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★追う者の末路 ①平穏の向こう側
★追う者の末路~執着クズ野郎、永久追放~
side 神谷 拓実
都内の落ち着いたカフェ。今日はここで、遥と待ち合わせだ。
神谷メディアに正式に移籍してからの遥は毎日忙しそうで、気づけばまともに顔を合わせるのは久しぶりになる。
ちなみにこのカフェは、俺のばあちゃん――祖母・神谷潔(かみや きよ)がフード部門で経営してる店だ。
「あら、拓実」
「……ばあちゃん、今日もまた来てんのかよ」
カウンターの奥で湯気の立つカップを手にしている姿は、まるで常連客みたいだ。
実際は会長として視察を兼ねて、ほぼ日課のようにここへ来ている。
接客なんか一切せず、スタッフと軽く言葉を交わしたり、ぼんやり店内を眺めたりしてるだけ。
……だけど、その視線はいつも鋭い。
客の流れからスタッフの動き、果ては窓の外まで。
何気ないふりをして全部把握してるあたり、さすが“神谷潔”って感じだ。
「ばあちゃんも暇じゃないだろうに」
「暇じゃないからこそ、こうして見張ってるのよ」
にこっと笑うばあちゃんの目は、やっぱりどこか侮れない。
「そうそう拓実、おかしな人、見てない?」
カウンター奥でカップを置いたばあちゃんが、ふと声をかけてきた。
俺はスマホをいじっていた手を止め、顔を上げる。
「ん? 見てねえけど……どうした、何かあったのか」
ばあちゃんの眉がわずかに寄る。その小さな変化に、俺の胸がざわついた。
午後の柔らかな光が窓から差し込み、店内を穏やかに照らしているはずなのに――その瞬間だけ、空気がひりついた気がした。
「スタッフが言うのよ。少し前から、店の前をうろついてる人がいるって」
「……どんな奴だ」
「二十代後半から三十代前半くらいの男。落ち着きがなくて、時計ばかり気にしたり、誰かを探してる様子だったって」
ばあちゃんの声は淡々としてるけど、その指先はカップを掴んだまま力がこもっている。
俺の背中にじわりと冷たいものが走った。
……そういや、遥のスマホに知らない番号から着信が続いてたな。
偶然か――いや、そんな甘い話じゃねえ。
「……まさか、青木か」
青木 洋介――遥の元彼。そいつのことは以前調べた。
「あら、その名前は確か……DVで遥くんが逃げてた相手?」
「……うん」
俺はスマホを取り出し、青木の写真をスタッフに見せる。
写真は、遥が以前SNSに上げたツーショットで、許可をもらって保存しておいたものだ。
スタッフは一瞥すると、すぐに頷いた。
「間違いありません、この人です。特徴も一致してますね」
「そうか。ありがとう」
俺は目を細め、深く息をつく。
……なるほど、青木の奴、諦めてはなかったか。
だとしたら、このまま放置なんて絶対無理だ。
「……まだ遥には知らせない。怯えさせたくない」
あいつが何を考えて、どう動くか――正直、分かりすぎるくらい分かる。
「ばあちゃん、怪しい人をまた見かけたら、すぐ教えて」
「もちろんよ。でも……拓実、どうするつもり?」
「まず俺が動く」
ばあちゃんはカップを握ったまま、少し考え込んでいる。
「何かあれば協力はするけど……危険なことはおやめなさいね」
「わかってるよ」
俺は頭の中で作戦を組み立てながら、窓の外をじっと見つめた。
行き交う人々、街灯の光、店の前のスペース――全部、目に焼き付けておく。
その中に青木がいるかもしれないと思うだけで、手のひらにじわっと汗が滲む。
……誰が相手であろうと、遥を二度と傷つけさせはしない。
「……万が一、青木が居場所を突き止めたら、遥に危険が及ぶな」
ばあちゃんが小さく頷いた。
「それなら、住む場所を変えるのがいいわね」
「んなことわかってるけどさ、すぐ新しい家なんか見つかるかよ……」
少しだけ苦笑を漏らす。
「大丈夫よ、拓実。ちょうど先日空きが出た物件があるの。もしもの時は私が手配してあげる」
その言葉に胸の奥が軽くなる。住む場所を確保できるだけで、少し余裕が生まれる。
「……ありがとう、ばあちゃん。助かる」
しばらくすると、カラン、とドアベルが鳴り視線を向ける。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは」
入ってきたのは――見慣れたシルエットだった。思わず口元が緩む。
「遥、こっち」
スマホをポケットにしまい、俺は静かに立ち上がった。遥は軽く笑みを浮かべて、こちらに歩み寄る。
「拓実お待たせ。あ、お祖母さん……じゃなくて、潔さん。こんにちは」
「遥くん、ごきげんよう」
ばあちゃんはにっこり笑いながら手を振っている。
「ん? ばあちゃん、遥には名前で呼ばせてるわけ?」
「ええ。名前の話で盛り上がったときに、自然にそうなったのよ」
「は?」
「ほら、私の名前、潔って“キヨ”なのに、よく男性に間違われるのよね、“キヨシ”って」
遥も頷きながら言う。
「俺も“ハル”なのに、“ハルカ”って呼ばれて、女性に間違われるからさ」
「ふふ、前にその話しててね。余計に気が合ったのよね」
ばあちゃんは楽しそうにカップをくるくる回す。
……全然知らなかったんだけど、俺。
しばらくして、遥が少し考え込むようにしてから口を開いた。
「でも“キヨ”って素敵な漢字だし、名前の響きもいいですよね。潔いって、なんだかさっぱりしてて清々しい感じがするし」
「ほんと? 嬉しいわ」
そのやり取りを見て、俺は胸の奥で小さく笑った。
たしか、初めて遥と出会った日、似たような会話したよなー、なんて。
「遥くん、新商品のチーズケーキ食べてみない? 美味しいわよ」
「あ、いただきます」
「ばあちゃん、俺の分はねえの?」
「あるわよ。ちゃんと」
ただ、この場は平和だけど、外ではまだあいつが……。
青木のことを思い出すと、自然と背筋がピリッとする。
このまま悠長にしてるわけにはいかない……。
絶対に守らなきゃ――その思いが、より強く、より熱く、胸に迫った。
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