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第一部 5章 確率は5%

 夏休みの残りの期間中、陽汰はバイト、晴斗は受験勉強でお互いに忙しく過ごしていた。  晴斗のアルファ化によって引き起こされた出来事があってから最初は少しぎこちなさがあったものの、それは次第に薄れていき、昔のような関係性に戻っていた。  さすがに前のように晴斗が陽汰にむやみやたらに抱きついてくるということはなくなったが、それもしょうがないことだろう。  そして、あの時から明確に変わったことがもう一つあった。 「あれ、そういえばひな兄、最近お酒飲まなくなったね?」 「んー、まぁちょっと禁酒してみようかなって」  あれほど毎晩のように夕飯を作りながらお酒を飲むことが好きだった陽汰がぴたりと酒を止めたのだ。  晴斗が疑問を持つのも当然だろうが、陽汰が軽く返すとそれ以上追及してくることはなかった。  陽汰がちらりと晴斗のほうを一瞥し、彼が特に気にしていなさそうなことに安堵して小さく息を吐き出す。  禁酒などと言ったが、実際は飲めなくなった、と言うほうが正しいのかもしれない。  まだ検査の日までは数日あり、今は本当に妊娠しているのかわからない時期だ。晴斗に余計な心配をさせたくないというのもあるが、陽汰自身も自分の中でまだ整理ができていなかった。  もし、妊娠していたとして自分は産む選択をするのか、それとも堕ろすという選択をするのか。  最初に医師と話をしたときはまだ産むのには早すぎると思っていたはずなのに、日が経つにつれてその考えは揺らぐ一方だった。そのうえ、お腹の奥のほうが痛むことがたまにあり、これが妊娠と関係しているのかはわからないが、お酒を飲む気になんてなれなかった。 「ほら、息抜きの時間は終わり!勉強頑張れよ」 「…うん」  晴斗は促されるまま自室に向かい、部屋に入る直前、リビングにいる陽汰のほうへちらりと視線を向けた。  やっぱり、またあの顔してる……。  晴斗は気付いていた。あの一件以来、陽汰が思いつめたような表情をたまにしていることに。しかし、陽汰が何に悩んでいるのかがわからないうえに、悩みの原因が晴斗である可能性は高い。そんな状態で彼の話を聞く資格が自分にはないことは十分にわかっていた。  晴斗は深い溜め息を吐き、もどかしい気持ちを抱えたまま自室の中へと入っていった。  ◆ 「バイト行ってくる」 「いってらっしゃい…ってひな兄、大丈夫?顔色悪いよ?」  晴斗の指摘に無意識に鞄を掴んでいた手にぎゅっと力が入る。  まさかバレるんじゃないかとドキドキとしながらも陽汰は冷静になれと自分に言い聞かせた。 「大丈夫だよ」 「けど…どうしても休めないの?」 「心配しすぎだって。今日は絶対休めない日なんだよ。じゃあ行ってくるから」 「……うん、いってらっしゃい」  心配してくれる晴斗に嘘をついているという後ろめたさから陽汰はそそくさと家を出た。  その日、実際はバイトなんてなかった。嘘をついてでも外に出なければいけなかった理由、それは病院の予約日だったから。緊張や不安が入り混じり、誤魔化そうと思っても顔色に出てしまっていたようだ。 「はぁ……」  玄関から出た瞬間、詰めていた息を吐き出し、ひんやりと冷たくなっている自身の頬に触れる。そこを軽くペチッと叩き、陽汰は気合いを入れて病院へと向かった。  ◆ 「今日はよろしくね、陽汰くん。まず問診からだけど、最近の体調で変わったこととかある?あと今までの発情期でも何か気になることとかあったかな?」 「最近は、たまにお腹の奥のほうが痛むことがあったのですが、それは少しずつ良くなってきています。今までの発情期でいうと…発情期前に高熱を出すことがたまにあるくらいですかね」 「高熱…それは昔から?」 「はい。