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乖離(かいり)
大学の昼休み。あの後、遙に散々抱かれ気づいたら朝になっていた。全身の痛みと倦怠感に耐え、今朝頑張って大学へと来た匠。朝、家を出る前の余裕の表情を浮かべていた遙が脳裏をよぎる。
(確かに昨日は俺が悪かったよ……でも、あんな殺す勢いで……つうか俺達付き合ってねぇのに何なんだよあのバカは……)
心底うんざりしつつ、匠は複数の友達とサンドイッチを頬張りながら談笑していた。ここ最近は色んな事があり過ぎて、心身共に参ってしまっていた。友達との会話も何だか久しぶりに感じる。しばらく平和な雰囲気……のはずだった。隣の友達が急に溜め息を吐く。
「はぁ……マジ無理。俺の彼女さぁ、最近全然ヤラせてくんないんだよ……」
そう嘆いたのは、俗にいう陽キャな見た目の友達A。椅子の背に腕を回して落ち込んだ様子で話す。
「うっ!?」
匠の指がピクリと動き、サンドイッチの具のトマトが落ちる。飲み込んでいたものが食道で止まった気がして慌ててアイスコーヒーで流した。
「週に一回とか少な過ぎだろ……俺、死ぬわ……」
「っ……」
「浮気されてんじゃね?」
普通に顔が整った友達B、いわゆるフツメンが真顔でボソッと呟く。
「お、寝取られか!?」
すかさず、逞しい体格をした友達Cがニヤリと笑う。
「いや、週一あるだけ良いと思う……」
前髪で目が覆われた、自分に自信が無さそうな友達Dがパン屑を指で払いつつ呟く。何処か他人事のよう。匠のこめかみから冷たい汗が数滴流れる。心臓がドクン、と嫌な音を立て、徐々に暴れ出す。
(週に一回……!?そ、それで少ない……!?コイツらは猿かよ……)
Aは更に愚痴を続ける。
「せめて週三は欲しいよなぁ……マジで健全な男なら当然だろ……なぁ?」
そしてAが当然のような顔で匠に話を振る。
「えっ!?……あぁ、そ、そうだな」
(俺にそんな話振るなよ……)
「俺の自家発電は毎日だけどな!」
Cが胸を張ってドヤ顔。
「いや、お前の事情なんてどうでもいいんだけど……」
Dがそれを聞いて冷静にツッコミを入れる。匠の目は泳ぎ、喉がカラカラに乾く。
(いやいや!一回で十分!多くて二回だろ!!)
顔が真っ赤に染まり耳まで燃えるように熱くなる。無意識に手が震え、サンドイッチごと机に落としてしまった。
「お、どうした?何か顔めっちゃ赤いぞ?」
Aがニヤニヤしながら、からかうように聞いてくる。
「な、何でもねぇよ!!」
必死に誤魔化そうとするも頬の熱は引かず、頭の中では朝まで強制的に続いた、濃厚な遙との情事がフルHDで再生され始めた。
(な……何思い出してんだ俺は!もう最悪だ!遙のクソバカ野郎……!)
「お前もさぁ、今のうちにヤリまくっとけよ!彼女に拒否られる前にな!あーでも、拒否んのはむしろ匠の方か?」
Aが肘でつついてくる。
「あー、匠って淡白そうだしな」
Bが苦笑交じりに言う。
「……いや……うん……」
その場で一人、崩壊寸前の匠。周囲には悟られないよう孤独に理性の糸を保とうとするが、もう色々とギリギリだった。
「あー、可愛い子とヤリてぇなー」
Cのその何気無い一言を聞き、匠は決心したように震える声で切り出す。
「……な、なぁ……お前らさ……」
「ん?どした?」
Aがそれに反応して匠をチラッと見る。
「……実際、週何回すれば満足すんの……?」
一瞬の静寂。しかし次の瞬間、その場に居た全員の目が輝き、口々に語り出す。
「何だよ改まって。んーそうだな、出来るなら週七!んで、最低五回はヤリてー!」
Aは即答。
「週一とか耐えらんねーかな、流石に」
Bも頷きながら言う。
「俺、何なら毎日十回戦イケる自信あるわ!」
Cは拳を握って宣言する。
「盛り過ぎだしヤリ過ぎだろ……もし頑張ったとしても最後らへんになったら何も出ないと思うけど……」
Dが冷静なツッコミ。
「いやいや、そんぐれーヤリてーって事だろ!」
Aが笑いながら被せる。
「性欲は男のサガだ!むしろ正常じゃね?」
Cが笑って言う。
「……は、はは……そうだな……」
匠の顔から血の気が引き、震える手でサンドイッチを掴む。仕方なく口に運ぶが、食欲は失せていた。
(コイツら性欲猿だ。……いや、もしかして俺が異常なのか?てかそもそも俺、突っ込まれてる方だった……!!)
「そういうお前はどうなんだよ」
Bがふと尋ねる。
「……いや、俺は……普通に週一回で、いいかな……なんて」
顔が真っ赤に染まり喉が引き攣る。脳内ではしつこく遙との行為映像がフルカラーで再生される。
(週七!?十回戦!?遙なら余裕……いや、アイツならそれ以上に……ま、マジでバケモンだ……!!)
「おいおい匠、まさか体力が続かないとか?」
Aが意地悪そうに笑った。
「弱過ぎなんだけどマジで!誰コイツを彼氏って言った女の子は!誰だよコイツを彼氏って言った奴は出てこいよ!付き合ってやるよ俺が!弱ぇーなぁマジ彼氏彼氏とか言ってマジで!ヘタレてるだけじゃねぇか!」
Cが調子に乗って騒ぐ。
(そういう話じゃねぇからなコレ!)
「羨ましい……俺なんて、まだ童貞なのに……」
Dが悲しそうにポツリ。
「……う、うるせぇ……もういいっ!!」
立ち上がって叫び、顔を真っ赤にしたまま逃走する匠。友人達は笑いながらその背中を見送った。
「あいつ、最近付き合いたてで毎日彼女と絶対ラブラブじゃん!」
Aが腕を組みながら言う。
「いいなぁ。俺も、そろそろ早く彼女欲しい」
Bが溜め息をつく。
「いや、本当は俺も彼女居るよ?ただ、画面から出てこないんだよな……」
Dが小さな声でオチをつけた。匠は逃げるように走りながら、頭を抱える。
(くそっ!アイツらヤる事しか頭にねぇのかよ!そもそも、相手が女の子って前提だし、俺もうアイツらと下ネタの話出来ねぇ!)
友人達とのズレにより、苦悩する事になった匠。自分は男で、更に同じ男に抱かれているなんて口が裂けても言えなかった。それでも悩んでしまうのは、その遙を好きになりかけている自分が居るから。
「ちくしょう!遙の大バカ野郎!全部……お前のせいで俺は……!!」
手に爪が食い込むほどの力で拳を握る。琥珀色の瞳が揺れて、溢れそうになる涙をグッと堪えた。
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