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懇願(こんがん)

※性描写を含みます。苦手な方はご注意下さい。 帰りの車内にて。先ほどまで見えていた緑が、高層ビルに変わっていく。帰って来たんだな……と少し寂しそうな顔をする匠。車窓の外は西に沈む太陽で空は茜さす。道路は渋滞していて少し進んでは止まり、それを繰り返していた。 「何でこんなに混んでんだよ……」 助手席の匠は窓の外を眺めながら小声で不満を漏らす。 「……まぁ、日曜の夕方だ。仕方ない」 遙はステアリングを握りながら、ちらりと匠の横顔を見やる。 「皆、暇なんだな……」 匠はまた頬を赤くして、シートベルトを握り締める。さっき湖であれだけ顔を真っ赤にして未だに鼓動が落ち着かないのか、胸の辺りを抑えて小さく震えている。遙は口角を僅かに上げると、低い声で囁く。 「……そんなに落ち着かないなら、俺が気を紛らわせてやろうか」 「……は!?な、何言ってんだお前……!」 匠は必死に滑らかな上質の革のシートに沈み込み、顔を横に背ける。 「ふふ……俺は、お前がここで感じている姿を見てみたいんだがな」 遙の声は更に低く、艶を帯びていく。 「ばっ、バカ!!周りに人が居んだろうが……!」 匠の言葉は切れ切れになり、肩が小さく上下する。前の車が前進し、少しだけ前に続くとまた止まった。小さな溜め息をついて、遙は横目で匠を見る。 「では……周りに人が居なければ車内でも良いって事か?」 「ちがっ……違う!絶対嫌だ!!」 匠は手を振り上げようとするが、シートベルトで自由が利かず、バタバタもがくだけ。 「はは、可愛いな……」 遙の手はシフトレバーを通り過ぎ、ゆっくりと匠の太ももを撫でる。匠は赤いテールランプが反射する車内で、どうしていいか分からず困惑。とりあえずその手を払い除けた。周りには車がびっしりと並んでいる。けれど、その中で二人の世界だけが熱に溶けるように沈む気配がした。 「バーカ……そんな事言って、お前運転中じゃ大して何にも出来ねぇだろ……」 その一言を聞いて遙の青灰の瞳が妖しく光る。 「……言ったな」 遙は低い声で呟くと、後部座席から先程のブランケットを取り出し、匠の膝にふわりと掛ける。 「な、何だよ……何する気だ……」 声を震わせる匠に、遙は意地悪に笑って小首を傾げてみせた。 「何って、今からお前を手で悦ばせてやろうと思ってな。運転中だからといって、俺が何も出来ないとでも?」 遙の左手がブランケットの下に忍び込むと、指先が匠の内腿を布越しになぞる。 「あ……っ、やめ……冗談だろっ……」 匠の声は喉の奥で詰まり、視線は車窓の外に泳ぐ。ブランケットの下で、いつの間にか露わにされた秘部。遙の指はいやらしく、しかし正確に匠の敏感な所を責め立てる。 「……ここ、もうこんなに熱くして……本当は期待していたんだろう?」 「んなワケ……ねぇだろっ……やぁっ」 遙の囁きが耳に落ちるたび匠の身体は震え、シートベルトを思い切り握り締める。 「ふふ……その割には随分と濡れているな。ここも、こんなに勃起している……」 そう言いながら遙は、匠の既に主張した部位に触れる。匠は背筋を震わせ、口に手を当て必死に声を抑えた。 「や……やめろ……あっ……んっ……」 ブランケットの下。遙の指が繰り返し緩急をつけて執拗に責め続ける。匠は唇を噛み、堪えきれない息を荒く吐きながら何度も小さく首を振る。 「気持ち良いか……素直に言えばイかせてやる……」 遙の手は、もう止まらない。遙の低く落ち着いた声も匠には遠く響いて聞こえる。熱と羞恥と快楽の渦の中で匠の世界は遙の指先だけに支配された。 「……どうした、そんなに震えて。冷房が強過ぎたか?」 遙は、まるでとぼけたように。けれども瞳の奥では滾る欲望の炎を揺らしながら、一旦手を止め匠の顔を覗き込む。匠は震える指先でブランケットを握り締め、肩を小刻みに震わせる。 「くそ……バカ、もうやめろ……っ」 か細く絞り出した声は既に掠れ、琥珀の目には涙が滲んでいる。遙は、ゆっくりと笑みを浮かべる。 「こんな、いやらしい顔をして……周りにバレたらどうするんだ全く……」 言葉と同時に、ブランケットの下で再び手を動かす遙。 「……止めるとでも思ったか?」 遙の声が低く、震えるような響きを持って匠の耳に注がれる。 「や、やめっ……いまは……だめっ!」 必死に逃れようと身を捩る匠だが、狭い車内でシートベルトに縛られた身体。ドアはロックされていて、ここは公道。逃げ場など無い。 「ほら、悦いんだろう……言ってみろ」 遙の指が這い寄り、熱が宿る匠の敏感な秘部を優しく、だが的確に責める。