2 / 31
第一部 2章 こんなの夢だ
「晴斗ー、飯だぞ…ってお前なんか体調悪い?」
夕飯の支度を終え、晴斗のことを呼びにきた陽汰は直感で晴斗の体調が悪そうだと思った。いつもと変わらず勉強をしている晴斗の視線がどことなく沈んでいるような、そんな気がする。
「そんなことな…っ!」
晴斗の言葉を遮り、昔からよくやっているように額と額をこつんと当ててみる。やっぱりいつもよりも少し熱い。
至近距離で感じる彼の息遣いもどことなく乱れている気がした。
「やっぱお前熱あるだろ」
「……」
ふいっと視線を避けた晴斗に軽く溜め息を吐き、陽汰は体温計を持ってきて晴斗の脇へと差し込んだ。
「んー…36.9℃か…やっぱいつもよりちょっと高いな」
「ひな兄、このくらい平気だって」
それは高校も大学も夏休みに入ったある日の夜のこと。
その日、晴斗の体調は朝から優れず、大丈夫だと言いながらも体温計にはいつもよりも高めの数値が示されていた。
この微熱のせいなのか、勉強をしなければいけないのに全く集中できず、イライラとした気持ちが募っていく。それだけでなく、近頃身体の奥底から抑えきれない欲求が湧き上ってくるような、そんな感覚が晴斗を更に追い詰めてきていた。
それは陽汰が傍にいるときにより顕著に現れ、今まで気にならなかった陽汰の香りや触れ合ったときの熱、ちょっとした仕草にドキドキと鼓動が速まり、脳に痺れが走るようだった。
思えばそれはこの前初めて陽汰のフェロモンを感じ取った時からだったかもしれない。
あの時から自分の中で何かが抑えきれなくなりそうな瞬間が増えてきており、陽汰の近くにいること自体が危険なことのようにも感じていた。
「晴斗、少しくらい休んでも良いんだぞ。ほら、いつもみたいに俺補充するか?」
陽汰は冗談っぽく言いながら両腕を広げてみせた。
以前までの晴斗だったら素直にそこに抱きついていたかもしれない。だが、今はその行為をすることが怖くてたまらなかった。
抱き締めた瞬間、自分の中でギリギリの状態で保っていた最後の糸があっさりと切れてしまうような気がしてならないのだ。
「ひな兄、本当に大丈夫だから。俺のことは放っといて」
「はぁ…放っといてってお前…俺はお前のことを昔からずっと見てきたんだぞ。お前の体調が悪くて勉強に集中できてないのだって見ればすぐわかる。そんな状態で勉強したって効率悪いだけだろ。ほら、こっち来い」
陽汰は勉強机に座っていた晴斗の手首を掴み、彼をベッドへと座らせた。
「まったく、夏風邪は厄介なんだからな。またお前暑いからって冷房ガンガンにかけて布団掛けずに寝てたんじゃないのか?とにかく風邪薬飲んで、もし長引きそうなら病院に……」
「……」
陽汰が何かを言っているが、その言葉は晴斗の頭に全くと言っていいほど入ってこなかった。
大きめのTシャツにショートパンツから伸びる細くて白い陽汰の生足。見慣れているはずの脚が妙に美味しそうに見えてきてしまう。
その時、数日前に嗅いだ金木犀の香りが鼻を掠めた。
この前嗅いだ時、それはとても落ち着く香りだった。だが、同じ香りのはずなのに今は欲望を刺激する香りだとしか思えない。
「おーい、晴斗?聞いてる?」
陽汰の喋っていることに何の反応も示さない晴斗を訝しんだ陽汰がとんとんと指先で肩を軽く叩きながら顔を覗き込んできた。
前屈みになったことで緩めのTシャツの襟元が下がり、白く綺麗な鎖骨がはっきりと晴斗の視界に映る。それだけでなく淡く色付いた突起が一瞬だけちらりと見えてしまい、そこから視線が外せなくなってしまった。だが、その誘惑と共にこの前嗅いだ不愉快な匂いが鼻をつく。
そういえば陽汰は今日もアルファの後輩と会ってきたと言っていた。この匂いはそいつの匂いだ。
その瞬間、晴斗の中で何かがブチッと切れる音が響いた。
目の前にいる陽汰の姿が歪み、頭の中でガンガンと大きな音が鳴り響く。まるで脳内を搔き混ぜられているような感覚と、今まで抑えつけていた欲望が一気に弾け出すような衝動。
