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第一部 7章 好きになっちゃダメなの?

 陽汰の発情期が終わり、いつも通りの日々に戻った9月中旬のある日。  晴斗が勉強の息抜きがてらリビングでスマホを弄っていると、玄関からガチャと扉が開く音と共に廊下をどたどたと走る音が響いてきた。そして、晴斗がソファから立つ間もなく、走ってきた身体が晴斗の上へとダイブしてくる。 「ひな兄ッ!?」  まるで猫のように飛び込んできた陽汰に驚いていると、彼のその身体からは最近嗅いでいなかった酒の匂いが漂ってきた。  普段冷静な陽汰がこんな奇妙な行動をしたのは酔っ払っているせいだったのか、と納得はしたが、彼は少し前に禁酒すると言っていたはずだ。 「晴斗ー!ただいま!」 「おかえり…ひな兄、禁酒は?」 「んー?禁酒は終わった!俺は健康体だからな!」 「何それ?そんなこと言って飲み過ぎたら身体壊すよ?」 「へへ~」  陽汰の上機嫌な様子に自然と晴斗の顔にも笑みが浮かんでくる。  最近、思い詰めた表情をよくしていた陽汰がこんなにも無邪気にけらけらと笑っているのを見ると、それがお酒のおかげであってもつい嬉しくなってしまうというものだ。  膝の上でうつ伏せになって足をぱたぱたと揺らしていた陽汰が突然ごろんとひっくり返って仰向けになった。  天井のライトを映した瞳はキラキラと輝いており、その僅かに弧を描いた目はまるで悪戯を思いついた子供のようにも見える。 「はるとぉ」 「ん?」 「手、ちょうだい」 「手?いいけど」  陽汰の前に手を差し出すと彼はその手首を掴み、迷わず自身のお腹の上へと押し当てた。薄いTシャツ越しに少し汗ばんだ体温が感じられ、思わずドキリとしてしまう。 「どう?」 「どう…って何が?」 「膨らんでる?」  彼の質問の意図はわからなかったが、確かにいつもは細すぎて心配になるくらいのお腹が今はぽっこりと膨らんでいる。 「うん、膨らんでる。珍しいね、そんなにたくさん食べたの?」  その返答に満足したようで、陽汰はニコニコしながら晴斗の手をパッと解放した。 「そう。もうお腹いっぱい。妊婦さんみたいでしょ?」 「妊婦さんだったらこんなお酒飲んじゃだめでしょ」 「ははっ、じゃあ俺は妊婦さんにはなれないなぁ…」  お腹を撫でながら呟いた陽汰の声が何故か寂しげに聞こえ、表情も少し沈んだように見える。 「ひな兄?」  首を傾げながら問いかけると突然バッと彼が起き上がった。その勢いで陽汰の顔を覗き込んでいた晴斗に激突しそうになったが、晴斗は間一髪のところで頭を後ろに下げた。 「晴斗!その格好!まだ風呂入ってないだろ!早く行ってこい!」  シッシッと手を振る陽汰からはさっきの沈んだ様子は完全になくなっている。ころころと変わる酔っ払いの謎めいた言動に晴斗は苦笑いを浮かべた。  さっき一瞬落ち込んだように見えたのも酔っ払ってるせいで思考が一時停止でもしてたのかもしれない。 「わかった、わかった。行ってくるからここで寝ちゃわないようにね?」 「任せとけ~」  ふにゃふにゃと答える陽汰に晴斗は深く考えることを止め、促されるまま風呂場へと向かった。 「……」  風呂場の扉が閉まったことを確認した陽汰は再びソファにごろんと転がって天井を見つめた。  先ほど晴斗に触れられたお腹にまだ温もりが残っているような気がして、そっとその場所に触れる。 「…はぁ……何やってんだろ…晴斗に触らせたって…いないし…できないし…」  エアコンの風が肌に当たり、身体が冷えるのと共に思考も徐々に冷静さを取り戻していく。  