成長すれば改善すると言われたのですが、未だに出ることがあって…」 「なるほど…お腹の奥が痛くなっていたのも気になるし、妊娠検査だけじゃなくてちょっと詳しく検査もしようか」  医師の言葉に陽汰はこくりと頷いた。以前、晴斗にも病院でちゃんと診てもらったほうが良いと言われたこともあったし、これは良い機会かもしれない。  更に詳細な問診の後、血液検査、超音波検査、内診を行うこととなった。  血液検査に抵抗はなかったものの、超音波検査と内診にはどうしても緊張してしまう。それが顔にも出てしまっていたようで、医師にぽんぽんと肩を叩かれた。 「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。痛みのない検査だから。もし痛かったりしたら中断するから言ってね」 「はい…よろしくお願いします」  下半身の衣服を脱いで診察台へと座ると、機械の動く音と共に診察台が倒れていく。両脚が広げられていく姿に恥ずかしさもあったが、これは検査なんだ、と自分に言い聞かせて細く息を吐いた。 「じゃあ始めるね。最初は冷たいかもしれないけど、それだけちょっと我慢してね」 「はい…っ」  後孔に潤いを与えるための薬用ジェルが塗られ、ひやりとした細長い器具がゆっくりと中へと入ってくる。  細いと言っても無機質な異物が中に入ってくる感覚にぎゅっと力を入れてしまった瞬間、まるで細い針で刺されるようなチクッとした痛みが走った。 「い、っ…」 「痛かった?」 「い、いえ、大丈夫です…ちょっとびっくりしただけなので…」  そう言いながらも検査前に痛みのない検査だと言われていた分、少し不安になってしまう。そして、陽汰の不安を更に煽るように先程よりも強くズキッとした痛みが襲ってきた。  ディスプレイにはちょうど生殖腔の入口辺りに到達した超音波映像が映し出されている。しかし、素人の陽汰にはそこが正常なのか異常なのかはもちろんわからない。だが、ズキズキとした痛みがあることは間違いなく、徐々に瞳が潤んでいってしまう。  検査で泣いてしまうなんてあまりにも恥ずかしい。  痛かったら中断するとは言われたものの、陽汰はそれを言い出せずにぎゅっと目を瞑った。  無機質な物体が体内を動く感覚に背筋がぞくぞくとし、額には冷や汗が浮かんでいく。 「……」  医師はディスプレイに映る生殖腔の様子を確認しながら眉間に皺を寄せた。  その苦虫を嚙み潰したような表情を患者が見ていたらきっと息を詰まらせていただろう。しかし、倒された診察台の上にいるうえに目を瞑っている陽汰にはその医師の表情を知る術なんてなかった。 「陽汰くん、続けて内診もするからあと少し頑張ってね」 「はいっ…」  超音波検査の器具が取り出され、ほっとしたのも束の間、今度はクスコが後孔に挿入された。  徐々に後孔を広げられていく感覚と、ライトに照らされて内部を見られるという羞恥に握りしめた手の平は汗でびっしょりになっている。 「少し触るよ。痛かったら言ってね」 「は、い…ッ」  ゴム手袋をした医師の指が状態を確認するように内壁を押していく。器具を入れられた時のような痛みはなかったが、それでも僅かな痛みと圧迫感があり、知らず知らずのうちに息を止めてしまっていた。 「陽汰くん、もう少しだから。ゆっくり深呼吸して、力抜いて」 「ぅ…は、い…」  医師の柔らかい声に従い、ふぅーっと息を吐き出す。  陽汰の力が抜けたところを見計らい、医師は素早く状態の確認と粘膜の採取を終わらせた。 「よし、内診はこれでおしまい。よく頑張ったね」  その言葉に全身の強ばりが解け、予定していた全ての検査が終わったことにホッと一息つく。  検査がこんなにも大変なものだったとは。これもオメガの背負った運命なのかと思うと溜め息を吐かずにはいられないというものだ。  検査結果を聞くのはまだ少し怖いが、これだけしっかり診てもらえたのなら結果に間違いはないだろう。 「陽汰くん、申し訳ないんだけど、あともう一つ検査させてもらっても良いかな?」 