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第一部 6章 ぎゅってして

「ひな兄?大丈夫?」  扉の外から晴斗の心配する声が聞こえてくる。その声に「大丈夫だから入ってきちゃダメだ」と答えなければいけない。頭ではそう思っているのに身体は別の欲望を示していた。  抱かれたい。  こんなこと思っちゃダメなのに。  理性では抑えきれないオメガの本能が、扉の向こうにいるアルファに支配されたがっている。 「だ、め…だめ、はると…」  これは今までの発情期とは明らかに違う。  これまでももどかしい熱に襲われることはあったが、抑制剤がなかったとしても一人で耐えることができる程度だった。だが、今回は自分一人では対処できないほどに身体がアルファの熱を欲し、奥深くまで埋め尽くされたいと訴えている。 「ひな兄?入るよ?」  晴斗が入ってきてしまう。このオメガフェロモンが溢れる部屋の中に。  早く、彼に返事をしなければいけないのに。  息が乱れて扉の向こうまで届く声を出すことができない。 「…は、ぁっ…入っちゃっ…だめっ…」  ガチャと扉が開かれる音が響いた。  陽汰はその音の方向を力なく見つめることしかできず、首筋から汗が流れ落ちていく。そして、そこに現れたアルファの姿にドクンッと心臓が大きく脈打った。 「ひな、ッ…!」  晴斗の視界にまず飛び込んできたのは床に座り込む陽汰の姿。そして、一拍も置くことなく部屋に充満したフェロモンの香りが全身を包み込んだ。  その香りはあまりにも危険な誘惑に満ち溢れている。アルファの本能を強制的に引き摺り出してくるようなオメガのフェロモンが晴斗の身体をカッと熱くさせた。  このままここにいたらマズい。また陽汰を襲ってしまうかもしれない。  晴斗は即座に危険を察知してその扉を閉めようとした。だが、床に座り込む陽汰の様子に一歩後ろに引いた足が止まる。  そこにあるはずのものがない。  抑制剤を使ったのならその空が絶対に近くにあるはずなのに、陽汰の手にも床にも落ちていないのだ。  まさか抑制剤を使っていない…? 「くっ…」  誘惑に負けそうになりながらも晴斗は陽汰の座り込んでいる引き出しの傍へと駆け寄った。  陽汰はいつもここに抑制剤をしまっていたはずだ。 「えっ…」  中には何も入っていなかった。  その瞬間、陽汰が何故抑制剤も使わずに床に座り込んでいたのか合点がいった。  彼も抑制剤があると思って引き出しを開けたんだ。だけど、そこには何も入っていなかった。 「…はる、と…だめ…」  陽汰は焼き切れそうになっている最後の理性の中、戦っていた。  早く晴斗から離れなくては。彼を外に出さなければ。  だが、その理性も発情期中にアルファが傍にいるという状況に勝てるわけなんてなかった。  震える指は傍にいる晴斗のズボンを掴んでしまった。  涙で歪んだ視界の中、顔を上げるとそこにはただの幼なじみではない、アルファとしての晴斗がいた。その瞬間、陽汰の理性は完全に焼き切れてしまった。 「はると…ほしい…」 「ッ…だめ、だよ…ひな兄…っ」  晴斗はあの時ベッドの上で気を失ってしまった陽汰の姿を必死に思い出そうとしていた。  もう二度とあんなことはしちゃいけない。陽汰のことは絶対守らなきゃいけないんだ。あの光景を思い出すことが、自戒に繋がるんだ。そう何度も繰り返そうとした。だが、次に脳内に浮かんできたのは、自分の下で喘ぐ陽汰の姿だった。  自分の動きに翻弄される陽汰。奥を突けば愛液を溢れさせてきゅうきゅうと締め付けてくる陽汰。 「はると…」 「ッ…ひな、兄ッ…」 「はると…おねがい、はやくっ…はるとが、ほしいっ…」  熱を帯びた声音と魅惑的な金木犀の香りが晴斗の思考を覆っていく。