さっきは酔っ払っていたせいでつい変なことをしてしまった。きっと酒を飲んだのが久しぶりだったせいでこんな突拍子もないことをしてしまったんだ。  妊娠していたらどうしようかと思って酒を止め、検査後もなんとなく飲まない日々が続いていた。だが、もうその必要はない、そう思ったら久々の飲み会で飲み過ぎてしまった。 「はぁ…」  ごろっと横向きに転がり、身体を丸めて目を閉じる。  エアコンは適温に設定されていたが露出した肘下に少し寒さを感じ、目を閉じたまま適当に手を伸ばすと何かの布に触れた。ソファの端に置かれていたそれを手繰り寄せ、ぎゅっと抱き込むとそこからは晴斗の落ち着く匂いが香ってくる。  またこんなところに服を放置して…と思いながらもその森林の香りは陽汰に安心感を与え、眠りへと誘ってきた。  眠りに落ちそうになる度にハッと目を開けるが、その瞼はすぐにまた落ちてきてしまう。そんなうとうととした状態が暫く続いていると風呂場のほうからガタゴトと音が聞こえてきた。  晴斗がそろそろ風呂から出てくるのかも。起きて風呂に行かなければいけないと思いつつ、すでに瞼は鉛のように重くなっている。  そうこうしているうちに晴斗がリビングに戻ってきた。 「ひな兄ー?」 「…んー…」 「ひな兄、寝ちゃったの?そんなとこで寝てたら風邪引くよ?」  そんなことを言われても瞼が重すぎて開かないんだ。  陽汰は心の中で言い訳をして寝たふりを続けることに決めた。きっとそのうち晴斗も諦めて放っておくだろう。 「…本当、猫みたい…それに、それ俺の服じゃん…」  猫、とは丸まって寝ている陽汰のことを言っているのだろうか。それにやっぱりこの服は晴斗が放置してたんだな。  文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、それよりも先にソファが沈み込んだ。陽汰が身体を丸めて寝ているから空いたスペースに晴斗が座ったのだろう。すると、温かい手が頭に触れ、まるで大切なものを扱うような手つきで髪を撫でてくる。  その手の心地良さに本当に眠りに落ちそうになっていると、頬に柔らかいものが触れた。  何…?  手ではない柔らかい感触。  それが一体何だったのかわからずに困惑していると、今度はその部分を手で撫でられた。風呂上りの温かさの残る手が酒で火照った頬をゆっくりと撫でていく。 「……こんな無防備でさ…耐えられるわけないじゃん……好きになるなってほうが無理だよ…」  何が好きだって…?  一体晴斗は何に対して好きだと言っているんだ?  晴斗の言葉が何に向けて言ったことなのかがわからず、その場に固まっていると再び彼の声が聞こえてきた。 「……陽汰……好きになって、ごめん……」  ……俺のこと?  酔いが回った頭では言葉の意味を瞬時に理解することができなかった。もしかしたら自分の聞き間違いなのかもしれない。  瞼を開けることができずにいると、ソファに沈んでいた身体が抱き上げられた。そのまま部屋へと運ばれ、ベッドの上へとそっと寝かされる。 「ひな兄…おやすみ」 「……」  最後まで寝たふりを貫き通した陽汰は晴斗が部屋から出た音を聞いたあとゆっくりと瞼を開け、頬に触れた。  晴斗が零した「好き」という言葉。  正直、その言葉に嫌悪感を抱くことなんて一切なかった。今までも一緒にいたんだし、これからもずっと一緒にいることを想像することも容易だ。  最初こそアルファとオメガなんだから離れなくてはいけない、一緒にいるのは危険だ、そう思っていた。だが、無理矢理犯されたあとでも関係を修復できたんだから、別に一緒にいても問題ないのかもしれない。  