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11.好きになってもいい?
拓実の肩にもたれて、数分。
変な緊張とかじゃなくて、なんていうか、ドキドキしてる。
「……遥、だいぶ落ち着いた?」
ふと、拓実の声が耳元に落ちてきて、こくんと頷く。
拓実が隣に座ったことで、静かすぎるこの部屋も、今は安心できる場所に変わってた。
「……うん。おかげさまで。……なあ」
「ん?」
「なんで俺なんか、気に入ったんだよ」
「んー……ほっとけないっていうか、守りたいっていうか。あと、なんか全部……かわいいと思うけど」
「っ……は? 何言ってんの」
「俺、結構正直だよ」
恥ずかしくなって、思わず顔を背ける。
そのとき――
「こっち向いて」
「や、ちょっと待って。なんか、変な顔してるかもしんねぇから……」
「平気。ちゃんと見たいだけ」
そう言って、拓実が俺の顎を軽く持ち上げた。
「……!」
ほんの少し、顔が近い。
手はあたたかくて、でも軽くて――逃げられるのに、動けなかった。
「ちょっ……おまっ……」
ゆっくり、でも容赦なく近づいてくる顔。
「……う、そ。マジですんの?」
「え? してほしいの?」
「……バカ」
そう呟けば、ふっと笑いながらそっと手が離れて、代わりに肩に触れられた。驚くほど自然な動きだった。
「遥はもう少しだけ、俺に甘えてくれてもいいと思う」
少しずつ――心の中の固まりが溶けていくのを感じた。
「拓実って、ほんとそういうとこ、ずるいな……」
「よく言われる」
「それ、自覚あんのがまたムカつくんだけど」
「嫌じゃないだろ?」
そう言って、ふっと笑う顔が近くて、胸の奥がぎゅっとした。
言葉にならないまま、俺は小さくうなずいた。
「てかさ、お前、警戒心なさすぎじゃね?」
「……は? 急になんだよ」
「二人きりでホテルの部屋入って、しかも“泊まれ”って言われて断らないどころか、相手を引き留めるって……」
拓実がベッドの端に腰かけて、楽しそうに笑ってる。
「……だって、拓実だし」
「それ、信用してるってこと?」
「……じゃなきゃ、なんだよ」
「いや、嬉しいけど。ただ俺、けっこう理性と闘ってるよ、今」
「はあ? 理性?」
「だって、見てみ。お前、無防備すぎ」
拓実が手を伸ばして、俺のシャツの裾をつまむ。
「なに……」
「ほら、油断してるからこうなる」
ぺろっとシャツをめくられて、腹筋があらわになる。
「っ、おい……!」
ばっと手を払おうとしたけど、拓実はすでにベッドに倒れ込むように俺を引き寄せてきた。
「ちょ、待っ……!」
「んー、やっぱ可愛いな、遥」
片腕で抱き込まれたまま、体が密着する。
胸の辺りが当たって、変に意識してしまう。
「……キスだけ、してもいい?」
「……」
声が出ないまま、目だけでうなずいた。
拓実がそっと顔を近づけて――ほんの数センチの距離で、止まった。
唇が触れる前の、ぎりぎりの温度。
「やっぱ、今日はやめとく」
「……なんで」
「遥と、ちゃんと付き合ってから、キスしたい」
「……ばか」
顔を伏せたまま呟いた俺の髪を、拓実が静かに撫でてくれた。
「バカでいいよ。俺、真面目だから」
「……しろよ」
「え?」
「だから! キス……しろって言ってんの……!」
「……マジか。遥から求めてくれんの、嬉しい」
目を閉じる間際、唇がふわっと触れた。
軽くて、熱い。
でも、それだけじゃ終わらなかった。
「……ん」
舌先がそっと触れて、俺の唇をなぞる。
引こうとしたけど、後頭部を支えられて逃げられない。
「……遥、そんな顔で見られたら……マジで、限界くるって」
「なにが、限界……」
「……キスだけで済ませる自信なくなるってこと」
耳元でそんなこと囁かれて、顔が真っ赤になる。
「っ、……見んな……!」
俺が枕で拓実の顔を押しつけたところで、二人して笑い出した。
息がかかる距離で、ふざけ合って、ドキドキして、でも安心できる。
もっとこのままでいられたらいいって、そう思った。
「……なぁ、拓実のこと、好きになってもいい?」
ちょっと怖かったけど、でも聞きたかった。
拓実は笑って、髪をくしゃって撫でながら、
「もう、なってると思ってたけど」
って、いつもの調子で言ってくる。
その手があったかくて、拓実の腕の中が、ちゃんと俺の居場所になってて――
「……俺もう、拓実じゃなきゃ、だめだと思う」
つい口に出た。言ったら、もう戻れない気がしたけど。戻らなくていいとも思えた。
「そっか、マジで嬉しい」
「……拓実」
「うん」
「俺……今日、拓実に抱かれてもいい」
沈黙。
一瞬で、自分の鼓動の音がうるさくなる。
「……別に、義理とかじゃねえし。……俺が、したいって思っただけ」
「遥……待て」
拓実の声が、すごく静かで、でも真っすぐだった。
「……ダメか?」
「ダメじゃねぇよ。でも」
拓実は、俺の頬に触れて、ちゃんと目を見て言った。
「そういうのって、“逃げ場所”にすんのは良くねえから」
「……」
「遥が、俺のこと好きだからって言うなら……嬉しいよ。でももし、今ここで抱かれることで、何かをごまかしたいとか、忘れたいとか――そういうのが少しでもあるなら、俺は嫌だ」
言葉が刺さる。
図星だった。たぶん、少し。
「俺、ちゃんと遥と向き合いたい。そのためなら、何日でも待つ。……だから、ちゃんと、好きって言って?」
「……さっき言った」
「うん。でももう一回、ちゃんと、俺の目見て」
しばらく躊躇ったけど、目を合わせると、拓実はふっと笑った。
「……好き」
「……俺も。めちゃくちゃ好き」
その全部が、すごく――嬉しかった。
「遥、俺からは逃げんなよ?」
「……逃げねぇよ、絶対」
「うん。それでいい」
優しく腕の中に包まれながら、心臓の音が少しずつ落ち着いていった。
肌の上からの温もりと、キスの温度だけが残ってる――
不思議と、それだけで満たされていた。
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