目の前にいる陽汰はいつもと同じはずなのに、そこにいるのは幼馴染ではなく、自分の種を植え付けたいオメガだとしか認識できなくなっていく。
そして、気が付いた時には目の前の彼の腕を強く引っ張り、その細い身体をベッドへと押し倒していた。
「えっ…は、ると…?」
「くっ…ひな、兄…」
自分に組み敷かれて驚きの表情を浮かべる陽汰の姿に一瞬動きが止まる。
今ならまだ引き返せる。止まれ、止まるんだ。
心の中に僅かに残った理性が必死に訴えかけている。しかし、自分のすぐ傍で感じる陽汰の熱、フェロモン、色白の肌、そして彼の香りに混じる不快な匂い。それらは全て晴斗の欲望を猛烈に煽ってきた。
陽汰を自分の色で染め上げたい。
「ッ……ごめん、ひな兄ッ…」
晴斗から絞り出されたその言葉に、陽汰の心臓がドクンッと跳ね上がる。
突然押し倒されたことに驚いたものの、そこまではまだ冗談だと思っていた。いつも抱きついてきたりする晴斗がまたふざけているだけなのかと。
だけど、今の彼の様子は明らかにおかしい。それだけじゃない。晴斗はベータなのに、彼の身体からアルファフェロモンのようなものを感じる。
それは普段の何でもない時に嗅いだら静かな森林の中にいるような香りだと思えたかもしれない。だが、今感じるのはその森林の中に獣が隠れており、陽汰のことを食べ尽くそうとしているような、そんな危険性を感じさせる。
この圧倒してくるフェロモンから逃げないと。
脳が警鐘を鳴らし、バクバクと心臓が煩くなっていく。
「晴斗、冗談はやめろって…」
どうにかして晴斗の下から逃げようと彼の身体を両手でぐっと押してみたのだが、自分よりも体格のいい晴斗はびくともしない。それどころか両手首を掴まれ、頭上で一纏めにされてしまった。
「っ…!」
「ひな兄…ねぇ、どうして…どうしてこんな美味しそうな匂いがするの…」
耳元で囁かれた言葉に背筋が凍る。今まで聞いたことのない晴斗の低い声に身体が硬直し、喉がカラカラに乾いていく。
さっきまで普通だったはずなのに。晴斗の中で一体何が起きているんだ。
状況が理解できずに固まっていると、晴斗の冷たい唇が首筋に触れた。それは柔らかいはずなのにまるで刃物を当てられたかのような緊張感をもたらし、全身に冷や汗が滲んでいく。
「けどさぁ…なんで変な匂いまで混ざってるの…」
「ゃ、めっ…ひっ!」
冷たい唇とは対照的な熱さを持つ舌が首筋を這うように舐め、じわりと肌を湿らせる。そして、それは陽汰の反応を楽しむかのように薄く隆起した喉仏にカリッと軽く歯を立てた。
痛みよりも噛まれたことへの衝撃でビクッと身体が跳ね、陽汰のその反応に晴斗が喉の奥からくつくつと笑いを零した。そして彼の舌は首の側面へと回り、腺体の近くをねっとりと舐め上げていく。
「く、やっ…!」
腺体はオメガにとって敏感な部分だ。そこにフェロモンを流し込まれ、マーキングされてしまったらそのアルファからは一生逃れられなくなってしまう。
そんな敏感な腺体の近くをこんな風に舐められたことなんて今まで一度もなく、身体の奥底から快感を引っ張り出されるようなぞくぞくとした感覚に襲われる。
「晴斗っ、やめ…っ!」
身体を捩った瞬間、太腿に信じられない硬さのものが当たった。
目で見なくてもわかる。その位置にある、晴斗の身体の一部。
それが布越しでもわかるくらいに熱く硬くなっているのだ。
“犯される”
頭の中で警報音が鳴り響いた。相手が晴斗であろうと、今はとにかく逃げなければ。
「晴斗、お前いい加減にっ!」
陽汰は力を振り絞って脚を蹴り上げた。両手を拘束されているせいで勢いは落ちてしまったが、その蹴りは晴斗の身体に当たり、僅かながらだが彼を怯ませた。
手の拘束が緩んだ隙に逃げ出そうと身を捩ったのだが――
「うっ…!」
「ひな兄…」
うつ伏せの状態で上から晴斗に押さえつけられてしまい、後ろから苛立ちを含んだ声が聞こえてくる。
蹴りを入れたことで彼の隠れた凶暴性に火をつけてしまったのかもしれない。
後ろからぐっと髪を掴まれ、冷や汗がこめかみを伝い落ちていく。
殴られる……!