晴斗と結婚する未来も……。 「……っ!」  今、何を考えていた…?  酔っ払っているせいなのか、全部自分の都合の良いように考えてしまった。  自分では晴斗のことを幸せにしてあげることができないんだ。こんな出来損ないのオメガが晴斗と一緒にいることを望んじゃいけないんだ。  ソファの上から握りっぱなしだった晴斗の服に顔を埋め、彼の香りを胸いっぱいに吸い込む。森林の香りが陽汰の金木犀の香りを包み込んでいくようで、何故かじわりと涙が浮かんだ。  晴斗の好きという気持ちは嫌じゃない。だけど、彼の幸せを願うならばその好きという気持ちを受け入れちゃダメなんだ。 「…晴斗の、ため…」  陽汰と離れた晴斗はきっとまともなオメガと出会うはず。それで、子どもができて、幸せな家庭を築く、はず…。 「ッ…」  どうしてかわからないが、晴斗が自分以外の誰かと一緒になることを想像したら胸の奥がズキッと痛んだ。どうしようもない、モヤモヤとした気持ちが広がっていく。  彼の幸せを願っているはずなのに、どうしてこんな気持ちになってしまうんだろう。  ◆ 「ひな兄ッ、お願い、離れてっ!」 「晴斗…!」  部屋に篭ろうとする晴斗の手首を陽汰は強く掴んでいた。決して離さないとでも言うようにぎゅっと握り締め、晴斗の瞳をじっと見つめる。  家の中には恐ろしいほどのアルファフェロモンが溢れている。その森林の香りは陽汰のことを圧し潰してしまうのではないかと錯覚させるほどに強烈だ。 「だって、最初の時みたいに…俺、ひな兄のことっ」  晴斗は崩れそうになる理性の中で必死に言葉を紡ぐ。  今、晴斗に襲い掛かっているのはまさに初めてのときと同じ症状だった。  オメガに発情期があるのと同じようにアルファにも発情期のような症状がある。通常のアルファならばそこまで頻度高く現れるものではないのだが、アルファ化したばかりの晴斗はそれが不安定だった。そのうえ、アルファ用の抑制剤は存在しておらず、晴斗はこれを自力で乗り切るしかない事態に陥っている。 「晴斗、俺は大丈夫だから!」  陽汰は語気を強めて晴斗に近付く。  本音は、この圧倒してくるフェロモンから逃げ出したい。だが、その気持ちを抑え込んで陽汰はある方法を試そうとしていた。 「俺の身体使って良いって言ってるだろ!」 「ダメ、だって…!そんなこと…!」  陽汰が試そうとしていること、それは相性の良いオメガのフェロモンによってこの症状を緩和させるというものだ。  陽汰と晴斗のフェロモンの相性が100%良いのかはわからない。だが、初めての時、暴走したとはいえ、晴斗はその日のうちに理性を取り戻したのだ。陽汰の知る限り、何も対処しなければ三日程これに悩まされることになる。  対処法があるのに一人で苦しむ晴斗の姿を見たくない。だから、陽汰は自ら身体を差し出すことにしたのだ。だが、晴斗はなかなか首を縦に振ろうとはせず、今に至っている。 「ひな兄、お願い、自分を大切にしてよ。初めての時のこと忘れてないよね?俺が理性失ってゴムもせずに中に出したらどうするの?この前は大丈夫だったけど、次はわからないんだよ?だから、お願い、俺のことは放っといてっ」 「……ッ」  ……晴斗を納得させるにはもうこれしかないのかもしれない。  本当は、言わないつもりだった。  言ったところで意味がないと思っていたから。だけど、晴斗がこれを知ることで余計な心配をすることなく陽汰の身体を使うことに同意してくれるなら言うしかない。  自分のことは身体を慰めてくれるオメガとして扱ってくれればいいんだ。 「…晴斗」  一つ息を吐き出し、陽汰は晴斗の瞳を真っ直ぐ見つめた。