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7.再会は、想定外のタイミングで

その瞬間、互いの時間が一瞬止まった。 「遥……」 「……拓実?」 お互いの名前を呼び合って、しばしの沈黙。 まさか、こんなところで再会するなんて。 「マジか。遥、ばあちゃん助けてくれたの、お前だったの……!?」 思わず声を張り上げると、遥はびっくりした顔で目を見開いた。 「えっ……てことは、拓実のお祖母さん?」 「そうよ。あら、あなたたち……知り合い?」 いつの間にか現れて、何事もなかったようにスカーフを整えてるその姿は、やっぱりどこか“ただの祖母”ではない。 「知り合いっていうか……まあ、偶然というか」 数日前、たまたま駅前で出会っただけ。 ほんの短いやりとりだったのに、まさかこんな再会の仕方をするとは。 ……それにしても、あのあと遥と例の“彼氏”はどうなったんだろう。 ふと視線を落とすと、彼の足元に無造作に置かれたスーツケースが目に入った。 「その荷物、もしかして……」 「想像に任せるけど」 軽く返すその声が、妙に乾いてるように感じたのは気のせいか。 冗談っぽく言ってるのに、何か、抱えてるものがあるような目。 ――やっぱ、何かあったんだろうな。 聞きたいことは山ほどある。 でも今は、ちゃんと顔を見て、落ち着いて話がしたかった。 「……まあ、ひとまず。お礼も兼ねて、ゆっくり話せるとこ行こう」 そう言ってスーツケースを持とうとしたら、遥がすっと手を出して制した。 「いいって、自分で持つから」 「わかった」 エレベーターのボタンを押し、三人で乗り込む。 扉が閉まり、動き出したタイミングで、遥がぽつりとつぶやいた。 「……なぁ、どこ行くんだよ」 「うちの会社の応接室」 「え!? いや、そんな場所に俺なんかが入っていいわけ?」 その一言に、思わず吹き出しそうになった。 ……ああ、なるほど。 こいつ、俺とばあちゃんの素性をまだ知らないんだった。 「社長どころか会長がOK出してんだから、大丈夫だよ」 「……社長? 会長? え、なんで?」 遥の目が疑問符を浮かべてるのを見て、思わず苦笑いが漏れた。 「とりあえず入って」 応接室に案内し、ソファーに腰かけるよう手で促す。遥は戸惑いつつも、おとなしく座った。 スーツケースを足元に置いて、その上に手を添えているのが、妙に健気だった。 「あなた、遥くんって言ったかしら。本当に今日はありがとうね」 「いや……あの、別に俺……」 その言葉をさえぎるように、俺は封筒を差し出した。中には五万円。 「はい、これ。ばあちゃんが世話になったお礼。迷惑かけて悪かったな。ありがとな」 遥は一瞬黙り込み、手の中の封筒をまじまじと見つめた。 「……いや、待って。なあ、なんでこんなに金入ってんの? 俺、タクシー代の五千円しか払ってねぇのに。これは、受け取れないって」 真っ直ぐな目でそう言われて、胸の奥がふっと温かくなった。 「御礼だから。気にしなくていいよ」 ばあちゃんも横でにこやかにうなずく。 「そうよ。貴方が助けてくれなかったら、今頃どうなってたか……。本当にありがとうね」 「……いや、でも、俺……」 何度も拒もうとする遥を見て、逆に居心地悪くなってくる。 欲のなさが眩しいくらいで、むしろこっちが試されてるみたいだ。 「……真面目か。ほんと、いい奴だな。そんなんだから、余計に気になっちまうじゃん」 ぽつりと口にした言葉は、自分でも意図せず漏れたものだった。遥が困ったように笑う。 「え、気に……? 俺、そんな立派なことしてねえし……」 「だから、そういうとこ。見返り求めないで動けるって、そう簡単にできるもんじゃないだろ」 「なんか照れるな、それ……」 遥が少しだけ視線を逸らして、口元に手を当てた。耳の先が、わずかに赤くなっているのが見えて、俺は思わず口角を緩めた。 こいつ、変に媚びたりもしない。遠慮しながらも言うことはちゃんと言うし、誰に対しても自然体だ。 ――俺の周りには、こういう人間、意外といなかったかもしれない。 「はい、どうぞ」 コト、とコーヒーカップを差し出したのは、ばあちゃん。 「へえ……ばあちゃんが自らコーヒーいれるなんて珍しいな」 俺が言うと、ばあちゃんはツンとした顔で手を振った。 「私だってそれくらいするわよ。たまにはね」 「ふうん」 「……ほんとに、ありがとうございます」 遥が丁寧にお礼を言って、そっとコーヒーに口をつけた。 「そうだわ、私そろそろ会合に行かなきゃいけないの。拓実、後は頼んだわよ」 「あぁ。ばあちゃん、ありがとうな」 そう言って、ばあちゃん――いや、会長は立ち上がり、静かにドアを閉めてくれた。 きっと気を利かせてくれたんだろう。 応接室に残されたのは、俺と遥のふたりだけ。 急に静かになった空間に、カチリと時計の秒針の音が響く。 遥は手元のカップを見つめたまま、なにか言いたげに口を閉じた。 さっきまでより、ほんの少し距離が近くなったような、でもまだ探ってるような空気。 そろそろ言わなきゃな、と思いながら、軽く足を組み直して声をかけた。 「そういえば、遥の苗字はちゃんと聞いてなかったよな。なんていうの?」 「……え? 一ノ瀬、だけど」 ちょっと緊張したように言う遥に、俺は口角をゆるめる。 「一ノ瀬 遥。やっぱ綺麗な名前だな。響きがいい」 「……マジ?ありがと」 照れて視線をそらすその仕草が、また可愛い。 「俺も、ちゃんと伝えとこうと思ってさ」 「うん?」 「神谷 拓実。俺、ここの代表取締役社長やってる」 遥の手がぴたりと止まる。 少し間を置いて、ゆっくりこちらを見た。 「……えっ、代表取締役……社長って、拓実が“社長”? こんなでっかい会社の……」 「うん、そう言ってんじゃん」 「……え、ええっ? じゃあ……お祖母さんって……」 「ばあちゃんは、うちの会社の会長」 「……」 言葉をなくして固まってる遥の顔が、じわじわと赤くなっていく。 「……まじか……うわ、やっば……俺、さっきまでめちゃくちゃタメ口で……」 焦ったように顔を覆う遥の姿に、くすっと笑いがこみ上げる。 「いいって。敬語で話されるより、そのままのほうが楽。なんなら、これからもタメ口で頼むわ」 「……はあ。いや、なんか、色々追いつかない……」 その姿が、どこまでも飾らなくて――妙に、愛嬌がある。 それがまた、俺の心を引っ張ってくる。 「まあ……そのうち慣れるよ。な?」 声をかけると、遥がちらっと俺のほうを見た。 さっきまでより、ほんの少しだけ柔らかい目をしてて――なんか、それが妙に嬉しかった。

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