ぎゅっと目を瞑り、痛みに耐えようとしたのだが、次に襲い掛かってきたのは殴られるような痛みではなく、痺れるような快感だった。
「んぁっ…!」
うつ伏せになったことによって腺体が先ほどよりも露わになり、晴斗がそこに舌を這わせてきたのだ。
身体の奥からぞくぞくとした快感が強制的に引き出され、じわりと奥底が濡れる感覚が広がっていく。
「や、ぁ…っ…!」
お尻の間に彼の硬くなったものが押し付けられ、その狭間を広げるように前後に動かされる。その動きはまるで性行為のようであり、彼のものが擦っていく感覚はオメガの受け入れるという本能を呼び起こした。
嫌だ。こんなのダメだ。
ふるふると首を横に振り、強く拒もうとした。だが、陽汰の口から出てきたのは恐怖に怯える弱々しく震える声だった。
「晴斗っ…本当にだめっ…やめて…」
「……ひな兄、どうして俺を拒むの…」
「だって、こんなの…おかしっ…ひっ!」
突然、晴斗の手が力強く陽汰の腰を引き上げた。そして止める間もなくショートパンツと下着を一纏めに引き下ろされてしまう。
彼のあまりにも突然の行動に理解が追い付かず、頭の中が真っ白になる。すると背後から晴斗の嘲笑するような声が聞こえてきた。
「ねぇ、ひな兄、嫌だって、おかしいって言ってるのにこれはどういうこと?ひな兄のここ、こんなに濡れてるよ」
「ちがっ…」
「違わないよね?」
晴斗の親指が晒された後孔を軽く押すとそこからはくちゅっと濡れた音が鳴り、彼の指先を軽々と飲み込んだ。
それは、こんな行為でも身体は反応を示していることを見せつけるには十分すぎるものだった。
「ッ……」
自分の身体の反応にも、晴斗の行動や言葉にも声が出せなくなってしまう。
違う。こんなのおかしい。こんなの晴斗じゃない。
晴斗はこんなひどいことしないし、言ったりしない。
「ひな兄」って明るく笑いながら呼んでくるのが本当の晴斗なのに。
「ひな兄…」
耳元で囁かれた低く掠れた声に身体がビクッと震える。
これは夢だ。きっと悪い夢なんだ。
夢なら早く覚めてくれ……。
溢れそうになる涙を堪えながらシーツをぎゅっと握り締める。
こんなの現実じゃないと自分に言い聞かせようとしたが、それを裏切るように後孔には指とは違う、熱く、太いものが触れてしまった。
「やめっ…!」
「だめだよ、ひな兄」
ずちゅっと熱い杭が狭い後孔の縁を強引に押し開いて入ってくる。
陽汰の愛液で多少濡れてはいたものの、その滑りは陰茎を受け入れるのには不十分だ。
初めて受け入れるその場所の痛みに陽汰の口からは悲鳴に近い声が上がった。
「あ、あぁっ、や、だっ、やめっ、痛っ…や、ぁあっ」
やめて、入らないで、止まって。
そう願ってみても彼の陰茎は止まるどころかどんどん奥深くへと突き進んでくる。
ぎゅうぎゅうと締め付けてもそれを無視して狭い穴の中を埋め尽くしてくるのだ。
そのあまりの痛みと圧迫感に陽汰は自分でも何を言っているのかわからない声を上げ、必死にシーツを掴んで少しでも身体を前へと逃がそうとした。だが、陽汰の腰を強く掴んだ晴斗の手によってより繋がりを深くされてしまう。
「は、ははっ…ひな兄の中、気持ち良いよ…俺のことぎゅうぎゅう締め付けてる…」
「や、だ……ぬいてっ……ぬいてよ、晴斗……」
