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⑩鮮やかに滲んだ赤

拓実に抱きしめられたまま、しばらくはただ鼓動を感じていた。 「……でも、なんで」 「遥は俺が守るって約束しただろ」 恐怖と絶望が入り混じる中、拓実の冷静な声が耳に届いた。 ……拓実は、本当に守ってくれるつもりだったんだ。 その時、床に崩れ落ちていた洋介の体が、小さく痙れるように動いた。 腕を突っ張り、よろよろと支えを探すように床を掴む。 「……ぐっ……」 低く唸りながら、ふらつく足で膝を立ててゆっくりと上体を起こす。 「神谷……お前……」 立ち上がった洋介の声が部屋に響き、胸の鼓動が再び速くなる。 拓実は俺を抱きしめたまま、淡々と声を落とす。 「引っかかってるフリ、大変だったよ」 その一言に、洋介の動きが一瞬止まる。 怒りと混乱が入り混じった視線で、拓実を見返す。 「あの女性が暴露した。SNSの噂も……青木、お前が広めたんだよな」 拓実は俺の肩に手を回し、落ち着いた声で続けた。 「全部わかったうえで逆に利用した。……遥を守るために、俺が動きやすいように。でも、遥を誤解させてしまったのは悪かったと思う」 拓実の言葉ひとつひとつが、胸の奥に少しずつ届いて、ぎゅっと締め付けられる。 全部知ってて、わざと女性と……? なんだ、そうだったのかよ……。 「……遥にはちゃんと説明しようと思ってたんだけどな。お前、電話出ろよな。メッセージも、読めっつーの……」 苦笑いしながらそう言われて、胸の奥に安心と罪悪感が同時に押し寄せる。 拓実はこんなにも真っ直ぐなのに、信じなかった俺が……悪い。 「拓実……ごめん……」 思わず掠れた声で謝る。拓実は俺の手を握り、少しだけ強く抱きしめてくれた。 そしてさらに淡々と、だが鋭く告げる。 「青木洋介。……ストーカー、脅迫、名誉毀損、住居侵入、暴行、殺人未遂……全部、お前の罪だ」 「は……? バカかよ。ストーカーなんて証明もできねえし、殺人未遂の証拠なんてないだろ……?」 拓実はわずかに微笑むように首を振り、視線を壁や天井に向ける。 「残念だな、この部屋にはカメラがあるんだよ。遥があの日、ここを出た後……俺が設置しておいたからな。今日の出来事も、お前の自供も全部映ってるんだけど」 俺はその言葉に、驚きと同時に安心が混ざる。 「……な、……んなわけ……」 「万が一、ここにお前が入ってきたら証拠として抑えるつもりだったんだ。でも、本当にそうなるとはね」 洋介の顔が見る間に青ざめていく。 「っ、うるせぇ……嘘だ……! カメラなんかあるわけねぇだろ! お前らなんか、ここで……殺してやる!」 焦りが言葉に滲み、喚く姿は醜く見苦しかった。 「遥、逃げよう」 拓実にしがみついたまま部屋の奥へ逃げ込む。 まだ震える手でドアノブを握り、静かに開けると、廊下の生温い空気が顔に触れた。 「……しっかり、離れるなよ」 拓実の低い声に、俺は頷く。 ――けれど、背後で軋む音。 振り返る間もなく、洋介の影が見えた。手には、あの銀色のナイフ。 「……クソが! 逃げられると思ってんのか?」 その声に、胸の奥の恐怖が再び波のように押し寄せる。全身が震え、血の気が引いた。 「青木……もうやめろ。これ以上は無駄だ」 拓実は俺を抱きしめたまま一歩下がる。 洋介は笑みを歪め、足を踏み出す。狂気と執念に満ちた瞳が、俺たちを捉えて離さない。 「……お前ら、まとめて……ぶっ殺す」 その瞬間、洋介は一瞬目を見開き、俺に向けてナイフを振りかざした。 「――遥!」 拓実が咄嗟に前へ飛び出し、背中を向けて俺を庇った。 振り下ろされた鋭い刃は、迷うことなくその背を掠めた。 「っ……!」 低く呻く声。 鮮やかな赤い血が、拓実のシャツをじわりと滲ませていく。 ――その現実に胸が張り裂けそうになる。 「拓実っ……拓実……っ!」 喉が焼けるように叫ぶ。震える手を伸ばすが、拓実は俺を庇うように押し返した。 「遥……」 彼の声は苦痛に濁りながらも、揺るぎなく冷静だった。 「……遥、はやく逃げろ……」 「いやだ……! 拓実……!」 胸の奥から声が裂ける。拓実は俺を守るように崩れ落ちた。 震える身体と恐怖。俺はその場で息を詰める。 その時――洋介の笑い声が、耳を裂くように響いた。 「……ここで終わらせてやるよ!」 俺を真っ直ぐに射抜く視線。そのまま、ゆっくりと踏み込んでくる。 「神谷と仲良く死ね! 遥! お前も、一緒に地獄に落ちろ!」 狂気に歪んだ声が、部屋中に反響する。 拓実を抱きしめながら、全身に血の気が引き、鼓動が耳の奥で響く。 洋介の瞳がぎらつき、刃が振り上げられた。

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