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第二章 ③ 熱
昼休み、学校のトイレで声を殺して交わり、放課後にも、神社で交わる。こちらは、学校のトイレ以上に、人の寄り付かない廃神社。ミーコを手放すことになってから、しばらく通い続けているが、誰とも会ったことはない。この場所こそ、迅と碧の、そしてミーコの、誰にも侵されない聖域なのだ。
誰に見られる心配もなく、屋外ということで気分も開放的になり、行為はより激しさを増す。時間も場所も十分あるので、いろいろなプレイを試してみる余裕もある。特に迅が気に入っているのは、口でしてもらうことだった。
「あっ、う……、それ、やばいっ……」
碧の頭を押さえ込んで、迅は腰を震わせる。これ以上されたら出してしまう。もう離してほしいと思うのに、体は言うことを聞かず、碧の頭を掴んで押さえ付け、奥まで咥えさせてしまう。
「ぅあっ、も……やばいぃっっ……」
我慢できずに腰が動いて、碧の口蓋を擦ってしまう。碧は、苦しげに顔を歪めつつも、巧みに舌を動かして、迅を高みへ押し上げる。
口の中に、精を放った。碧は、苦い顔をしながらも、全て残さず飲み込んでくれる。迅が、手を震わせながら碧の髪をくしゃくしゃに握りしめると、どこか挑発的な色を帯びた瞳が細められる。
ちゅう、と最後の一滴まで精を吸われ、赤い唇に白い糸が引いた。碧は口を開け、白濁をまとった舌を覗かせ、妖しく笑う。
迅が、口でしてもらうのが好きなのは、だからだ。碧の体の中に、自身の体液を注ぎ込むことができる。
尻を使って交わる時、碧は、中に出すことを許してくれない。慣れるまでは、うっかり中に出してしまうこともあったが、最近はそんなミスもなく、迅は射精の寸前で腰を引き、碧の腹や尻にぶっかけたり、地面に放って自然に返したりしている。
しかし、口でする時は、中に出していいのだ。むしろ、外に出すと怒られる。「もったいないことをするな」と何度か怒られている。
迅としても、中で出す方が何倍も気持ちいい。欲望に身を任せ、奥の奥まで突き進んで、その果てに弾けた欲の塊を、全て碧の中に注ぎ込む。腹の中で溶け合って、いつか碧の血肉となって、永遠にそこにあり続ける。そう思うだけで、ぞくぞくする。
さて、次は迅の番だ。碧のスラックスを脱がせ、下着を下ろして、露わになった白い肌にしゃぶり付く。
二人とも、射精はまだ覚えたてで、穢れを知らない男性器は、剥き卵のような艶やかさだった。ぱくりと口に含んで吸う。昔、まだ赤ん坊だった頃、母親の乳を吸っていたことを思い出す。
迅の口淫は、碧のそれと比べて、ずっと拙い。碧がしてくれたことを思い出し、見様見真似で舐めてみる。たっぷりと唾液をまとわせ、舌を絡めて、舌先で皮を剥くようにしながら、濡れた先端をしゃぶってみる。しかし、碧はまだまだ余裕そうで、迅の髪を愛おしそうに撫でるばかりだ。
「っ、ふふ……ちょっとは上達したな?」
「ん……、もっといいとこ教えろよ」
「そういうのは……自分で見つけるもん、だろ」
「むう……」
精子の出る穴。先端をぺろぺろしてあげると反応がいいので、たぶんここが一番気持ちいいのだろうと思うが、期待するほどには乱れてくれず、やきもきする。迅は碧の口淫で情けない声まで上げているのだから、碧にももっと気持ちよくなってほしい。
迅は、碧の太腿に手を滑らせた。足を開かせ、露わになった尻の割れ目に、そっと指を差し入れる。そこは、既にぐっしょり濡れていて、迅の指を簡単に飲み込んだ。「あっ…」と碧は小さく喘ぐ。口に含んだ性器がぴくんと震える。
「一緒にすんの、好き?」
「だまれ、ばか」
涙目で睨んでくる。この態度が答えだ。迅は俄然やる気になって、性器をしゃぶる。同時に、濡れた穴に指を出し入れする。音源がどこにあるのか定かでないが、ぴちゃぴちゃ、くちゅくちゅ、と水の跳ねるいやらしい音が響く。