「……」
陽汰の言葉に晴斗はゆっくりと突き刺さった杭を引いた。
その行動に、陽汰は驚きながらもまだ一縷の望みがあることを感じた。
晴斗は陽汰の言うことを聞いてくれたんだ。まだ理性は残っているのかもしれない。
だが、その小さな願いは瞬く間に消し去られてしまった。
「ゃ、あぁぁっ!」
あと少しで抜ける。そう思った瞬間、晴斗はその剛直を勢いよく突き立てた。それは先程よりも更に深く、生殖腔を叩きつけるような勢いだ。
パンッと肌と肌のぶつかる音が響き、敏感な部分を叩きつけられた痛みと衝撃で瞳からはぼろぼろと涙が零れ落ちていく。
「ゃ、あっ…ぅっ…」
パンッパンッと何度も突かれ、内壁が蹂躙されていく。
こんな行為、痛くて嫌なはずだった。
だが、陽汰の意思とは裏腹にオメガの本能によって生殖腔からは愛液がとめどなく溢れ出ていた。その滑りも手伝い、晴斗の抽挿はますますスムーズになり、快感なんて得たくないと思っていても甘い声が漏れ出てしまう。
「あっ…ゃっ…ぁっ…んっ…」
「は、ぁっ…ひな兄…声可愛い…もっと、聞かせて…」
「ぁ、んっ、あ…ゃ、やあぁっ!そこっ、あぁっ!」
「ん?ここ?気持ち良いの?」
陽汰が反応を示した場所を晴斗の陰茎の先端がぐりぐりと突き上げてくる。
まるで電気を流されているかのようにその場所から痺れが広がり、達したくないという陽汰の気持ちを裏切って身体は限界に登りつめようとしていた。
「ひな兄…イって…」
「や、やだぁっ…ひっ、ぅっ…!」
陽汰は震える手を自身の下肢へと伸ばした。こんな行為でイきたくない。その一心で今にも弾けそうになっている陰茎の根元を掴んだのだ。
「…ふっ…我慢してるのも可愛いけど…くっ!」
「あぁっ!」
ばちゅんっと強く突かれ、力の入らなくなっていた手はいとも簡単に陰茎を離してしまった。それと同時にオメガを支配しようとするフェロモンが襲いかかってくる。
目の前にチカチカと白い光が飛び散り、全身を電流が駆け抜けた。
「ゃ、あぁぁっ!」
ガクガクと太腿が震え、シーツに落ちた手に生温い液体がびしゃっとかかる。二人のフェロモンの香りの中に青臭い匂いも混じり合い、ますます陽汰の脳を混乱させた。
「ひな兄、気持ち良かったんだね…いっぱい出てるし、締め付けもすごい…もっとあげるからね…」
「や、やめっ、イってるっ、イってるからぁっ、ゃっ…あぁぁっ!」
射精の余韻を感じる間も与えてもらえず、ぐちゃぐちゃと激しく中を突かれ続ける。その動きは陽汰の精液を全て出し尽くそうとしているかのようで、突かれる度にぴゅっぴゅっと精液が飛び散った。
淫猥な音を鳴り響かせる結合部からは、陽汰の愛液と晴斗の先走りの液が混じり合ったものが太腿を伝い落ちてシーツへと染みを広げていっている。
最初の抵抗なんて感じさせないほどに柔らかくなった生殖腔は更に晴斗のことを飲み込もうと蠢いていた。
それは、どんなに嫌がってもオメガはアルファには敵わない。非力で、ねじ伏せられても身体は受け入れるようにできているんだと思わせるには十分だった。
「あ、あぁっ、まっ、ぁあっ、おかしっ、おくっ、ゃあぁっ」
「ひな兄の奥、柔らかくなってるね…くっ」
「ひ、あぁぁっ!」
