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第5話 暴かれた傷
『作者』と名乗る男の言葉に、陽はただ目を丸くする。しかし、蓮の思考は瞬時に臨界点を超えていた。尋問の言葉を発しようとした唇を、男が先に動いて制する。
「やっぱりわしの目に狂いはなかったわ。君らのことは前からずっと見とったんや」
その射貫くような視線は、蓮を通り越し、真っ直ぐに陽だけに向けられた。
「特に白石陽くん。今日の君は実に素晴らしかった」
男は、心の奥底まで見透かすような目で、楽しそうに続ける。
「あの少女の亡霊とのやり取り、興味深かったで。ただの演技やない。君自身の魂から絞り出したような、本物の『共感』やった。……君は、現実でも、何かを必死に隠して、誰かを守ろうとしとるんやろうね」
急に核心を突かれ、陽の肩がびくりと跳ねる。男の言葉は、単なる賞賛とは違う、ねっとりとした響きを帯びていた。
「家に、帰りたくないんやろ? 安心できるはずの自分の家で、君の心は常に張り詰めてた。寮に入るまで、そんな毎日やったんよな。……違うか?」
陽の顔から、急速に色が失われていく。その瞳が見開かれ、恐怖に揺れる。誰にも、愛する母にすら明かしたことのない、自分だけの秘密。完璧な演技で塗り固めてきた、日常という名の舞台装置が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
「なんで……それを……」
か細く、震える声。それは、もはや演技ではなかった。剥き出しの、白石陽の悲鳴だった。
その瞬間、蓮が動いた。
一歩前に出て、立ちすくむ陽を背中に庇うように、その前に立ちはだかる。いつもうるさいルームメイトが、目の前で見たこともないほど怯え、崩れかけている。その事実が、蓮を突き動かしていた。
「てめえ、何者だ」
蓮の尋問が、氷のように鋭く男に突き刺さる。
「俺たちの個人情報をどこまで調べた。目的は何だ」
「目的、か。野暮なことを聞くもんやないな」
男は肩をすくめ、心底不思議そうに首を傾げた。そして、心底楽しそうに、自らの作品を語り始めた。
「見たやろ、あの世界を。わしが作り上げた芸術作品――『プロジェクト・キマイラ』や。……せやけどな、まだ傑作と呼ぶには、ピースが足りんのよ」
男は、まるで完成間近の彫刻を眺めるかのように、恍惚とした目で二人を見つめる。
「魂ちゅうんは、磨けば光る。せやけど、ただ順当に磨いただけやったら、ありきたりな宝石にしかならん。わしが見たいのは、そんなもんやない。……予期せぬ圧力、想定外の亀裂。その果てに、誰も見たことのない、いびつで、美しい輝きが生まれる瞬間。それこそが、わしのキマイラを完成させる、最後のピースなんや」
男は蓮の敵意を柳に受け流し、怯える陽に向かって悪魔のように優しく語りかける。
「動揺する必要はないで、陽くん。君のその、誰かを守るための歪みこそが、最高の輝きを生む原石なんやからな」
言うだけ言うと、男は満足したように踵を返した。
「また、会おうな」
その背中に、蓮は言葉を投げかけることすらできなかった。あまりにも情報が少なく、そして男の存在が規格外すぎた。
ロビーに残されたのは、呆然と立ち尽くす陽と、静かに拳を握りしめる蓮だった。
蓮は見てしまった。いつも軽薄で、気に食わないと思っていた男の、仮面の下にある剥き出しの脆さを。
心のどこかで、陽の新しい顔が見たいと望んでいたはずだった。だが、目の前に突きつけられた、あまりにも痛々しい『本物』を前にして、為すすべもなく立ち尽くす自分への、どうしようもない苛立ちを覚えるだけだった。
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