碧は、すっかり快楽に身を委ね、自ら大きく足を開き、恥ずかしい場所を見せつけながら、迅の喉へ性器を押し付けるようにして、腰を浮かす。
指を、ただ出し入れするだけでなく、絡み付く襞を引っ掻くようにして掻き混ぜてやれば、性器の先端がとろとろと蜜を零すので、丸ごと吸い上げて飲み干してやると、穴は一層きつく締まって指を食み、碧は激しく腰を跳ねさせ、口に含んだ性器もまた、ビクビク震えて濡れそぼるので、またきつく吸ってやると、穴の奥がじんわり濡れてくる。
「ひっっ、んうぅ…っ、もっ、や……ぁ゛ン! だめぇっっ──!!」
ガクガクと腰が跳ねて、口の中に熱いものが迸った。これが、碧の。迅は、一旦頬に溜めて味わいながら、ゆっくりと嚥下した。熱くて、ねばねばしていて、喉に絡む。夏草をそのまま噛んだみたいな味だった。
はしたなく股を開いたまま、全身をピクピク痙攣させている碧を押さえ付けて、馬乗りになる。その影に気づいた碧が、目だけで何かを訴えるが、もう遅い。
「っ……あ゛あぁ゛ッッ!!」
イッたばかりの穴の中。凄まじい締め付けだ。幸い、碧の口に出したばかりだったので、迅は辛うじて堪える。歯を食い縛りながら、ゆるゆると腰を動かす。吸い付く肉襞に、先端を擦り付ける。
「やッ、あぅっ……、いまだめ、だめ、って……んんんっ」
敏感になりすぎているらしかった。迅も、自身の快楽を追うので必死だ。ただ欲望の果てを追いたくて、ひたすらに腰を振る。ぐちゅ、ぐちゅん、と肉体の絡む音が響く。自然の中に、二人の恥ずかしい音だけが響く。
「だめっ、だめぇ、あ…あ゛っ、やああぁあんッッ!!」
碧がまたイク。迅はまたもや辛うじて耐え、激しくうねる穴の中を、ぐちゃぐちゃに混ぜ返した。
汗で張り付くシャツが鬱陶しくて、脱ぎ捨てた。碧のシャツも、脱がしてしまう。細い腕を押さえ付けて、杭を打ち込むように腰をぶつける。
透けそうなくらい、白い肌にキスを落とす。碧が、涙を散らして嫌がるので、やめなかった。ちゅっ、ちゅう、とキスをして、胸や、首筋や、至るところにキスをして、そうすると、碧はやっぱり哀しい顔をして、綺麗な涙を流すので、胸が張り裂けそうに苦しくなって、迅はただ、碧を強く抱きしめるのだった。
碧は、本当なら、肌を見せたくないのだろう。知っているから、迅は碧の服を脱がす。その白い肌を、白日の下に晒して、何も言わずに抱きしめる。碧の体は、こんなに温かくて、柔らかいのに、いつも変な痣だらけで、生傷と、治りかけの傷痕と、カサブタだらけで、だから碧は、一度も水泳の授業に出ない。
ほとんど毎日、この場所で体を重ねているから、ミーコも慣れてしまったようで、事が始まると気を利かせて姿を消し、済んだ頃合いを見計らって戻ってくる。ミーコもミーコで、なかなか逞しいところがあり、しょっちゅうネズミを捕ったり、鳥を捕まえたりしては、腹を満たしている。
「食う?」
暖かな日差しに汗を乾かし、気怠さの残る体を休める。迅が差し出したのは、何の変哲もない板チョコ。銀紙を剥いで、薄く固まったチョコレートを、ぱきっと割る。
「いいのか」
「うん」
「……甘い」
「うん」
「久々に食ったかも」
舌の上に乗せて蕩かす。心まで蕩けていくようだ。カカオの苦みと、ミルクの甘さと、滑らかな舌触りと。一欠片ずつ口に運んで、大事に舐めて、一枚の板チョコを、二人で全部食べてしまった。
「なぁ」
太陽が傾き始めている。真っ赤な夕日に顔を照らして、迅は言いかけた。帰り支度をしながら、碧は振り向く。
「なんだよ?」
「……ううん。何でもねぇ」
「なんだよ。変なやつだな」
そう言って笑い、行ってしまった。家になんて帰らないで、ずっとここにいろよ。と、何度も何度も言いかけて、結局、言えずじまいなのだった。迅はミーコを抱きしめて泣いた。
家に帰る頃には、日が暮れていた。運悪く、両親共に家にいて、言い争う声が家の外まで響いていた。家に入るタイミングを逃し、迅は元来た道を戻り、近所の公園で時間を潰した。