生殖腔が開くような感覚。そして、そこに間髪入れずに晴斗の陰茎が入り込んできた。その熱い杭が生殖腔の中を突く度、陽汰の意思とは関係なく内壁はその杭を逃さないように絡みついていく。
杭の激しい抜き差しに合わせて内壁ごと引っ張られるような感覚は苦しみと快感の狭間に置かれているようだった。
追い出してやりたいと思っているのに、身体は奥深くまで突かれることを喜んでしまっている。
「ひな兄の奥、俺のこと離そうとしないよ。このまま出して良いの?」
「っ、や、やだっ、やめてっ、中はっ」
「けどさ…」
晴斗の身体がぐっと背中に押し当てられ、耳元に顔が近付く。そして、低い声が囁いた。
「ひな兄の奥が締め付けて離してくれないんだよ」
彼の唇が陽汰のうなじへと触れ、敏感な腺体を舐めていく。反射的にビクッと身体が跳ね、奥深くに埋まる陰茎をぎゅっと締め付けた。
「ここ、好きなんだね…」
「っ…!」
晴斗がそこに歯を立てようとする気配を感じ、陽汰は咄嗟に彼の唇と自分の首の間に手を差し込んだ。その瞬間、手の甲にズキッと痛みが走り、シーツに顔を埋めながら眉間に皺を寄せる。
そこだけはダメだ。今マーキングなんかされたら晴斗の人生も陽汰の人生も取り返しがつかなくなってしまう。
絶対それだけはダメだと、首を覆う手に力を込める。すると、そこに噛みつきたいという本能的な欲求を阻止された晴斗が小さく舌打ちをし、突然陽汰の上半身を抱き起こした。
「ゃ、あぁっ!」
挿入されたまま膝立ち状態になり、先ほどよりも奥深くに彼の陰茎が突き刺さる。そして、この体勢になったことで絶対に逃げられないという恐怖が陽汰を襲った。
喉を仰け反らせながらぴくぴくと身体を震わせていると晴斗に手を掴まれた。その手は陽汰自身のお腹の上に持って行かれ、汗に濡れた肌の感触が手のひらへと伝わってくる。それと同時にぐっと腰を突き上げられ、お腹越しに軽く手が押し上げられるような感覚があった。
「ひな兄、ほら、ここに俺のが入ってるんだよ。ひな兄の中にいるのわかる?」
「ふっ…ぅっ…ゃだ…っ…」
涙腺が決壊してしまったかのように涙が止まらなくなり、こんなの信じられないと弱々しく首を横に振る。だが、その反応を見た晴斗に先ほどよりも勢いよく突き上げられてしまった。その瞬間、自分の汗で湿った手の下で薄い腹を押し上げてくるものを明確に感じた。
自分のものではない異物が確かにその中に存在している。
「今のでわかったよね…今からひな兄の中に出すから…ちゃんと受け止めてね」
「や、ぁっ…」
こんなのはやはり夢だ。そう自分に言い聞かせたかった。だが、晴斗の熱、匂い、痛み、快感、その全てが現実なのだと物語っている。
ゆっくりと陰茎が引き抜かれていく感覚が内側からも手のひらからも伝わってくるようで陽汰は震える声を零した。
「や、ぁ…やだ…はると…おねがっ…あぁぁっ!」
懇願する声は晴斗の激しい突き上げと自分の悲鳴のような喘ぎ声によって掻き消されてしまった。
お腹の上の手は晴斗に押さえつけられたままで、抽挿される度に陰茎が手を押し上げてくる。
ぐちゅぐちゅと淫猥な音が結合部から鳴り続け、晴斗の陰茎が中でびくびくと震えて射精が近いことを訴えていた。
「は、ぁっ、ひな兄っ、出すっ、出すよっ」
「や、やめっ、あっ、あぁっ、なかっ、だめっ、ゃあぁぁっ」