彼の瞳に浮かぶアルファの凶暴性に満ちた熱に少し怖気付きそうになる。だが、彼を今助けてあげられるのは自分だけなんだ。晴斗を納得させなければ。 「俺、妊娠しないから大丈夫だよ」 「え……?」  本当は5%だけ可能性がある。だけど、それをそのまま伝えたら晴斗は、その5%があるなら手は出せないと断ってくるはずだ。だから、少しの嘘を混ぜるのだけは許してほしい。 「前に病院で検査した。俺が妊娠することはない。だから、お前が理性失ってゴム忘れたとしても…何も心配することはないよ」  陽汰は彼を安心させるように笑みを浮かべた。  実際はこのことでずっと悩んでいたし、今でも悩んでいる。だけど、これは決して重い話ではないんだ、そう彼に信じ込ませたかった。  嘘を付いてしまったことに胸がズキッと痛んだが、それを誤魔化すように晴斗に抱きつき、彼の耳元で吐息混じりに囁く。 「この前、俺の発情期のときには晴斗が助けてくれたじゃん。だから俺もお前が苦しんでいるところをじっと見てることなんてしたくないんだ。手伝わせてよ、晴斗」  その言葉が終わると同時に腺体から強く香るオメガフェロモンを彼に嗅がせる。  魅惑的な金木犀の香りが晴斗の鼻孔に入った瞬間、ついに彼の我慢は限界を迎えた。 「くっ…ひな兄ッ…ごめんっ…」  晴斗は陽汰の身体を抱き上げ、ベッドの上へと押し倒した。荒々しさの感じられるその動きに、初めてヤられた時の光景が頭を過って身体が震えそうになる。だが、陽汰はどんなに怖くても逃げないと決めた。  自分がこうすることで晴斗が楽になるのならいくらでも身を差し出すつもりだ。 「はるっ…ん、ぁっ!」  服が捲り上げられ、淡く色付く乳首に吸い付かれる。前までは乳首で感じることなんてないと思っていたのだが、前回の発情期の時に弄られてからそこの感度が増してしまったようだ。  カリッと噛まれると腰に痺れが走り、ビクビクと震えてしまう。痛いはずなのに、それは痛いだけではなく快感も同時に引き起こした。 「ひな兄…すごい、硬くなってるね…痛いの好きなの?」 「ちがっ…ひ、ぁっ!かんじゃっ、ぁ、あぁっ」  歯を使って突起を引っ張られ、赤みが増していく。  唇を離されてもじんじんとした痺れが残り、親指でころころと転がされるとビクンッと大袈裟なほどに跳ねてしまった。そのうえ、まだ触れられていない後孔がじわっと濡れる感覚があり、無意識に両膝を擦り合わせてしまう。  それに気付いた晴斗が陽汰のズボンと下着を一纏めにずるっと下ろした。  黒のボクサーパンツから透明の愛液がツーッと伸びていき、途中でプツンと切れてシーツに小さな染みを作る。すでに濡れているその場所に晴斗が指を添えると、後孔は待ち望んでいたとばかりにきゅうきゅうと絡みついた。 「ん、ぁっ…指、しなくてもっ…」 「ダメ」  最初の時とは違い、晴斗はそこにいきなり陰茎を挿入することはなかった。それは彼の中で、こんな状態になっても最初の失敗は繰り返さないという強い意志が残っている証拠だ。  十分に濡れた後孔に骨ばった指を二本揃えて入れていく。そこはずぷずぷと簡単に飲み込んでいき、晴斗は前回見つけた陽汰の弱い場所をぐいっと押し上げた。 「ゃ、あぁっ!そこっ…ひ、ぁっ!」  ぐりぐりと押され、強すぎる快感に陽汰の陰茎からは先走りの液体が溢れ出していく。  薄ピンク色をしていた陰茎は刺激される度に赤みが増し、小さくて滑らかな亀頭はぴくぴくと震えて快感を示している。  内側の弱い場所ばかりを押され、陽汰はすぐに限界を迎えそうになっていた。だが、あと少し、という所で晴斗は指を引き抜いてしまった。 