いつからこうなってしまったのだろう。家庭が壊れた切っ掛けは、父のリストラだった。元々大した稼ぎもなく、うだつの上がらない男で──というのは、母がよく迅に言って聞かせていたことだった──その上リストラ、挙句いまだに働かず、酒に溺れる毎日だ。
だが、きっとそれ以前から、家庭は破綻していたのだろう。迅が気づかなかっただけ、いや、気づこうとしなかっただけだ。
夫婦仲はとっくに冷え切っており、両親がまともに会話するところを、迅は見たことがない。唯一のコミュニケーションといえば、喧嘩、口論、諍いだけ。父の怒鳴り声と、母の金切り声と、物を投げたり、当たり散らしたりする音が響いて、そんな夜は、迅は布団に包まって、耳を塞いでやり過ごす。
母は、父と結婚したことも、子供を産んだことも、家庭を持ったことも、何もかもを後悔していて、そのことを、いつも口癖のように語っていた。父がリストラされるよりも、ずっと前からそうだった。
愚痴っぽく、ヒステリーが目立つ母親より、どちらかといえば、いい加減なところのある父親に、迅は懐いていた。時々、気が向いた時には、迅を遊びに連れていってくれ、母に内緒で夜のドライブに出かけ、満天の星や、夜明けの海を見せてくれた。ミーコを飼うことを了承してくれたのも父だった。けれど、それももう、過去の話だ。
最近では、母はあまり家に帰らず、父は、職探しもせず飲んだくれ。それでも、顔を合わせれば喧嘩ばかり。時々、食器が飛んだりして。家具も家電もダメにした。ローンの残るマイホームの、壁や床に穴が開いた。
*
夏休みの予定が、四十日間、空白だった。碧と、海を見に行く約束をした。
朝早く起き、貯金箱を引っくり返して、小銭を掻き集めた。通学に使っている自転車のカゴに荷物を詰め込み、朝風を切って走った。
待ち合わせの場所に、碧はまだ来ていなかった。鳥居の前に自転車を停め、ミーコとじゃれながら碧を待った。
果たして、どれほどの時間が過ぎただろう。十分も経っていないような気もするし、何時間も待たされたような気もする。油を煮立たせたような蝉の声が、右から左から嵐のように降り注ぎ、その音を聞いているだけで汗が噴き出す。水筒の中身ばかりが、どんどん減った。
待ちきれなくなり、迅は自転車にまたがった。碧の家に、本当はあまり行きたくなかった。碧が来てほしくなさそうにしていたから、だけではない。迅もまた、碧を家に呼びたくなかった。家庭の惨状を、誰にも知られたくはなかった。惨めになるだけだと分かっていた。
それでも、今日ばかりは自転車を飛ばした。前に──そうだ。あの冬の日、嵐の晩に、ここで二人で夜を明かして、その翌朝、動けなくなった碧を、家まで送っていった。あの時の記憶を頼りに、迅は自転車を走らせる。碧の家は、すぐに見えた。
町外れの、あばら家というにふさわしい、古びた借家。今にも崩れそうなブロック塀に、自転車を立てかける。
門柱の陰から、こっそりと様子を窺う。狭い庭に、車が一台。窓はカーテンが閉め切られ、中の様子は分からない。
迅は息を殺し、足音も立てないで、玄関に忍び寄った。呼び鈴を鳴らすべきか否か、何度も迷って、結局、ボタンを押せなかった。
ドアは開いていた。恐る恐る足を踏み入れる。
暗い廊下。カビくさいのとも少し違う、変わったにおい。物で溢れた台所。閉じられた襖の向こうで、音がした。
この音を、迅は知っている。よく、知っている。布の擦れる音。肉と肉のぶつかる音。男の低い唸り声。押し殺した碧の悲鳴。それらが、リズミカルに、何度も、何度も、何度も何度も、繰り返す。
建付けの悪い襖。細い隙間に、鈍い光が漏れていた。その向こう。雑然とした部屋に敷かれた、一枚の布団。それから、一匹の獣の姿。獣に食い殺される、碧の姿。
迅は思わず後ずさり、物音を立ててしまった。蹴り倒したビール瓶が、転がってぶつかる。
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