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拘束(こうそく)

白いクロスが敷かれたテーブル。煌めくグラスと銀のカトラリーが整然と並ぶ。席に着いた瞬間、匠は完全に固まった。 (何だよここ……俺、完全に場違いじゃねぇか……!!) 対面に座る遙は当たり前のようにワインリストを開き軽やかにウェイターとやり取りをしている。匠は布ナプキンを握り締めたまま一向に動けない。 「……匠くん」 不意に、低く優しい声が響く。顔を上げると遙がゆっくりと微笑んでいた。 「さっきも言ったが……気にせず、好きに食べてくれ」 「ひぇっ……」 思考を読まれた気がして変な声を出す匠。視線が交わった瞬間、心臓が飛び出しそうになる。慌てて俯きフォークとナイフをチラ見する。 (つうか、俺はスーツじゃねぇし、パーカーだし……クソッ!!) 頭の中で叫ぶが、もうどうにもならない。頬はますます赤くなる一方だ。少ししてウェイターがスーツジャケットを持ってきてくれたのでそれをパーカーの上から羽織る。 (何か変なカッコになっちまったよ……) 「……遠慮しなくて良い」 そう言われても匠の手は小刻みに震える。レンタルジャケットを羽織った所で場違い感は消えない。それでも遙の視線が痛いほどに優しく、けれど逃げ場が無いほど真剣で。 「わ、分かった。もう知らねぇ!」 意地を張るようにフォークを持ち、ぎこちなく料理と睨めっこ。遙はそんな匠の一挙手一投足を見守り、微笑みを崩さない。胸の奥で確かに甘い熱が滾っていく。 (……ああ、本当に可愛い) 遂に吹っ切れた匠はナイフとフォークを握り、目の前の豪華な料理を豪快に食べ始めた。 (別に腹なんか減ってねぇけど……でもこんな高級料理タダで食えるなら腹に無理やりぶち込んでやるぜ!) 口に運ぶたびに初めて味わう繊細な旨味が広がる。借りたジャケット姿で完全に場違いだと感じながらも、段々と食べる事に夢中になっていく匠。 (……クッソうめぇ……!!) 頬張る匠を見つめながら、遙はワイングラスを傾けていた。その瞳には静かで濃密な熱が宿っている。 「いい食べっぷりだな」 「……気にせず食えって言ったのはアンタだからな」 口元を拭きながら気まずそうに呟く。遙は淡く微笑むだけ。 「いや、嬉しいんだ……君とこうして食事出来るなんて夢みたいでな」 「っ……!!」 不意に鼓動が跳ね上がる。 (何なんだよコイツは、また、いきなり……) 夢中で食べるのを再開しようとしたその瞬間。 「……ずっと俺だけを見てくれればいいのに」 「っ……!?」 フォークがカチャンと皿に落ちる。 「なっ……何言って……」 顔を真っ赤にし口をパクパクさせる匠。遙の瞳は何処までも静かで、優しい。けれど、その奥に潜む圧倒的な支配欲と強引さが冷たい刃のよう。 「……君が誰と話しても、何処に居ても、最終的に戻ってくる場所は……俺の傍だけになれば良いのに」 「っ……!」 言葉が出ない。目も逸らせない。その言葉が耳から離れず、心の奥深くに沁み込んでいく。 (……やべぇ…マジで何なんだ?) 匠は唇を噛み、ようやく目を逸らす事しか出来なかった。遙の言葉が胸に突き刺さり、匠の頭の中でクエスチョンマークが大量に出てくるのと同時に、警報が鳴り響く。 (分かった!コイツは……マジモンのヤベー奴だ!!) 全力で逃げ出せと心が叫ぶ。しかし、足は動かない。いや、動かせないといった方が正しい。 (な……何でだよ……何で動けねぇんだっ!?) ギュッと唇を噛み締める。一瞬、テーブルの下で膝が震えた。しかし、この状況を打破する方法をすぐに思い付く。 「な、何も聞かなかった事にする……」 そう小さく呟き、匠は無理やりフォークを手に取る。再び料理を口に運び始めるが、味なんてもう分からない。遙は、そんな匠を静かに見つめながらグラスを回す。 「つーかアンタ、暇人だな」 「……ほう?」 遙が軽く片眉を上げる。 「俺なんかと、こんなとこ来てさ。こういうとこは彼女と来るだろ、普通」 口の中の料理をモゴモゴしながら、必死に話題を逸らそうとする匠。 「それなのに、何でまた俺なんだ?むさ苦しいだろ男二人で。よっぽどの暇人か、それとも、もしかして彼女にすっぽかされたとか?」 そう言いながら視線はずっと皿の上。フォークを弄り、ソースを無駄に突っつく。遙は微笑みを深めると、低く囁くように答える。 「……だから言っただろう。俺は君以外に興味は無いって」 「いっ!?」 再びフォークが止まる匠。心臓が一瞬で熱くなる感覚。 (……やっぱガチでヤベー) 「お、お前……やっぱりホモか!!」 匠の声がレストランの静かな空気を震わせる。周りの客の視線など気にしている余裕は無い。 「そういう事なら俺、もう帰る!!」 真っ赤になった顔を伏せ、椅子を勢いよく引き、立ち上がろうとする匠。 しかし。 「うわっ!!」 腕を強く掴んでくる遙。青灰色の瞳がまっすぐに匠の琥珀色の瞳を射抜いていた。 「まだ料理が残っている。食べ物を粗末にしてはいけない」 低く甘い声。それなのに、その言葉は冷たい鎖のように重い。 「っ……離せよ!!」 必死に振り払おうとする匠。だが遙の手は、まるで有刺鉄線のようにしっかりと絡みついてきた。 「ホモでも何でもいい。君がどう思おうが関係無い」 「いや関係あるだろ……」 「君がどれだけ叫んでも、俺は君を離さない」 「や、やめろ……っ」 「……君は、今は俺だけを見ていれば良い」 遙の瞳は静かに、けれど深い渇望に燃えている。その熱が皮膚を通して匠の心の奥まで届いた。 (……ダメだコイツ……早く何とかしてくれ……) 鼓動が激しくなり思考が混乱する。そして逆らう気力が徐々に無くなっていった。匠の腕をしっかりと掴んだまま、遙は周囲の客に向けて静かに頭を下げる。 「お騒がせして大変申し訳ありません」 その声は完璧に穏やかで紳士的。客達は皆面食らうが、遙の優雅な態度に誰も何も言えず視線を逸らす。 「い、いい加減、離せっての……」 小声で必死に抗う匠。しかし遙は何も言わず、ただ静かに微笑むだけ。そのまま、ゆっくり匠を座らせると満足したのか優雅に席に戻り、ワイングラスを手に取る。グラスを近づけて軽く回し、赤い液体の香りを嗅ぐその姿はまるで舞台上の貴族のように完璧だった。 「……落ち着いたか?」 低い声が、また匠の胸に刺さる。 「っ……落ち着くワケねぇだろ……」 顔を真っ赤にして俯く匠。フォークを握る手は小刻みに震えている。 (くそっ!やられた!!タダより高いものは無いって……マジじゃん!!) 皿の上の料理がやけに眩しく見える。遙はそんな匠を見つめ、口元に僅かな笑みを浮かべるとワインを一口。 「……君のそういう所が、本当に可愛い」 「くっ……!!」 耳まで真っ赤になった匠は、とうとう言葉を失い、綺麗に盛られた料理を見つめる事しか出来なくなった。 (俺……今日ちゃんと無事に家に帰れるのかコレ……)

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