「くっ…!」
ひと際強く奥を突き上げられた瞬間、晴斗の身体がビクッと震え、中に熱い飛沫が叩きつけられた。その勢いはお腹越しに手にも伝わり、ねっとりと熱い精液が生殖腔を一気に満たしていく。
「ゃ…ぁ…だ、め…ぁっ…」
どくどくと注がれていく精液を感じながら陽汰の口からは掠れた喘ぎが漏れた。次第に意識が朦朧としていき、視界が暗くなっていく。
そんな中で最後に感じたのは再び布団に押し倒され、腰を強く掴まれる感覚だった。
「は、っ、はぁっ…ひな兄っ…」
「ぅ…ぁ…ん……」
陽汰の口からはもう晴斗を拒絶するような言葉は出なくなっていた。ただ突き上げれば声が漏れ、晴斗の抽挿を素直に受け入れている。
弛緩したその身体を何度も揺さぶり続けていると、脳をぎゅっと締め付けられるような感覚に突然襲われた。
その感覚は冷静さを取り戻そうとしているようであり、こんなことしちゃダメだと何かが訴えてくる。だが、身体はその意思に反して止まってはくれなかった。
「ひな兄…ごめん……止められないっ…」
陽汰のフェロモンの香りが再び晴斗の思考を欲望の中へと落としていく。その強烈な誘惑は晴斗の唇を腺体へと導いた。
魅惑的な腺体に歯を立てたい欲求が大きくなり、唇を寄せる。だが、その瞬間、必死に自分の首を守った陽汰の姿が脳を過った。
自分がどうしてこんなにも陽汰のうなじに噛みつきたいのかわからない。わからないが、その場所を陽汰は必死に守っていたのだ。そこに大切な何かがあるように。
「ひな兄…」
晴斗は小さく呟いてからそこに歯を立てることは止め、白く綺麗なその場所を吸い上げて赤い跡のみを残した。
「んっ…ぁ…」
身体をピクッと震わせ、小さく喘ぎ声を漏らした陽汰の姿に晴斗の理性が再びガラガラと音を立てて崩壊していく。
気が付けば腰を強く陽汰に打ち付けていた。弛緩した陽汰の身体は生殖腔の締め付けも緩み、何度もそこを突き上げ、柔らかい内壁を味わっていく。
「ひな兄…陽汰…俺のものだよ…」
呟きながら晴斗は生殖腔の奥深くに再び大量の精液を流し込んだ。その射精の勢いに陽汰の身体もぴくぴくと小さく痙攣し、生殖腔がきゅうきゅうと搾り取るように陰茎を締め付ける。
「は、ぁっ…はぁ…っ…はぁ…」
荒い呼吸を繰り返す中、徐々に思考がクリアになっていく。
先ほどまで全てに靄がかかっているような感じだったが、それがようやく晴れていくような、そんな気分だ。
全身にかいた汗がクーラーの風で冷やされていき、ゆっくりと閉じていた瞼を開く。
「え……」
全ての時間が止まったような気がした。
目の前に広がっていたのはまさに“惨状”と呼ぶのに相応しい光景。
頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が一気に襲いかかってくる。
ベッドの上はシーツがぐちゃぐちゃになり、様々な液体が付着している。そして、自分の下半身は陽汰の臀部とぴたりと繋がり、彼の身体もいろいろな液体で汚れている。そのうえ所々に赤い跡が散りばめられていた。
スッと全身から血の気が引いていく。
まさか、これは自分がやってしまったのか…?
守るべき存在の大切な幼馴染をこんなことにしてしまったのは自分なのか…?
