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10 翌日① 朝食
カーテン越しに差し込む光が、まぶたをゆっくりと照らす。
椋は、ふわりとまどろみの中から目を覚ました。
――ずいぶん昔の夢を、見ていた気がする。
「……あれ、レン……?」
隣にあるはずのぬくもりが、もうそこになかった。
上半身を起こした椋の耳に、キッチンのほうから控えめな物音が届いてくる。
トントンと、まな板に落ちる包丁の音。
コーヒーメーカーから立ちのぼる蒸気。
ふわりと漂う、焼き立てのパンの香り。
(……もう、起きてるんだ)
毎日一緒にいるのに。
今日もまた、レンに会いたくて――椋はそっと布団を抜け出した。
あの日、リビングで交わした想いが、二人を恋人へと変えた。
それからは、少しずつ話し合いながら“レンの望むルーティン”をふたりで作っていった。
アヒルのお風呂。お子様ランチ。寝室のレイアウトに、読み聞かせや子守唄まで。
最初の頃は毎晩のようにこのルーティンが必要だったが、今では月に一度くらいに落ち着いた。
レンが限界を迎えた日にだけ、レンは“子ども”に戻る。
椋は、その度に優しく受け止めた。
……社長の目の前で告白とか、今思えばとんでもなく大胆だったな、なんて。
思い出すたび顔が熱くなる。
でも今では、社長も石岡さんも、「レンの安定につながるなら」とあたたかく見守ってくれている。
椋はその後、保育士の仕事を辞めた。
やりがいのある、大切な仕事だった。
ほんの少しだけ、寂しさもあった。
これからは、レンのそばで支えられる。
その満ち足りた気持ちの方が、ずっと大きかった。
今は、レンの所属する事務所にある託児スペースで、子どもたちと過ごしている。
日中は“託児スタッフ”として。
プライベートでは、“恋人”として。
そして――“ママ”として。
大好きな人の隣で、寄り添いながら生きている。
寝室の扉をそっと開けて覗くと、そこにはエプロン姿のレンがいた。
黒いTシャツにスウェットというラフな格好なのに、すらりとした体格と所作が絵になる。
さすがは元モデル、と椋は小さく感心する。
手際よく目玉焼きをフライパンからすくい、コーヒーを注ぐその背中は、すっかり“いつもの朝比奈レン”だった。
「……おはよう」
そう声をかけると、レンが振り向き、やわらかく笑った。
「おはよう、椋。……起こしちゃった?」
そう言いながら近づいてきて、優しく椋を抱きしめる。
「ううん。すごい、美味しそうな匂い……」
「椋みたいには作れないけどね」
「そんなことないよ。手際の良さはレンのほうが上。……何か手伝おうか?」
「大丈夫。もう少しでできるから、座ってて」
言われるままにカウンターの椅子に腰を下ろし、
椋は、料理をするレンの横顔を見つめる。
この時間が――けっこう、好きだ。
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