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第二章 ② 中学生
学校のトイレで、コンドームが見つかった。封は切られており、使用済みのようだったが、精液は付着していなかった。学校中でちょっとした騒ぎになり、急遽集会が開かれた。全校生徒が体育館に集められ、避妊の重要性や感染症の恐ろしさについて聞かされた。
「ったく、バカなやつもいたもんだよなぁ。一番残しちゃいけねぇ証拠を、現場に残してくなんてさぁ」
「……お前、あれが本当に、コンドームだったと思うか」
「えっ、違うの? まー、俺も実物見てないけど」
「いや、ゴムはゴムだったと思う、けど……水風船にでもして、遊んでたんじゃねぇか。じゃなきゃ、迂闊すぎる……」
「まーな。今時、DNA?とかで、いくらでも調べられるもんな。入れてた方も、入れられてた方も」
「っ、だいたい……学校でセックス、なんて、バカげてる……っ」
「そのバカげたことがやめらんねぇのが、俺らなんですけどね」
「あっ、んう…っ、おく、やめっ……!」
「お前が擦り付けてくるんじゃん?」
「やっ、ん……、あっ、ああっ……」
薄い壁に縋り付いて、碧は悶える。特別教室ばかりが並ぶ、北校舎四階の西トイレが、迅と碧の、二番目の秘密の場所なのだった。
ただでさえ、用事がなければ誰も足を運ばない、人気のないエリア。おしゃべりや外遊びに忙しい昼休みともなれば、それこそ誰も寄り付かない。下の階に響く足音にさえ気づけるくらい、ひっそりと静まり返っている。この場所は、迅と碧の、二人だけのものだった。
「はっ、も……はやく、いっ……!」
「マジ? 時間やばい?」
「っ、も……予鈴、が……」
「マジかぁ。んじゃ、ちょっとガマンしてな?」
迅は、碧の柳腰をがっしと捕まえ、激しく腰を前後させた。
性行為の際の腰の動かし方というのは、自分の欲望を追いかけるだけの自慰行為とは勝手が違い、初めのうちはぎこちなさが目立ったが、このところは迅もコツを掴み始め、碧と一緒に気持ちよくなることができている。
「っ…ああっ! や…ぁんっ、あっ、ああっ、はげし、ぃ……っ!」
「バカ、声でけぇよ」
「ひ、ぅぅ……おくっ、やっ、つかないで……」
「早くイけって、お前が言ったんだろ? もうちょいだから、ガマンして。おねがい」
「ぁ……んうぅ……」
二人きりの空間。狭い個室。和式便器をまたぐようにして、並んで立つ。制服は着たまま、必要な部分だけを乱して、それでも、十分深く繋がれる。
葬式場さながらの静けさ。二人の世界に響くのは、押し殺した喘ぎ声。衣擦れの音。体液を掻き混ぜ、擦れ合う音。碧が、もう立っているのも辛いという風に、壁を引っ掻く音。
迅もまた、足が震えて立っているのも辛いのだが、目の前で碧が震えているから、抱きしめずにはいられない。強く抱きしめて、僅かに覗いた肌と肌とを密着させる。碧が後ろを振り向いて、だらしなく緩んだ口から舌を覗かせるので、噛み付くようにキスをした。
「ん゛っっ──んんン゛っっ────!!」
繋がっている穴が激しく収縮する。抱きしめた体が痙攣する。足がもつれ、物音がうるさい。迅は、最後の力を振り絞って、腰を引く。限界を迎えた性器を引き抜き、便器へ向けて射精する。
「ッ、ふ……」
「は、ぁ……」
どちらのものともつかない、乱れた息遣いが静寂に響く。碧は、薄い壁にぐったりともたれ掛かって肩を喘がせ、迅もまた、そんな碧に寄りかかって胸を喘がせる。
碧の、今の今まで迅のものだった、真っ白な尻の割れ目から、透明な糸が引いている。それは決して精液ではなく、先走った体液だとか、奥の方から滲み出してきた粘液だとか、そんなものの集合体だ。迅の性器からも白い糸が引き、真っ直ぐ便器に向かって垂れている。
「んっ……んん……」
何もしていないのに、碧はまた甘い声を漏らし、身を捩る。余韻に感じているのだろうか。思わず唇を触れようとすると、濡れた瞳で迅を睨む。
「ばか、もう……教室、いかねぇと……」
「……サボっちゃう?」
「ばか言うな……。はやく、服」
学校のトイレでセックスして、しかも、コンドームも着けないでやりまくっている、どう見たって不良な二人だが、授業は真面目に出席している。
先述の通り、迅は便器に精を放ち、碧はトイレットペーパーを当てがって射精するので、うっかり制服を汚さない限りは、トイレの水を流すだけで、簡単に証拠隠滅ができる。時間があれば、石鹸を使って念入りに手を洗ったりもするが、基本的にそんな余裕はなく、廊下を走って教室へ滑り込むのが常である。
コンドームを残していったことにより、全校集会が開かれるまでの騒ぎを引き起こしたカップルも、同じようにすればよかったのに。と、迅は眠い頭で思った。
午後の授業。お腹はいっぱい。運動して疲れた体。よりにもよって、数学の授業。迅は、閉じそうになる目をこじ開けて、鉛筆を握る。気を抜くと、すぐに眠ってしまいそうだ。
斜め前の席に座る、碧の姿が目に入る。校則にぎりぎり引っかかりそうな、さらさらの黒髪。僅かの仕草に軽く靡く。肌が透けそうな白いワイシャツ。それから、ついさっきまでは半端に脱げて乱れていた、黒のスラックス。
コンドームを忘れていったカップルは、普通に考えると男と女であり、そうなると妊娠の不安があるため、たとえ中出しはしないにしても、万一のことがないとも限らないので、避妊具は必須なのだろう。自分たちが男同士で行為に耽っているから、コンドームの重要性を認識できていなかった。
学校でセックスするなんて馬鹿げているが、一応は避妊に気を遣ってコンドームを用意していることから考えるに、ゴムも着けず男同士で盛っている自分たちより、まだまともなのかもしれない。と、迅はまたぼんやりと考えた。
ああ、でも、水風船にでもして遊んでいただけだろうと、碧は言っていたっけな。碧の後ろ姿を眺め、そんなことを思いながら、またうとうとしてしまう。
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