「ひ、ひな兄…」
恐る恐る声を掛けてみるが力なくベッドに倒れている陽汰は晴斗の呼びかけに答えてくれない。呼吸はしているが、彼は晴斗が気が付かない間に気を失ってしまっていたのだ。
彼の腰を強く掴んでいた両手が震え、ゆっくりと手を離すとその白い肌には赤紫色の痣がついていた。
「…俺……何して……」
金木犀の香り、森林の香り、そして精液の青臭さが混じり合う室内。
さっきまでは陽汰の喘ぎ声や晴斗の息遣い、淫猥な水音が響き渡って煩かったはず。だが、今はシーツの擦れる音すらせず、ただクーラーが部屋を冷やしていく低い音だけが鳴っていた。
つい数分前までの狂気的な熱から一変したこの場所が、夢だったならばどれほど良かっただろうか。
◆
「……ん…っ…」
靄がかかったような意識の中、様々な匂いが混じり合う不快感にゆっくりと瞼を開ける。
数度瞬きをして視線を巡らせるが、部屋の中にいるのは陽汰一人きりのようだ。
穿いていたショートパンツと下着は何処かにいってしまったようで、Tシャツの下に見えたのは乾いた液体の付着した汚れた脚だけ。
「痛っ…」
全身が交通事故にでもあったかのように痛み、頭がぼんやりとして自分の身に何が起こったのかよくわからなかった。
指の一本すらも動かしたくないほどの倦怠感と痛み。そして吐き気を感じさせる匂いと不快なベタつき。 手首には強く掴まれたような赤紫の痕が薄らと残っている。
「ッ……」
ぞくっと背筋に寒気が走る。
ここにいたくない。早くここから出ないと。
陽汰は全身の痛みを堪えてベッドから立ち上がった。だが、脚に力が入らずにガクンッとその場に崩れ落ちてしまう。幸い、ベッドの端を掴んでいたおかげで大きな音は立てずに済んだが、咄嗟についた膝からジンジンとした痛みが広がっていく。
「っ…は、ぁ…」
浮かびそうになる涙を堪え、ベッドの端を支えにゆっくりと立ち上がった。一瞬でも気を抜いたら再び倒れてしまいそうで、壁に手をつきながら一歩一歩扉へと歩みを進めていく。
部屋から出ると廊下には電気が付けられておらず、とても静かだった。しかし、一歩踏み出した瞬間、すぐ傍に誰かが座り込んでいるのが視界に入る。
それは他の誰でもない晴斗だ。
彼は扉が開く音に気付くと項垂れていた顔をパッと上げ、一瞬驚きの表情を浮かべた後、すぐにその顔色を青ざめさせた。
「ひな兄…俺……」
「ッ…!」
晴斗の声に、先ほど無理矢理された光景が脳裏を過ぎる。
全身に鳥肌が立ち、ギリギリの状態で保っていた脚が震えてその場に倒れそうになった。
「ひな兄!」
晴斗が慌てて立ち上がり、陽汰を支えようとしたのだが、陽汰はその手から逃げるように一歩後ろに下がって壁に身体を預けた。
部屋から漏れる灯りを背にした暗い廊下で陽汰の顔ははっきりとは見えていない。だが、その身体が小さくぷるぷると震えているのは晴斗から見てもわかった。
「ひな兄……」
「……だい、じょうぶ……風呂…行ってくるから……部屋、片付けておいて……」
痛々しく掠れた声でそれだけを告げた陽汰は晴斗のことを一瞬見たが、すぐにふいっと視線を外し、彼を避けるように壁に手を付けながら風呂場へと向かった。
一歩踏み出すごとに後孔から溢れた精液が太腿を伝い、それは廊下にも跡を残していく。自分の中から溢れ出す不快感に唇を噛み締め、全身の痛みに耐えながら陽汰は一人、暗い廊下を歩き続けた。
冷水のシャワーが頭の上から降り注ぎ、身体に付着したいろいろな液体を洗い流した。身体の汚れは流れていったが、その冷たい水は脳を覚醒させ、瞼を熱くさせた。
「……ふっ…ぅっ…」
堪えようとしても涙が次から次へと溢れていき、嗚咽も止まらなくなってしまう。
無理矢理犯されたことへの恐怖も大きかった。だが、それよりもその相手が晴斗だったということが一番のショックだった。
