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02 ルーティン① いっしょにおふろ〜アヒルさんを添えて〜
ちゃぽん。
湯面で跳ねたアヒルのおもちゃの音が、バスルームにやさしく響いた。
目の前では、レンが湯船の中でぷかぷか浮かぶアヒルを指先でつついている。
押せば押すほど、黄色いおもちゃはぴゅっと鳴いて、レンの表情がほんの少しやわらぐ。
その姿に、椋の胸がきゅっと高鳴った。
(ほんと、かわいいなぁ。)
僕らの“ルーティン”は、いつもこのお風呂から始まる。
帰ってきたばかりのレンは、心身ともに限界ぎりぎり。
まずはお風呂で、全部ほどいてあげる。
服を脱がせて洗い場に座らせれば、レンはされるがまま目を閉じた。
椋の指が黒髪を梳いて、たっぷりの泡でやさしく洗う。
首筋から背中、腕、脚先まで――とにかく丁寧に、ゆっくりと。
シャワーの音にまぎれて、疲れも、ストレスも、全部流れていけばいい。
そんな願いを込めながら、最後はシャワーで丁寧に洗い流す。
最初は無表情だったレンの顔に、じわじわと血色が戻ってきて。
湯に浸かる頃には、肩の力がほんの少し抜けていた。
「レン。アヒルさん、楽しい?」
そう声をかけると、レンは返事のかわりに小さく頷いた。
言葉はない。だけどそれだけで十分だった。
「よかった。……ねぇ、そろそろ上がろっか?」
そう促すと、レンはこちらをじっと見つめる。
何も言わないけれど、目はしっかり「まだ遊びたい」と主張していた。
「そっか……でもなぁ。今日はレンのために、お子様ランチ作ったのになぁ」
その一言に、レンの反応がぱっと変わる。
目を輝かせて立ち上がり、湯をぱしゃっと跳ね上げて、椋の手をぐいっと引いた。
「ふふ、ほんとにわかりやすいんだから」
湯船を出たレンの手をそっと握り返しながら、椋は笑った。
「はいはい。まずは髪を乾かしてからだよ?」
脱衣所に出ると、椋はバスタオルを手に取り、レンの身体に残る水気をやさしく拭き取っていく。
肩、腕、背中、胸、脚へとタオルを滑らせるたびに、レンは目を細めて気持ちよさそうにしていた。
しなやかに引き締まった体つきは、日頃の努力のたまもの。
思わずドキッとするけれど、椋はなるべく顔に出さないように気をつけた。
「はい、バンザイして」
椋の声に、レンは素直に腕を上げる。
ふわふわのミルクティーカラーのパジャマをそっと着せていく。
クマの耳がついたフードがかわいくて、椋が一目惚れして買ったものだ。
最初はちょっと恥ずかしがってたけど、今ではレンのお気に入り。
「うん、似合ってる。今日もかわいいね」
何も言わなかったけど、レンはふわっと視線をそらして、照れているみたいだった。
レンとお揃いの、やわらかなミルク色のルームウェアに袖を通す。
素材も色味も同じだけれど――椋のは前開きのボタン仕様で、少しだけクラシカルなデザイン。
濡れた髪をタオルでざっくりと包みながら、鏡の前で手早く整える。
支度が整ったところで、もう一度、レンのもとへ。
レンの頭をタオルでそっと包み込み、ぽんぽんと水気を吸い取りながら、指先でていねいに髪を拭きあげる。
拭き終わると、ヘアオイルを手のひらに垂らし、温めてからやさしく髪全体へ馴染ませていく。
「少し熱くなるよ。……いくね」
椋がドライヤーのスイッチを入れて、レンの後ろに立つ。
ふわりと温風が流れると、レンはすっと目を閉じた。
椋の指先が髪を梳かすたびに、湯上がりのやさしい香りがふわっと広がる。
「もうすぐ、サラサラになるよ」
髪がすっかり乾くころには、レンの表情はとろんとゆるみ、すっかりリラックスしていた。
「はい、おしまい。いい子にできたね」
椋がそう言って髪を整えると、レンはそっと椋の袖をつまんだ。
「はいはい。わかってるって」
椋は微笑んで、その手をそっと取る。
レンは素直に握り返してきて、ふたりはそのまま並んでキッチンへと向かった。
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