「ぁっ…はるとっ…なん、でっ…」 「まだだよ、指じゃなくてちゃんと俺のでイってほしいから」 「……」  まさかこんな意地悪なことを言われるなんて思わず、きゅっと唇を噛み締める。  身体はひくひくと小さな痙攣が止まらなくなり、指を失った後孔は物欲し気に収縮を繰り返していた。  今は陽汰の発情期ではないが、こんな状態で止められてしまっては身体が疼いて仕方がない。  自分から求めるのは恥ずかしかったが、陽汰はじっと晴斗の瞳を見つめながら両脚を彼の腰に絡めた。 「…はると…早く…」 「うん、ちょっとだけ待ってね」 「…?」  晴斗は腕を伸ばしてベッドサイドの引き出しを開けた。そしてそこに入っているコンドームを手に取り、ビリッと袋を破って自身の陰茎に付け始める。 「ゴム、なくても良いって…」 「ううん、妊娠しないって検査で出ても万が一があるかもしれないでしょ?俺はひな兄のこと傷つけたり悩ませたりしたくないんだ」 「……うん」  晴斗の優しさに目頭が熱くなっていく。目尻から零れそうになるそれを必死に堪え、コンドームを付け終わった晴斗の腰に再び脚を回した。 「ひな兄、もし、このあと俺が暴走したら殴ってでも良いから止めてね」  こくりと頷くと後孔に陰茎の先端がぴたりと当てられた。  後孔の縁がひくひくと収縮し、待ち望んでいたそれを早く飲み込みたいと言わんばかりに震えている。それを叶えるようにずぷっと亀頭が中へと押し入ってきた。 「ん、あっ…」  ずぷずぷと埋められていくその長大なものにシーツをぎゅっと掴んで耐えていると、晴斗にその手を握られ、彼の肩に回すように動かされた。 「掴むならここにして」 「けど…あぁっ!」  晴斗の肩に爪を立ててしまうかもしれないと言おうとした時、亀頭がぐりっと前立腺を押し上げた。思わず手に力が入ってしまい、心配していた通り、その場所に爪を立ててしまう。 「ごめっ…爪っ…」 「大丈夫、痛くないよ。だからそのままでいて」 「う、ぁっ…!」  更に奥深くへと陰茎が突き進み、それは最奥まで届いた。  震える息を吐き出し、瞼を伏せていると陽汰の頬にぽたっと雫が落ちてきた。何かと思って目を開けてみれば、それは晴斗のこめかみから落ちた汗のようだ。彼は眉間に皺を寄せ、その表情は必死に何かに耐えているように見える。 「はる、と…?」 「ッ…」  唇を噛みしめた彼は暴走しそうになる身体を必死に抑えようとしていた。陽汰に怖い思いをさせたくない、痛い思いをさせたくない、ただその一心でギリギリの状態を保っていたのだ。 「…晴斗、動いて…俺は、大丈夫だから」 「ッ…本当に、やばくなったら殴ってね」 「ふっ…わかった。ちゃんと殴るから…ほら、早く…」  陽汰は晴斗の肩に回した手にぐっと力を入れ、彼の鼻先を自分の首筋に近寄らせた。甘いフェロモンが広がり、それが晴斗の思考力を奪っていく。そして、最奥で止まっていた陰茎が引かれ、抜ける直前に再び最奥まで強く穿ってきた。 「ぁ、あぁっ!」  パンッパンッと肌と肌のぶつかる高い音が響き、結合部からは透明な液体が飛び散っていく。  先ほど限界ギリギリまで高められていた陽汰の身体は、再び絶頂の兆しを見せていた。二人の間に挟まれた赤みを増した陰茎がぴくぴくと震え、数度抽挿されただけでそれはあっという間に頂点へと辿り着いてしまう。 「あ、ぁっ…イっ…ゃ、あぁっ!」  ビクンッと身体が跳ね、白濁の精液が二人の間に撒き散らされる。目の前にチカチカと光が瞬き、頭の中が真っ白になった。だが、その世界から引き摺り戻すように晴斗の抽挿は止まらず、瞳に生理的な涙が浮かび上がる。 