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侵蝕(しんしょく)
※軽い性描写を含みます。苦手な方はご注意下さい。
部屋に飛び込み、外にまだ居るであろう遙の気配を遮断するように玄関の扉を勢いよく閉めた。
「はぁ……」
そのまま力が抜け、ズルズルと床に座り込む。心臓は未だ暴れっぱなしで、頭の中ではあの低い声が何度もリフレインしていた。
(何か、おかしな方向に進んでねぇか……?)
拳を握り、ブルブルと震える肩。
(俺は、ホモじゃねぇぞ……でも……)
思わず頬に手を当てる。熱が満ちていて指先が痺れる。目を閉じると浮かぶのは銀髪の揺れと、あの底無しの青灰の瞳。
「……バカ」
弱々しい声が部屋の静寂に消えた。
その頃、遙は人けの少ない夜道をゆっくりと歩いていた。夜風が銀髪を優しく撫でる。
「ふふ……」
静かに笑う。だが、その瞳は冷たく澄んで鋭い眼光を放っていた。手に残る匠の体温を思い出し、指先を僅かに動かす。
(あの目、あの声、あの震える肩……匠の全て……)
「……可愛過ぎる」
小さく呟く声は甘く、底知れない執着に満ちていた。
(あんなに拒んでおいて、だがしっかりと俺の言葉に縛られている……お前はもう俺から逃げられない)
遙の足取りは軽やかで、確実に獲物へと迫る捕食者のようだった。
白くぼやけたベッドの上、匠は遙に組み敷かれていた。
「……あっ……や、やめっ……」
しかし声は弱々しく身体は逆らえず震えている。遙はその鋭い青灰色の瞳で匠をまっすぐに見下ろす。
「……可愛いな、匠」
ゆっくりと唇が重なり、深く、深く侵されるようなキス。舌を絡め取られ、酸素を奪われるたび、頭が真っ白になる。
「……んんっ……」
首筋に唇が滑り、次に熱い舌が這う。耳元で吐息が絡み、尖った犬歯が優しく耳に噛みつく。
「あっ……」
身体の芯まで熱が走り、理性は溶けていく。そのまま行為はエスカレートして、互いの肌が触れ合い、強く、深く繋がる。激しく、執拗に愛撫される。何度も呼吸が乱れ、指先まで甘く痺れていく。
「匠……お前は俺のものだ……」
意識が遠のくほどの熱と快楽に飲まれていく。
「……うわぁ!?」
ビクンと身体を跳ねさせ、匠は勢いよく目を覚ました。
「はっ……はぁっ……」
荒い息。汗が首筋を伝い、Tシャツの中がじっとりと濡れている。
(……な、何だ?……今の夢……)
頬を手で覆う。指の間から見える顔は、火が付いたように真っ赤に染まっている。脳裏にこびり付くのは遙の低音の声、熱い吐息、青灰の瞳。
「……ば、バカか俺はっ……!!」
枕を引き寄せ、全力で顔を埋める匠。
(絶対、俺はホモじゃねぇぞ!)
そう心の中で叫びながらも、胸の奥にはまだあの熱が残っていた。
煌びやかなオフィスフロア。パソコンの画面を見つめ資料を整理する遙。周囲の同僚達は完璧に仕事をこなす彼に羨望の眼差しを向ける。
「九条さん。此方の件、確認頂けますか?」
「……あぁ、そこに置いてくれ」
低く落ち着いた声で淡々と話す。誰も疑わない。誰も。彼の中に怪物が潜んでいるなど知る由もない。しかし……。
(……匠、今頃は大学か。あの無防備な顔を俺以外に晒しているのか……)
指先は止まらず、視線も資料を捉えている。だが脳内は一瞬たりとも匠から離れない。
(昨日の、あの表情、震える声……本当に可愛かったな……)
書類にペンを走らせながら口元に微かな笑みが浮かぶ。
「……!?」
近くを通りかかった後輩が、その笑みを見て顔を赤くして立ち去る。遙は無論、気づかない。いや、恐らく眼中に無いのだろう。
(もう少しだ……もう少しで確実に俺のものになる……)
机の上に置かれたスマホを指先でそっと撫でる。
(今夜も、声が聞きたい。顔が見たい。触れたい……)
外見は完璧なエリート。だがその内側では匠だけを渇望し、匠だけで埋め尽くされていた。
午前中の光が降り注ぐ校舎。匠は机に突っ伏していた。目は虚ろで、心ここに在らず。
「おーい、匠、寝不足か?昨日の合コン、二次会でめっちゃ盛り上がってさー!何組か途中で消えてったぜ!お前何で帰っちまったんだよー」
友達が後ろからバシバシ肩を叩く。
「あー!やめろ!!うっとおしいな!!」
顔を真っ赤にして振り返り思わず大声を上げた。その様子に周りの友人たちは冷やかしの声が上がる。
「おいおい、今日はいつにも増してお疲れじゃん!何?まさかあの時既にお持ち帰りしてたのか!?」
「はぁ!?バカかお前!ほっとけよ!!」
「うわーマジかよ!抜け目ねーなお前……で、誰?久々の女の子の味は、どうだった?」
「ち、違ぇって言ってんだろ……クソ……もうほっとけって言ってんだ!!」
机を叩いて立ち上がりバタバタと席を離れる匠。友人たちは後を追いかけるが匠はもう耳を塞いでいる。
「アハハ、照れてやんの!」
「俺なんか電話番号すら聞けなかったのによー!今度紹介してくれー!」
(……クソ……何なんだ……全部アイツのせいだ……っ)
昨日の夜と夢の中の感触。一度思い出したらもう頭から消えてくれない。強気で誰にも縛られないはずの自分。けれど、もうこの感情の逃げ場が無くなりつつあるような気がした。
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