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第17話 告白
『白石くん。君にとって、黒崎蓮くんとは、一体、何なのですか?』
その問いは、これまで陽が受けてきたどの質問よりも、深く、鋭く、彼の魂の核を貫いた。
ダメだ。
ダメだ、ダメだ、ダメだ、ダメだ!
それだけは、絶対に、答えたくない。
陽は、ぐちゃぐちゃの思考の中で、必死に言い訳を探した。
(目の前で、人の命が取引の道具にされたんだ。相手が誰だって、助けようとするのは、当然じゃないか。人として、当たり前のことだ。それがたまたま、あいつだっただけだ……!)
ただの、気に食わない、傲岸不遜なルームメイト。それだけだ。そう、心の中で必死に、空虚な正解を唱え続ける。
しかし、その必死の自己弁護は、心を暴く冷酷な機械の前では無力だった。
ーーでもお前は、彼を確かに「特別」だと思っているじゃないか。
陽は、ありったけの力で奥歯を食いしばり、そして、下唇を強く、強く噛んだ。
肉が切れ、じわりと血の味が口の中に広がる。その鉄錆びた味と、鋭い痛みが、かろうじて陽の意識を繋ぎとめていた。
この痛みが、機械の支配を上回ってくれ。思考を止めろ。心を閉ざせ。抵抗しろ。抵抗しろ!
モニターに映る脳波の模様が、見たこともないほど激しく点滅し、システムが警告音を発し始めた。
「被験体の抵抗レベルが、危険領域に。脳への負荷が許容量を超えます!」
研究員の一人が、焦ったように叫ぶ。
しかし、椎名はそれを穏やかに制した。
「おやおや、すごい抵抗だ。素晴らしい。これほどの葛藤は、滅多に見られるものじゃない。君の心は本当に美しいね」
その目は、もはや科学者のものではなかった。人の心が壊れる様を、芸術品のように鑑賞する、倒錯した愛好家の目だった。
「構いません、続けなさい。この瞬間のデータこそが、我々の求めていたものだ」
陽の抵抗も、もはや限界だった。
唇から滴る血も、それを紛わすための痛みも、脳を直接揺さぶる不快なパルスには敵わない。
固く閉ざしていた心の扉が、バキン、と嫌な音を立てて破壊された。
溢れ出してくる。
冷たい論理。
不器用な正義。
皮肉な笑みを浮かべる唇。
まっすぐにこちらを射抜く瞳。
その全てが愛おしいと、思ってしまっている自分。
ああ、もう、だめだ。
残酷にも、陽の口が、勝手に、言葉を紡ぎ出す。
血の滲む唇から漏れ出たのは、これまで聞いたこともないほど、か細く、そして、諦めに満ちた声だった。
「……す、きな……ひと」
好きな人。
たったそれだけ。その凡百めいたひとつの言葉が、静まり返った実験室に、虚しく響いた。
瞬間、陽の世界から、完全に色が消えた。
言ってしまった。
認めてしまった。
この、汚れて、壊れてしまった心で、あいつのことを、想ってしまっているのだと。
それは、蓮に対する、最大の侮辱のように感じられた。
陽は、糸が切れた人形のように、ぐったりと首をうなだれる。
涙は出なかった。
ただ、空っぽの虚無が、胸の中に広がっていくだけだった。
椎名は、その光景を、恍惚とした表情で見つめていた。
「……素晴らしい」
手元の端末に表示された、純粋な『愛情』を示す、美しい脳波の波形。
「これだ。私が、ずっと見たかったものは」
一人の少年が、心を、尊厳を、完全に踏み躙られた、その瞬間。
それは、椎名にとって、最も価値のある、実験の成功を意味していた。
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