて……とか」
「言ってないです。……多分」
なんか肩の力が抜ける会話で、二人で笑ってしまう。
――でもオレだけが、心臓の動きが、速い。
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