「はい、大丈夫ですけど…何をやるんですか?」 「MRI。検査着に着替えて横になっててくれれば済む検査だから身体に負担はないよ」 「はい、わかりました」  素直に頷きながらも陽汰は少し疑問を感じた。  MRIをやるのならば何故最初の段階でそれを言わなかったのだろう。もしかして、さっきの検査内容に何か異常があったのか?  ちらりと見た気さくな医師の表情は最初の頃と何ら変わりが見られない。これはただ単に最初に言うのを忘れていただけ、と思っていいのだろうか…。  MRIは医師の言った通り、ただ横になってじっとしてれば良いだけのものだった。だが、その機械の中はあまりにも煩く、時間が過ぎるのがとても長く感じる。何か考え事をしようにも音に思考を邪魔されたため、陽汰はぼーっと上を見つめるしかなかった。  ある意味、余計なことを考えずに済んだからこれはこれで良かったのかもしれない。 「陽汰くん、お疲れ様。結果出たよ」 「はい…お願いします」  とうとう結果が出てしまったことに陽汰は覚悟を決めてごくりと唾を飲み込む。  どんな結果が出ようともそれが現実なんだ。受け入れなくてはいけない。  ドキドキと心臓の音が早まる中、医師の静かな声が告げた。 「妊娠は、していない」  一瞬、周りの全ての音が消えたような気がした。  医師の言葉を脳内で何度か繰り返し、なんとかその意味を理解する。  妊娠していなかった。ここには何もいなかった。 「……そう、ですか…ははっ…良かったです…」  まだ早すぎると思っていたんだから、この結果は嬉しいはずだ。なのに、手のひらにあったものが、さらさらと指の隙間から落ちていってしまったような寂しさが広がっていく。  腿の上に置いた両手をぎゅっと握り締め、視線を落としていると一枚の紙が目の前に差し出された。そこには様々な数値が並べられており、一目見ただけではそれが何を意味しているのか全くわからない。 「これ、見ただけじゃ何かわからないよね」 「はい…」 「ちょっと酷な話をするけど……君は妊娠しにくい身体だったんだ」 「え…?妊娠しにくいって…それってどういう…」  医師の言った言葉がすぐには飲み込めず、視線が医師と差し出された紙の間を彷徨う。  今すぐに妊娠するのは困るとは思っていた。だが、そもそも妊娠しにくい身体だったとは…? 「今の状態では君が妊娠する確率は5%くらい、かな。生殖腔に少し問題があってね、昔から高熱が出ていたっていうのもこれが原因だったんだよ。治療してみればもしかしたら妊娠する確率は上がるかもしれないけど、それも治療を始めてみないことにはなんとも言えないんだ」 「……そう…ですか…」 「うん、あとお腹の奥のほうが痛かったって言ってたけど、それは強い力で押されたことと裂傷があったことが原因だった。ただこれはもうほとんど治っていたから心配することはないよ。妊娠しにくいっていうのもこれが引き金になったわけじゃないから」 「…はい」  きっと医師がそう言ってくれたのは、前回の無理矢理の行為のせいで妊娠しにくくなったわけではないと伝えたかったのだろう。  もし、あの行為のせいで陽汰が妊娠しにくい身体になっていたとしたら、晴斗はそれを知った瞬間に自責の念に駆られてしまう。そして、陽汰自身だけでなくお互いの両親も晴斗を責めざるを得ない状況になってしまうところだった。 「陽汰くん、大丈夫?」 「…はい…大丈夫、です…全然、平気なので…ありがとうございました」  震えそうになる唇をぎゅっと噛み締め、医師に向けていた視線を検査結果の用紙へと落とす。  さっきよりも霞んで見えるその数字たちは、まるで陽汰のことを弄んでいるようだった。  ただの数字なのに、それがこんなにも現実を突きつけてくるなんて。  喉が詰まる感覚、そして瞼がじわりと熱くなり、鼻の奥がツンッと痛んだ。 「……今はまだ若いし、治療するとしたら相当なお金がかかる。