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服従(ふくじゅう)

匠は机の上にぐったりと突っ伏し、肩で荒く息を吐いている。猫っ毛の茶髪は乱れ、背中は汗で薄く濡れて服が張り付いている。 「は……はぁっ……く……っ」 喉から漏れる声は震え、琥珀色の瞳は涙で滲んでいた。遙はそんな匠の頬に触れ、ゆっくりと指で涙を拭う。 「……泣いているその顔が、いつ見ても本当に可愛い」 低く抑えた声。けれどその奥には満ち足りた狂気と余韻が渦巻いていた。 「っ……やめろ……触んな……」 弱々しく抵抗する匠。だが力は入らず微かに身を捩るだけだった。遙はそんな匠の髪を優しく撫でると口元に薄い笑みを浮かべる。 「お前は俺のものだ。何度も言わせるな……」 「……お前、本当に……最低だ……っ」 匠の小さな声は怒りと羞恥、そして何処か諦めのような色が混ざる。遙はその言葉に更に満足げに微笑み、額にそっと口付ける。 「何を言っている。しっかり悦ばせてやった筈だが?」 「っ……くっ……!」 匠は苦虫を噛み潰したような顔をする。頭の奥で、ひたすら自分の思考を整理しようとするが上手くいかない。 (マジで最低だ……でも……何でこんな……) 夕方、夏の湿った風がそっと部屋に入り込み二人の熱を少しでも冷やそうとする。だが、部屋の中にはまだ遙の熱い呼吸と、匠の微かな嗚咽が微かに残っていた。 「……さぁ、そろそろ支度しろ。約束しただろう」 「……は?ふ、ふざけんな……行くワケねぇだろ……」 息を詰め震える声で拒絶する匠。顔はまだ赤く、脚も震えている。遙はそんな匠を楽しげに見下ろすと、口元に笑みを浮かべる。 「今からでも遅くない」 「お前……頭おかしいのか……こんな状態で行けるワケっ……」 遙は匠の抵抗を受け流し、再び髪を梳いてやろうとする。 「身体が辛いのか。……大丈夫だ、俺がついてる」 「無理だって言ってんだろ!!」 匠の強い拒絶の声が夕日に染まった部屋にこだまする。髪を梳く遙の手を払い除け、椅子に倒れるようにして座った。 「……そうか。なら仕方ないな」 青灰色の瞳を細め、口角を上げる遙。椅子にもたれる匠に近づくと、そのまま持ち上げてベッドに下ろした。 「な……何だよ、もうほっとけよ!出掛けたいなら一人で行けよ!」 「……どうやら、まだ反省していないようだから、身体で分からせてやろうと思ってな」 「……え……い、いや、ごめん……ちょっと待って……」 遙の歪んだ笑みを見て、匠は血の気が引いていくのを感じた。 「……気が変わった。もう出掛けるのはやめだ」 怯える匠をよそに遙は低く熱を帯びた声で囁くと耳裏に舌を這わせる。思わず身体が粟立つ。匠は息を詰め、琥珀色の目を大きく見開いたまま、もう一度だけ弱く抗おうとした。だが、遙の熱と視線に絡め取られ、声は空気に溶けるように掠れて消える。 (……これ以上は、もう……勘弁してくれ……) 静かな部屋に、遙の低い吐息と匠の微かな啜り泣きが混じり合う。そのまま、薄い夏の夕闇が二人を包み込んでいった。 深夜。匠は呆然と天井を見つめていた。身体にはまだ熱が残り、髪は乱れ、白い肌にはいくつもの赤い痕が刻まれている。すぐ隣に感じる遙の呼吸が静かに、しかし確実に自分を絡め取るかのように響いていた。 (俺、また、最後まで抵抗出来なかった……) 心の奥で、ずっと持ち続けてきた自分という輪郭が何度も遙に侵され、形を変えていくのを感じている。それなのに胸の奥が少しだけ甘く疼くのだ。 (……最低だ。遙も、俺も……) 指先が微かに震え、唇を噛んでもその熱と名残はもう拭えない。そんな自分を、ただ情けなく思う。でも諦めきれない何かが確かに残っていて、彼はまた小さく目を伏せた。 「起きたか。気分はどうだ?……あの時大人しく俺の言う事を聞いていればこんな事にはならなかったのに」 暗闇の中、不意に低く、嘲笑うような声が静寂を破る。匠は小さく舌打ちし、遙に背を向けるように寝返りを打つ。すると腕が伸びてきてそのまま抱き締められた。 「さ、触んな……あちぃんだよ……」 「……お前には反省、と云う概念が無いのか」 遙が呆れたように呟くと腕の力が更に強まる。汗で互いの肌が吸い付く感触に不快感を覚え、遙の腕を振り払い起き上がる匠。ベッドから降り、フラフラの足で浴室へと向かう。 「……何処へ行く」 「全身お前のヨダレまみれで気持ち悪いから風呂入る」 そう言い終えると遙の目が妖しく光った。嫌な予感がして慌てて浴室へと逃げる匠。 (もう、マジで勘弁してくれよ……死ぬって……) 脱衣所に着くと、遙に後ろから抱き締められる。 「……今日は何も出来なかったからな、一緒に風呂でも入るか」 「っ……!」 耳元で低く、求めるような声で囁く遙。もう逃げられないと悟った匠は諦めにも似た思いを胸に抱き、せめて風呂だけで済んで欲しいと強く願いながら震える手で浴室のドアを開けた。 (……どうして、こうなるんだよ……もう、ヤリたくねぇ……) 震える手を見下ろしながら、匠は小さく唇を噛み締めた。 (これ以上は……本当に死んじまうっ……)

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