冷房が効いているはずなのに室内はますます温度が上がっている気がして、それが余計に前回のことを思い起こさせた。 「ねぇ…はると…だめ…?」  上目遣いで見つめてくる陽汰の瞳は潤み、目尻は少し赤くなっている。彼から香るフェロモンが更に濃くなると共に晴斗の森林の香りのフェロモンも誘われるように強くなっていた。  爽やかさと甘さが混ざりあう中、ここで完全に理性を失ったら前回の失敗を繰り返してしまうことになる。それだけはダメだ。冷静になれ、と必死に脳内で繰り返す。 「…ひな兄っ…抑制剤、買ってくるから」 「え……」  晴斗の言葉に陽汰が目を大きく見開いた。その瞳に浮かんでいた涙が堪えきれずに頬を伝い落ち、彼は俯いて首をふるふると横に振った。 「……っ…なんで…やだよ…はると……いかないで…一人にしないで…たすけて…」  涙ながらに助けを求める陽汰の姿に胸がぎゅっと締め付けられる。  オメガの発情期がどれほどツラいものなのか晴斗にはわからない。だが、陽汰が発情期中にこんなにも苦しそうに助けを求めてくるのは初めてだった。そして、その姿はアルファの支配欲を刺激し、身体中の血液を沸騰させ、抗えない本能を剥き出しにしようとしてくる。 「くっ…」  どんなに耐えようとしてもアルファとオメガという本能には逆らえない。だが、そんな中でも晴斗は千切れそうになる理性をギリギリ保つように言葉を絞り出した。 「っ……優しく、するから…痛かったり、嫌になったらすぐ言って」  晴斗は陽汰を抱き上げ、その身体をベッドへと降ろした。すると、陽汰はもう待てないとばかりに躊躇することなく、自ら着ていた服を全て脱ぎ捨てていく。  前回はTシャツを着たままだったが、今、一糸纏わぬ姿になった陽汰の身体に、晴斗の心臓はバクバクと煩いほどに鼓動を早めていた。  発情期の影響で白い肢体はほんのりと赤くなっており、薄く色付いた胸の突起はピンッと立って存在を主張している。全身にしっとりと汗を掻いた姿が色っぽさを際立たせ、その姿に思わず見とれてしてしまう。 「…はると」  陽汰はベッドの上で中途半端な姿勢で座ったまま硬直している晴斗のことを跨いだ。そして彼の肩に片手を置き、もう片方の手を自身の後孔へと持っていく。  そっと指で触れると、そこはすでに愛液でぐっしょりと濡れており、つぷっと指を差し込むといとも簡単に飲み込んだ。 「んっ…ぁっ…」  まさか陽汰が自らこんなことをするとは想像もしておらず、晴斗は喉をごくりと鳴らした。  陽汰が膝立ち状態で跨っていることで晴斗の目の前には薄紅色の突起が動きに合わせて小さく震えている。その美味しそうな果実の誘惑に、そっと舌を這わせてみた。 「あっ…!」  陽汰の身体がビクンッと跳ね、晴斗の肩を掴む手にぎゅっと力が入る。その反応に、晴斗は更にその突起に舌を這わせた。乳輪のみをねっとりと舐めると陽汰は物足りないとでもいうように小さく首を横に振り、乳頭を軽くカリッと噛むとビクッと身体を震わせる。 「はる、とっ…ひ、ぁっ…!」  硬さを増した乳首を舌でころころと転がし、一度きゅうっと強めに吸い上げてから唇を離す。するとそこは薄紅色から濃い桃色へと色を変え、晴斗の唾液を纏っててらてらと輝いていた。  少し腫れ上がったその先端を舌先でツンっとつつくと、敏感になった身体は逃げるように後ろへと下がろうとする。 「いや?」 「い…や…へんな、かんじ…んっ、あぁっ!」  陽汰の背中に手を回し、逃げた身体をぐっと近づけさせる。そして先程よりも強く乳首を吸い上げた。 「ゃ、あぁっ…そこっ、だ、めっ…ひぅっ!」  乳首に与えられる快感に我慢できなくなったのか、後孔にあった手も晴斗の肩へと置いてそこをぎゅっと掴んだ。  軽く乳首に歯を立てながら陽汰の指が抜けた後孔に指を這わせる。するとそこは愛液で十分なほどに濡れており、指を一本差し込めばもっと欲しいと言わんばかりにきゅうきゅうと締め付けてきた。