もし必要になったらいつでも頼ってね」  親身になってくれる医師に感謝し、検査結果の詳細な説明を受けた後、陽汰は会計を待ちながら待合室でぼんやりとスマホを弄っていた。  時間つぶしに何気なくMRIのことを検索すると、妊娠初期段階でのMRI検査は基本的に受けられないと書いてあるのが目に入る。だから、医師は超音波検査で妊娠していないのを確認したのと同時に生殖腔の異常も見つけ、MRIを受けるように言ったのだ。その場で言わなかったのは、超音波検査だけで生殖腔の異常を確定させるわけにはいかなかったのだろう。  今すぐに妊娠していなかったことは本当は喜ぶべきことだ。だが、今後も妊娠する可能性が低く、しかも5%しかないなんて。  そっとお腹の上に置いた手をぼんやりと見つめる。  それはここ1ヶ月で癖になってしまった行動だった。ここにもしかしたら新しい命がいるかもしれない、そう思って優しく触れていた。 「……ッ」  今まで、すごく子どもが欲しいと思ったことはなかった。だけど、自分はオメガなんだからいつかは子どもを作るんだろう、と漠然と思っていた。  両親のように良いパートナーを見つけて、子どもができて、その子どもには晴斗みたいな仲の良い幼なじみもいる。そんな幸せな未来が待っていると。  晴斗みたいな……。  彼のことを考えたら夢で見た光景が頭を過った。陽汰の妊娠を二人で泣いて喜ぶ夢。だが、所詮夢は夢。あれは自分には訪れない夢の中だけの話だったんだ。  ……無理やりの行為で、嫌で、怖かったはずなのに。  心のどこかでは彼との未来を少なからず願っていた自分もいたことに気付く。しかし、それは足元から音を立てて崩れ落ちていく運命だったのだ。 「東条さーん、お待たせしました」 「…はい」  会計を終え、空調の効いた病院から外に出ると空は夕焼けでオレンジ色に染まっていた。  まだ夏の暑さが残る気温は冷えた身体をすぐに熱くさせていき、白い頬がほんの僅かに赤くなる。その熱い空気を胸いっぱいに吸い込み、ゆっくりと吐き出した。  自分はもっと強い人間だと思っていた。何が起こっても自分の努力次第で上手くいくはず。そう思っていた。だけど、医師から告げられた言葉は想像以上に重くのしかかり、それはまるでお前はオメガとして出来損ないだと突きつけられたようだった。  9月初旬の雲ひとつない夕焼けの中、陽汰の頬には一筋の涙が流れた。  ◆ 「あ、ひな兄、おかえり」 「ただいま…って急に料理なんてどうした?」  陽汰が帰宅すると珍しく晴斗がキッチンに立っていた。  普段、料理を担当しているのは陽汰だったため、熱や発情期の時でない限り晴斗がこうやってキッチンに立つことはほとんどない。そんな彼の前にはカレーがコトコトと煮込まれており、家に入った瞬間から食欲を刺激するスパイスの香りが漂っていた。 「朝、体調悪そうだったから代わりに作っておこうと思って。それより大丈夫?顔赤くなってるけど熱でもあるんじゃない?」 「外が暑かっただけだから大丈夫。夕飯ありがとな。ちょっと部屋で休んでくるからそれできたら呼んで」 「うん、あれ…?」 「どうした?」  今一瞬、ひな兄のフェロモン…?金木犀みたいな匂いがしたような…。  すんっともう一度嗅いでみるが、香ってくるのはカレーから漂う強いスパイスの匂いだけだ。陽汰の様子も顔が少し赤いくらいで、朝の青白かった顔よりはまだマシに見える。  やっぱり気のせいだった…? 「晴斗?」 「あ、いや、なんでもない!」  きっと気のせいだ。晴斗と違って普段の陽汰はフェロモンが駄々洩れになることなんてなかったはず。泥酔した時はその制御ができなくなることもあったが、今は至って普通なのだから大丈夫だろう。  苦笑いを浮かべると、陽汰は首を傾げながらも特に気にした様子もなく振り返って晴斗へ背を向けた。 「ッ…!」  その後ろ姿を見た瞬間、ぎゅっと心臓を掴まれるような感覚が晴斗のことを襲った。