車内に響く水音。匠の羞恥が更に煽られる。 「やぁっ……だ、だめっ……あ、やだぁ……っ」 声を抑えきれず思わず小さな悲鳴を漏らす匠に、遙の口元は深く吊り上がる。 「あんまり大きな声を出すと周りに聞こえるかもしれないな……」 「ふっ……うぅっ……あ……んんっ」 遙の指は更に深く、指の付け根まで侵入させると左手で器用に抜き差しする。匠は口を覆い、唇を噛んで必死に耐える。だが、その身体はもう限界を超えて、ひたすらに震え続けていた。 「どうした……もうイキそうだな……さぁ言え……」 「あっ……!もうだめ……やだ……い、イク……っ!!」 ぶるぶると震え、匠が絶頂に達しそうになった、その時。遙は何事も無かったかのようにハンドルに手を戻し、運転を再開した。匠は両脚をギュッと閉じると荒い呼吸を繰り返している。 「はっ……はぁっ……な、なんで……いま……」 声は震え、視線は定まらず目元には涙の筋が残る。 「……ふふ」 遙の横顔はいつも通り冷静で、僅かに上機嫌さえ漂う。濡れ滴る左手の指を、わざと音を立て見せつけるように舐める遙を見て、匠は思い切り顔を逸らした。 「前が進みだした。運転に集中しないとな」 「っ……クソ……」 匠の声は掠れ、身体はまだ震えている。シートベルトの上からも伝わるほどに、腰は止められずに僅かに揺れていた。 「……さぁ、家に帰るぞ」 そう囁く遙の低い声が車内に溶ける。 「……生殺しかよ……ちくしょう……」 必死に抑えつつ不満を漏らす匠の小さな声も、遙の耳には、ただの甘い誘いにしか聞こえない。 「お前は何故そんなに可愛いんだ……可愛過ぎるのもいい加減にしてくれ」 遙の指先が一瞬だけ匠の太ももを撫でると、匠は再びビクンと身体を跳ねさせる。 (いい加減にすんのはお前だよ!!バカ!!アホ!!) 胸の内の声は、遙には届けられない。匠はひたすらに心の中で遙に罵詈雑言を浴びせた。 匠は玄関で靴も脱ぎかけのまま、キッチンに向かう遙を大きな琥珀の瞳でじっと見つめている。 「……な、なぁ……遙……?」 声はか細く、喉の奥がひくついて言葉が震える。遙は、その視線を無視し、ゆったりとした動作でコーヒー豆を計量し、機械にセットする。 「ふふ……やっぱり家のは香りが違うな」 まるで何も無かったかのように、穏やかな声で独り言を漏らす。 「……いや、あのさ……」 匠の手は無意識に着ている服を握り、脚先はソワソワと落ち着かない。 「一体どうした、何か言いたい事でもあるのか?」 ようやく顔だけを振り返った遙の青灰色の瞳は、何処か楽しげに細められている。 「……い、いや……別にっ……」 (コイツ……分かってるくせに……!!) 匠は唇を噛み、顔を赤くして視線を逸らす。しかし、チラチラと何度も遙の背を盗み見る。コーヒーをカップに注ぎ終えた遙は優雅に一口飲む。 「……たまにはホットも良いな。で、何の用だ?」 低く甘い声が、カップ越しに響く。 「っ……!」 匠の全身が震え、息が止まりかける。遙はコーヒーをテーブルに置き、ソファに座ると匠を見つめた。 「話してくれないと分からない……どうした?」 「……お前、本当に最低だよ……」 その場で立ち尽くし、耐えきれずに吐息と不満が漏れる匠。その瞳は既に期待と羞恥で潤んでいる。コーヒーの香りの中で、甘く残酷な夜の始まりが静かに待っている。 「仕方ないな……。さっきの続きをして欲しいんだろう?」 遙はコーヒーをまた一口飲み、ゆっくりとカップをテーブルに置くと上品な音がした。冷たい笑みを浮かべながら立ち上がり、匠に歩み寄る。 「……どうしても欲しいなら……」 その言葉と同時に、匠の顎を指先で持ち上げる。 「懇願してみろ……」 低い声が、耳奥を震わせるように囁かれる。 「なっ……」 匠は戸惑い、喉が詰まって言葉が出ない。唇は何度も開きかけては閉じ、目を彷徨わせる。 「出来ないのか?それとも……本当は望んでいないのか」 遙は、わざとらしく顔を近づけて匠の唇を掠めるように迫る。 「やっ……違う……っ」 匠の手は震え、今にも崩れ落ちそうなほど力が抜けていく。 「……だったら、どうするんだ?」 遙は首を傾げ、切れ長の青灰色の瞳を細める。その瞳には欲望と支配欲の光がぎらりと光る。 「うっ……お、お願い……さっきの、続き……してくれよ……」 絞り出すように小さな声。もう涙で顔は、ぐしゃぐしゃに、真っ赤な顔で告げた匠。遙の口角が、ゆっくりと上がって満足げな表情へと変わる。 「……良い子だな、匠は」 その瞬間。匠の全身が遙に絡め取られ、甘い奈落へと引きずり込まれていくのだった。

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