晴斗のことはずっと弟のように思ってきた。それにいざという時は一番頼れる存在であったはずなのに。
脳内から追い出したくても陽汰のことを犯している時の晴斗の姿が何度も繰り返され、その豹変した姿の中には今まで一緒にいた幼馴染の面影は何処にもない。ただ欲望のままに動き、陽汰のことを犯した。
怖くて、痛くて、逃げたかったのに、あんなにも無理やり…。
「……ち、がう…」
ぽつりと呟き、冷たい水が二人の会話の記憶を呼び起こした。
陽汰のことを襲う前、彼は言っていた。
「放っておいて」と。
明らかに様子がおかしかったはずなのに。それを無視してしまったのは陽汰だ。
もしあの時、晴斗の言う通り冷静になる時間を与えていたらこんなことにはならなかったのかもしれない。
「……俺が…悪かった……」
最近の晴斗の様子をよくよく思い返すと小さな変化は確実に現れていた。
陽汰が触れると前よりも過剰に反応するようになっていたし、彼の視線も今までと違うようにも見えていた。だが、それは受験勉強のストレスが引き起こしているものだと思い込んでいた。いや、そう思い込もうとしていたのかもしれない。
「…っ……俺は…お前のことを昔からずっと見てきた、なんて…何っ、偉そうなこと言ってるんだよ……っ…全然、だめ、じゃん…っ…」
シャワーの音に紛れながら涙の混じった震える声が零れ落ちる。
彼を止めるタイミングなんていくらでもあったんじゃないのか、そんな後悔が溢れ、様々なことが脳内を駆け巡っていく。
「……ぅっ…痛っ」
突然、陽汰の思考を遮るようにズキッとお腹の奥が痛んだ。その瞬間、中に射精されたことを思い出す。
今は陽汰の発情期ではないため妊娠の確率は低いだろう。だが、確率が低いと言っても絶対に安心とは言い切れない。
自分はまだ大学を卒業していないし、晴斗も大学受験を控えている。もしこんなタイミングで妊娠なんてしてしまったら…。
大きな不安が襲い掛かり、陽汰は精液を掻き出さなければならないという衝動に駆られ、震える指を後孔に押し当てた。
「ふ、ぅっ…んっ……うぅっ、く…」
ゆっくりと後孔に指を押し入れ、恐る恐る動かす。すると中から粘ついた精液がどろっと溢れて床へと落ちた。
掻き出された白濁の精液の中には僅かながらに血の色も滲んでおり、生殖腔の辺りの痛みがじくじくとひどくなっていく。
自分で中のものを掻き出すという行為と痛む身体に呼吸が荒くなっていき、涙で歪んだ視界が陽汰を再び混乱に陥れていった。
「ゃっ…んっ…はるとっ…どうしてっ…」
生殖腔の奥深くに出された精液を全て掻き出すことなんてできるわけがない。
出しても出しても溢れてくる精液に、いつしか陽汰は力なくペタンと床に座り込んでしまった。
冷たい水が身体を打ち付ける中、顔を上げると風呂場の鏡が目に入る。
そこに映っているのは泣きすぎたせいで目の縁まで赤くなってしまっている自分の姿。そして身体のそこかしこには赤い跡や晴斗に掴まれてできた赤紫色の痣ができている。
白い肌に浮かぶそれらの痕に陽汰はハッとして手のひらをうなじへ当てた。
もし陽汰が気を失っている間にそこに噛みつかれでもしていたら…。
そんな心配が頭を過ったが、幸いにも触った限りではそこに噛み跡はなかった。しかし、少し首を捻ってみると首の側面には赤い跡が残されている。
もしかしたら腺体にも同じように赤い跡が残されているかもしれない。
「……っ」
鏡に映る自分の姿も、お腹の奥に熱いものがまだ残っているような感覚も、それら全てがこれは現実に起こってしまったことだと物語っている。
うなじに噛みつかれそうになった時についた手の甲の噛み跡を見つめながら、冷たい水の中で陽汰は一人涙を流し続けた。
ともだちにシェアしよう!