「はるとっ…ん、ぁっ…はるとっ…」 「ひな兄ッ…」  晴斗に埋め尽くされた身体は、もっと彼のことが欲しいと訴えていた。  心も身体も全部、晴斗で埋め尽くしてほしい。  熱に浮かされた脳は確実に理性を奪っていこうとしている。 「はると…んっ…ぎゅって、してっ…」  陽汰の甘えた声に晴斗はすぐにその身体を抱き締めた。全身が彼に包み込まれ、その温かさが陽汰に安心感を与えてくる。 「はると…俺…」  お前のこと…。 「痛ッ…」  晴斗に何かを伝えようと思った。だが、その思考を打ち消すように突然お腹の奥に刺されるような痛みが一瞬だけ走る。その痛みは熱に浮かされていた脳を一気に覚醒させた。  自分は一体今何を彼に伝えようとしていた…?  言ってはいけないことを言いそうになっていた気がする。 「ひな兄…?」 「…ッ…晴斗……お前には…幸せになってほしい」 「え…」  まさか突然そんなことを言われると思わなかったのか、晴斗の動きが止まった。  陽汰の顔をじっと見つめ、彼の手がほんのりと赤くなった陽汰の頬に触れる。そして、僅かに視線を泳がせたあと、再び陽汰の瞳をしっかりと見据えた。 「ひな兄、俺、ひな兄のことが好き、だからずっと一緒にいてほしい」  晴斗の言葉にじわりと涙が滲む。  彼の言葉を素直に受け入れられたならどんなに良かっただろう。 「……できないよ、晴斗…俺はお前と一緒にはいられない…」 「…どうして?俺はひな兄のことが大好きだ、愛してる。ひな兄は俺に幸せになってほしいって言ったよね?俺の幸せはひな兄と一緒にいることだよ?」 「それは…きっと、今、お前が発情期だからそう錯覚してるだけ…それかただの依存だよ…」 「そんなことない!」  晴斗の迷いのない言葉にビクッと肩が跳ねる。  彼の瞳からは真剣さが滲み出ており、その言葉が心から言っているものだというのもわかった。  だからこそ、ちゃんと諦めさせなければいけない。ここではっきりと伝えよう。そう思ったのだが、気持ちとは裏腹に陽汰の声には震えが混じっていた。 「…だめだって…一緒になったら…俺はお前の将来を狭める…それが怖いんだよ…わかって、晴斗」 「……ねぇ、ひな兄…ひな兄は、俺のこと嫌い?」  …嫌いなわけがない。叶うことなら俺だってお前とずっと一緒にいたい。だけど、それじゃあ晴斗は幸せになれないんだ。 「そんなことない、けど、俺とお前はそういう関係にはなれなっ…!」  陽汰の言葉を塞ぐように晴斗が突然口付けをしようとしてきた。だが、陽汰は間一髪のところで自身の手を二人の唇の間に差し込み、それを遮る。  手の甲に当たった晴斗の柔らかい唇が、先日頬に触れた柔らかい感触を思い起こさせた。 「晴斗…だめ、だよ…ここは本当に好きになった人のために取っておいて…」 「どうして…どうして、俺はひな兄のこと好きになっちゃだめなの…?」 「……晴斗のこと、好きだよ。けど、それは幼馴染として…兄弟愛みたいなものだから…それに、晴斗には俺より相応しい相手が現れるよ。だってお前は優秀なんだから…」  俺みたいな出来損ないのオメガはお前には相応しくないんだよ。  晴斗の瞼が僅かに下がったあと、再び陽汰のほうを見た。その瞳は潤み、目尻も微かに赤くなっている。  陽汰は晴斗のその表情に一瞬迷ったが、手を彼の首の後ろに回してぐいっと自分のほうへと近付けさせた。そして再び腺体近くへと鼻を近付かせ、フェロモンを意図的に嗅がせる。 「ひなッ…くっ…!」 「晴斗、もう我慢しなくて良いんだよ」  晴斗が元々ギリギリの状態で会話をしていたことを陽汰はわかっていた。アルファの耐え難い発情の中、それでも彼は陽汰を傷つけないように本能を抑え込んでいたのだ。  