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05 ふたりの過去① ふたりだけのおまじない

椋がレンと出会ったのは、小学五年の秋だった。 秋の切ない風とともに転校生としてやってきたレン。まだ幼さが残る顔立ちなのに、どこか大人びていて。椋がそれまで出会ったことのない、不思議な空気をまとった子だった。 「僕、小鳥遊椋!よろしくね。」 「……よろしく」 どうにかして仲良くなりたくて、椋は持ち前の人懐っこさでレンの懐に飛び込んでいった。 最初は戸惑っていたレンも、いつしか心を許し、ふたりはいちばんの友達になっていった。 放課後はいつも一緒。宿題して、ゲームして、お菓子食べて漫画読んで。勉強が得意なレンが、算数を教えてくれるのも日常の風景だった。 「えっ、レンは夕飯ひとりで食べてるの?」 「うん……毎日じゃないけど。お母さん、夜遅くまで仕事頑張ってるんだ」 何気ない会話でレンが夕飯は1人で食べていることを知った。 女手一つで育ててくれる母のことを誇らしいと話すレンだったが、その声の奥に、ほんの少しの寂しさが混じっているのを椋は感じ取っていた。 その日を境に、椋は時々「うちでごはん食べていきなよ」と、夕飯に誘うようになった。 最初は遠慮していたレンも、少しずつその誘いに甘えるようになり、椋の家の温かさは、レンのなかにじんわりと沁み込んでいった。 **** レンは勉強も運動もそつなくこなして、周囲から頼られる存在だった。 でも、本当は。 プレッシャーに、ひどく弱い子だった。うまくできなかったら、誰にも必要とされなくなるんじゃないか。そんな恐れを、心の奥にいつも抱えていた。 「……失敗したら、どうしよう……」 劇の本番前日、教室でひとり机に突っ伏していたレンがぽつりとこぼした言葉。 レンは劇で主役を任されている。いつも冷静な彼の弱音を聞いたのは初めてだった。 気づけば椋は、レンをぎゅっと抱きしめていた。 「……お母さんがね、小さい頃、こうしてくれてたんだ。おまじない、みたいなもの」 おまじないなんて、嘘。でも、今にも泣きそうなレンを放っておけなかった。 「大丈夫。レンの頑張り、僕がちゃんと見てるから」 「……そっか。椋、ありがとう」 レンは小さく呟いて、そっと椋の背に腕を回した。 その日から、ハグはふたりだけの秘密のおまじないになった。 「椋、ぎゅってして……少しだけ」 「うん、いいよ」 レンからハグを求められることが増えた頃、椋は自分の気持ちに気づいた。 これは、ただの友情じゃない。 (……ああ、僕、レンのことが好きなんだ) 想いを自覚した瞬間、ほんの少しだけ罪悪感を覚えた。 けれど―― (想いを伝えなくてもいい。レンにとって“特別”でいられれば、それで十分) そう、自分に言い聞かせた。

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