二本目の指も難なく差し込み、内壁の柔らかさを堪能していく。  晴斗の骨ばった長い指がある一点を擦り上げた瞬間、陽汰は大袈裟にビクンッと跳ね、指の締め付けを強くした。 「ここ、好き?」 「ゃ、あっ…だ、めっ…それ、おかしくなっちゃっ…あ、ぁっ」  ぐりぐりとその場所を押し上げると晴斗の腕の中の身体がびくびくと痙攣し、ダメだと言いながらも声には快感の色が混ざっている。 「このままイく?」 「や、ゃだぁっ…指、ゃあっ…はる、とっ…んっ…ちょぅだいっ…はるとのがっ…ほしいっ…」  熱に浮かされた身体はもう我慢できなくなっていた。  指じゃだめ。早く、晴斗のもので奥まで埋めつくしてほしい。 「ひな兄、可愛いね…」  いつもは見れない素直な反応に、つい本音が漏れてしまう。しかし、陽汰はそんなことを気にしている余裕はないようだった。  ずるっと二本の指が一気に引き抜かれると、もう我慢の限界だとでも言うように晴斗のズボンと下着に手をかけた。それをずらすとそこにはすでに十分に勃起した陰茎があり、陽汰はその上にすぐさま腰を下ろそうとしたのだが。 「待って、ひな兄!」 「…なんで…」  不満そうな陽汰の様子に流されそうになったが、晴斗はぐっと堪えてベッドサイドの引き出しを開けてコンドームを取り出した。  前回のことがあった後、またあんなことが起こる可能性がゼロではないという話をし、念のため互いの部屋にコンドームを置いておくようにしていたのだ。  晴斗が外装のビニールを外していると、その音に紛れるように陽汰が小さくぽつりと呟いた。 「……いい」 「え?」 「付けなくて、いい…」  陽汰の言葉に一瞬耳を疑ってしまう。前回は陽汰が発情期ではなかったこともあって妊娠しなかったのだろう。しかし、今は陽汰が発情期中だ。いつもよりも妊娠する確率が上がっているのにアルファである晴斗が中出ししてしまったら確実に妊娠してしまう。  きっと彼は今、発情期のせいで理性を失っている。ただ本能で中に出されたいと思ってしまっているだけだ。  晴斗は自分の理性がまだ残っていて良かったと小さく息を吐き、陽汰の瞳をしっかりと見つめた。 「ひな兄はそれでいいの?妊娠、してもいいの?」 「……」  陽汰は何か言いたげに口を開きかけたが、結局は何も言わずに口を噤んだ。 「ひな兄…?」 「……」  晴斗はコンドームの袋を開けようとしていた手を止めた。  本当にこれで良いのか?もしかして、ひな兄は本当は怖いと思っているんじゃないのか?ここで止めたほうが良いのでは? 「ひな兄、やっぱ止め…」 「やめない」  食い気味に言った陽汰は晴斗の手からコンドームを奪い取った。そして、細長くて綺麗な白い指が、恐ろしいほどに勃ち上がって血管を浮き上がらせている赤黒い陰茎に触れる。 「ッ…」  それは晴斗に目眩を感じさせるには十分過ぎるほどに刺激的な光景だった。  そのまま見続けていたらそれだけで達してしまいそうで、晴斗は陽汰から視線を逸らすように天井を見上げて自分を落ち着かせようとする。  陽汰の指がくるくるとゴムを下ろしていくのを感じていると指の動きが止まった。付け終わったのだろうと思い、陽汰のほうへと視線を戻すと、彼は眉尻を下げ、今にも泣き出しそうな顔をしている。 「はると…」 「ん?」 「…ぎゅってして」  普段は絶対言わないような陽汰の甘えた姿に、晴斗は危うくその場に彼を押し倒してしまいそうになった。その衝動をギリギリのところで堪え、両腕を広げると陽汰はそこにぎゅっと抱きついてきた。  陽汰の汗ばんだ熱い身体が晴斗のTシャツ越しにも伝わってくる。すると、肩に顔を埋めた陽汰がぽつりと呟いた。 「……寂しかった」 「え…?」 「……最近…前みたいに、こうやってくれなかったから…」  少し涙交じりの陽汰の言葉に晴斗が彼の顔を見ようとしたが、顔を埋めているためその表情を見ることはできない。  