森林の香りが強くなり、晴斗の瞳に野獣のような炎が灯る。額には青筋が走り、ついに限界を迎えた彼は陽汰の両脚を自分の肩にかけた。その体勢は先ほどよりも彼の陰茎を深く咥え込み、その先端がぐっと生殖腔に押し付けられる。 「ぅ、ぁっ…!」  生殖腔の口が亀頭によって強制的に広げられ、陽汰はくぐもった喘ぎ声を零した。ぴくぴくと身体を震わせていると晴斗が腰を引き、そして、真上から杭を打ち込むように激しく貫いてくる。 「あ、あぁっ!」  ばちゅっばちゅっと結合部から激しい音が鳴り響き、頭の横に足先が付くのではないかと思うほどに身体が折り曲げられる。  天井のライトを背にした晴斗の表情は影になっていたが、その中でも彼の瞳に宿るぎらつく熱は陽汰のことを決して逃がさないとでも言っているように見えた。 「はるっ、あぁっ、んゃっ、ひぅっ!」  ぐちゅんっと生殖腔に入り込んでくる亀頭に目を見開く。ただの抜き差しだけでなく、奥深くを掻き回すような動きに陽汰ははくはくと口を開閉させ、必死に酸素を取り込もうとした。 「陽汰ッ…」  涙と酸素不足で霞む視界の中、晴斗の顔が近付いてくる。しかし、陽汰はそれを避けるようにふいっと顔を横に背けた。  身体が晴斗に支配されることを喜んでいるのは間違いない。だが、唇だけはやはりダメなんだ。 「ひっ、あぁぁっ!」  陽汰が顔を背けたことを咎めるように、どちゅんっと強く腰を打ち付けられる。  両手を唇に当てビクビクと震えていると、晴斗の手が律動に合わせて揺れていた陽汰の陰茎を掴んだ。  奥深くを捏ねるように陰茎で突きながら、赤く充血した敏感な亀頭を指先で擦ってくる。その刺激は気が狂いそうなほどの快感を与えてきた。 「や、ゃあっ、だめっ、ぁあっ、それっ、おかしっ、なっちゃっ、ゃあっ!」  収縮する先端の小さな穴に爪を立てられ、身体が跳ねると共にその隙間からどぷっと大量の液体が溢れ出した。  強すぎる快感に彼の陰茎をきゅうきゅうと締め付けていると、それが激しく脈打つのを感じる。びくびくと中で震える熱い杭が彼の射精が近いことを告げていた。そして、激しく一突きされた瞬間、陽汰も限界を迎えた。 「あ、あぁっ、イっ、あぁぁっ!」  ビクビクッと身体が震え、少し薄くなった精液が飛び散る。  身体を折り曲げられていたせいで捲り上げられた服から覗く赤くなった乳首や陽汰の頬にも精液が飛び散った。 「はぁ、っ…はぁっ…んっ…はっ…ぅ…」  暴力的とも思える行為だった。だが、それを引き起こしてしまったのは晴斗が悪いんじゃない。晴斗はずっと我慢していたし、陽汰は彼の行為の全てを受け止める気持ちでいた。  痛いのも怖いのも全部平気。だけど、彼の気持ちだけは受け取ることができないんだ。  頬に付いた熱くドロッとしたものが肌を伝い落ちていくのを感じながら瞼を閉じると、晴斗の身体がどさっと陽汰の上に覆いかぶさってきた。  陽汰の耳元で彼の荒い息遣いが聞こえ、少ししてから小さな呟きが聞こえた。 「ねぇ…どうやったら弟じゃなくて一人の男として見てくれるの…?」 「……」  ……晴斗はもう十分立派な一人の男だよ。  陽汰は晴斗の肩に額を押し付けた。  心の奥底では、その背中に手を回し、彼の温もりに甘えたい、そう思っていた。しかし、目頭が熱くなるのを感じながら陽汰は小さく首を横に振った。 「……俺には…でき…ないんだよ…」  二人のフェロモンの混じり合う室内に零されたその一言には、震えと涙が混じっていた。

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