全身に一気に血が駆け巡り、目までもが血走っているかの如く熱くなっていく。  陽汰の後ろ姿はいつもと変わらないはずなのに、服の上からでもわかる細い腰や髪の隙間から見える白い首筋がまるで誘惑しているように見えてきてしまう。  バクバクと鼓動が早まり、衝動に任せてその身体を抱きしめ、押し倒し、己の欲望を突き立てたいという気持ちが湧き上がってくる。 「くっ…」  ギリッと唇を噛み締めながら視界を遮るように右手で目頭を押さえつけた。しかし、瞼の裏に彼の後ろ姿が焼き付いてしまったかのように先程の光景が離れず、金木犀の香りまで漂っているような気がしてしまう。  もう陽汰を怖い目に合わせたりしないと心に決めた。それなのに彼の姿をこんな風に見てしまうなんて。  陽汰の姿を脳内から追い払うように晴斗は視線をすぐさまカレーへと向け、そこから立ち上るスパイスの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。  刺激のある香りが甘い誘惑を覆い隠し、煩い程に鳴っていた心臓の音も次第に落ち着きを取り戻していく。  陽汰は晴斗が邪なことを考えているとは露とも知らず、カレーの匂いを背に気怠げに自室の中へと入っていった。 「はぁ……」  外の暑さのせいなのか熱中症になったかのように頭がぼんやりとする。  部屋に入るとすぐにぼすんっとベッドへと倒れ込み、そのままひんやりとしたタオルケットを抱え込んでベッドの上で丸くなった。  晴斗にはよく猫みたいだと言われるが、この寝方が一番安心できるし落ち着くのだ。暫くこうやって横になっていれば暑さで火照った身体も次第に落ち着くはず。 「……ん…っ…?」  ……何かがおかしい。  いくら外が暑かったとはいえ、冷房の効いた室内に入って大人しくしていれば熱は引いていくはずだ。だが、むしろさっきよりも身体の熱が上がっている気がする。  ドキドキと心臓の鼓動の音が耳の奥で鳴っているような感覚に嫌な予感がする。  そういえば外が暑いせいだと思っていたが、病院を出た辺りから感じた火照り方は外気温のせいではなかったような気もする。あの時は妊娠のことについてぐるぐる考えていたため、あまり気に留めていなかったが、この火照り方には馴染みがあるじゃないか。 「…ッ!」  ドクッと脳が脈打ち、喉がカラカラに乾いていく。  いつもならばこの症状が出る前に高熱が出ていたため、それがかえって備えには役立っていた。だが、今回に限っては高熱が出ることなくきてしまったようだ。  身体の奥から熱くなっていく感覚にじわりと汗が滲み、フェロモンの香りが一気に強くなる。  このままじゃまずい。扉の向こうには晴斗がいるんだ。  発情期中のオメガとの接触はアルファの発情も促してしまうと聞いたことがある。それは、どんなに理性的なアルファであっても暴力的なまでの性交をしてしまうとも。  ……ダメだ。この状態で晴斗と接触するわけにはいかない。  陽汰は慌ててベッドから立ち上がり、いつも抑制剤を入れている引き出しを開けた。しかし、そこで目にしたのは―― 「な、んで…」  空っぽの引き出しを前に、掠れた声が零れ落ちる。  いつもならそこに抑制剤のストックがあった。しかし、前回の発情期の時に使い切ってしまったうえに、晴斗のアルファ化や妊娠のことを心配していたせいで買い足すのをすっかり忘れてしまっていたのだ。  頭の中が真っ白になり、その場にぺたりと座り込む。  フェロモンの香りはますます強くなっている。こんな状態で外に買いに出ることなんてできるわけがない。  トンッ、トンッ 「ッ…!」  バッと扉のほうへと振り向く。その扉はまだ開かれてはいない。しかし、その先には間違いなく彼がいる。  アルファの――晴斗が。 「ひな兄、ご飯できたよ」

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