晴斗はこんな状態で聞くのも卑怯かもしれないと思いながらもずっと気になっていたことを尋ねてみた。 「ひな兄は…俺が触るの嫌じゃない…?」 「……嫌…じゃない……もっと、触って……はると、ほしい…」  その言葉は発情期だから出た言葉なのか、それとも本心からの言葉なのか。  どちらとも取れる状況に、やっぱり今聞くべきじゃなかったと僅かながらに後悔していると陽汰が身体を起こした。そして、自ら晴斗の陰茎を片手で支え、そこに向かって腰を下ろしていく。 「んっ…あっ…ぁっ…」 「ッ…」  耳元で聞こえる陽汰の吐息と甘い喘ぎ声に晴斗は強く突き上げたい衝動に駆られた。しかし、自分が動いたらまた陽汰をめちゃくちゃにしてしまう。動いちゃだめだと自分に強く言い聞かせる。  何度も陽汰のフェロモンに誘惑されそうになりながらも鋼の意志で耐えていると、奥まで陰茎を飲み込んだ陽汰が耳元で吐息混じりに呟いた。 「んっ…はいったよ…はると…」  愛おしい人を呼ぶようなうっとりとした声色。これは発情期のせいだと思いながらも本当の恋人同士だと錯覚してしまいそうになる。  本当の恋人同士だったらここで唇を重ね合わせ、愛を囁きあったりしていたのかもしれない。だが、陽汰は唇を重ねてくることも、愛を囁くこともなかった。  彼は熱で浮かされた瞳を晴斗にむけ、腰を上下に動かし始めた。  発情期の影響で生殖腔がいつもよりも下がってきているうえに愛液の量も前回とは比べ物にならないほど多い。結合部からぱちゅぱちゅと鳴る水音が快感を更に煽っていった。 「あっ、ぁっ…ん、ぁっ……」  陽汰の動きは決して上手いとは言えなかったが、不器用ながらにも快感を追い求める姿は晴斗を刺激するには十分だった。ずくんっと下半身に熱が溜まり、陰茎が更に硬く大きくなる。 「んぁっ…!は、るとっ…おっきぃっ…あ、あっ」  そう言いながらも陽汰の動きは止まらなかった。  半分開いた口から覗く赤い舌、晴斗によって色付けられた乳首、二人の間でぴくぴくと震える淡い桃色をした陰茎。その亀頭は体温の高まりを表すように赤くなり、収縮する狭い穴からは透明な液体が溢れて陰茎全体を濡らしている。陽汰の白い肌はそれらの色をより一層際立たせていた。  晴斗は手を伸ばし、陽汰の熱くなった頬に触れた。潤んだ瞳と目が合い、軽く微笑んだあと彼の耳元へと唇を寄せる。 「ひな兄、すごい、えっちだね…」 「ひっ、あぁっ…!」  晴斗に低い声で囁かれた瞬間、陽汰の腰に痺れが一気に走り、びゅくっと精液を飛ばしてしまった。  晴斗自身もまさかそれだけで陽汰がイくとは思わず、腕の中にいる陽汰の表情を伺うと彼は顔を赤らめながら、はーっはーっと荒い呼吸を繰り返している。  長い睫毛についた雫と唇に僅かについた唾液が妙な色気を出しており、それが晴斗の嗜虐心を煽った。 「ひな兄、えっちって言われてイっちゃったの?」 「ち、がっ…ひぅっ!」  晴斗の指が尾骨の辺りをツーッと撫でた。そこを撫でられただけで身体中の全神経を刺激されたかのような痺れが走り、中に入っている陰茎をぎゅうぎゅうと締め付けてしまう。  いやいやと首を横に振るが、意地の悪いことに晴斗は何度も尾骨の辺りを指で撫でてきた。 「ここ、だめ?」 「…だ、め……んっ、ぁっ!」  だめだと言ったのに背骨から尾骨に向かって指先で撫でられ、甲高い喘ぎ声が上がってしまう。  その反応に、陽汰のダメだというのは「気持ち良すぎてダメだ」の意味だと晴斗は確信した。 「ひな兄、もっと素直になって。そうしたら、たくさんあげるから」 「たくさん…?」 「うん、たくさん」  いつもの陽汰だったら恥ずかしくて絶対素直にならなかったところだろう。だが、今は発情期のせいでしっかりと頭が回っていない。ただ満たしてほしい、その本能だけが強く働いている。  陽汰は晴斗に抱きつき、耳元で吐息混じりに囁いた。 「んっ…きもちぃから…はるとの、いっぱいほしい…」  その言葉を合図に晴斗は下から激しく突き上げ始めた。 「あ、あぁっ!はるっ、ん、ぁっ!」  肌と肌がぶつかる音と結合部の水音が激しく鳴り響き、お互いのフェロモンが空気中に充満していく。  内壁を擦られ、生殖腔を突き上げられ、陽汰の瞳には涙が浮かんだ。  痛みが強かった前回とは違い、今回は快感だけが襲い掛かってくる。晴斗に触れられた場所、呼吸、声、その全てが気持ち良い。  気が付けば晴斗の腰の動きに合わせるようにして陽汰自身も腰を揺すっていた。止められない腰の動きに再び絶頂感が襲いかかってくる。 「ぁあっ、またっ、イっ…あぁっ!」  ビクビクッと身体が跳ね、先ほどよりも薄くなった精液がピュッと二人の間に飛び散る。  射精中も晴斗の抽挿は止まらず、それは精液を強制的に押し出されているような感覚にさせた。 「ひな兄っ、気持ちいい?」 「んっ、ぁっ、きもちぃっ…きもちぃっ、はるとっ、あ、ぁぁっ!」 「くっ…」  ガクガクと全身が震え、ぎゅうっと内部を締め付ける。それと同時に晴斗の陰茎がドクドクと脈打ち、コンドーム越しに射精したのを感じた。  一枚のゴムの壁に阻まれた精液は陽汰の生殖腔を満たすことはない。だが、それでも今こうして身体を抱き締めてくれる晴斗の体温は一時的でも陽汰のことを満たしてくれた。 「は、ぁっ…はぁ…はると…」 「んっ…陽汰…」  ……あれ…今、名前…。  いつもと違う呼び方、どうしてその名前で呼んだの?そう問いかけようとしたが、再び身体の奥からずくんっと疼く感覚が襲ってきてしまった。 「ぁっ…んっ、はるとっ、ごめっ…まだっ…ぁあっ」 「うんっ…」  発情期の熱は収まるどころか更に燃え上がるように増していく。身体の奥がもっとアルファの熱を欲している。  まだ足りない。もっとちょうだい。  陽汰の気持ちを表すようにフェロモンが強くなり、それは晴斗を誘惑した。  森林と金木犀のフェロモンが混じり合う室内、二人はそのあと何時間も求め合った。  陽汰が目を覚ました時、彼はベッドの中で晴斗の腕に抱かれて寝ていた。  晴斗の温もりと香りが、このままずっとここに居たくなるような安心感を与えてくれている。だが、意識がはっきりしていくにつれて現れたのは罪悪感だった。それはじわじわと心に広がっていき、瞼に熱が集まっていく。  身体が小さく震え、堪えられなくなった雫が赤くなった目尻から零れ落ちた。 「ふっ…ぅっ…」 「ひな兄…?どうしたの?」 「…はる、とっ…ごめっ…ごめんねっ…」 「どうして謝るの?ひな兄は何も悪いことしてないよ?」  優しい晴斗。その優しさを使ってこんなことに付き合わせてしまった。本当は一人でどうにかしなきゃいけなかったのに。 「…ぅっ…おれがっ…おめが、だからっ…こんなことっ…させちゃって…ぅ、っく…ごめっ…」 「ひな兄、謝らないで。ひな兄がオメガだって何も悪いことじゃないんだよ」  オメガにとっての発情期はほぼ確実に妊娠できる期間。普通のオメガなら必要なもの。  じゃあ、妊娠する可能性がほぼないに等しい自分にとって発情期とは…?晴斗にただ迷惑をかけるだけ…? 「…ごめっ…ひ、っく…ごめん…」 「ひな兄、大丈夫、大丈夫だよ」  涙が止まらなくなってしまった陽汰のことを晴斗は抱き締めた。  ぽんぽんと優しく背中を叩いてくれる彼の温もりにこのままずっと甘えたくなってしまう。けど、それはダメなんだ。  晴斗は……ずっと一緒にいた、幼なじみ…弟みたいな存在…そして大切な存在。  彼の未来の幸せのためにも、これは手放さなければいけない温もりなんだ。

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