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番外編 2章 仮マーキング

 蓮の瞳に見つめられた柚希はビクッと一度身体を跳ねさせ、その場から動けなくなってしまった。  本能は目の前のアルファを欲している。しかし、欲望の中には恐怖も混じっていた。アルファの威圧感が柚希の身体を硬直させ、彼に何か命令でもされたら拒否することは許されないと思わせてくる。 「白川…」  心臓の音が煩いほどに鳴り響き、手のひらにじわりと汗が浮かび上がった。  目の前に迫った逞しい身体。きっと彼がちょっとでも力を入れれば柚希はその場に簡単に押し倒されてしまうだろう。だが、何処かでそれを望んでしまっている自分もおり、これが欲にまみれた醜いオメガなのかと自嘲したくなってくる。  落ち着いているように見えるが、きっと蓮もギリギリの状態だ。  こんなにも濃いオメガフェロモンをすぐ近くで浴びせられて冷静でいられるアルファがいるわけない。  それもこれも欲に負けて扉を開けてしまった自分が蒔いてしまった種。このあと何が起こっても蓮は悪くない。  最悪の結果になろうと柚希は決して蓮のことを責めないと心に決め、瞼をそっと閉じた。しかし、次に訪れたのは温かく優しい抱擁だった。 「え…」 「なぁ、白川…お前は、どうしたい?」 「どうって…」 「もし、お前が帰れって言うなら俺は帰る。何もしない……正直、結構もうやばくてさ。けど、お前の嫌がることはしたくないんだよ」  その言葉を強調するように蓮の身体からはアルファのフェロモンが溢れ出していた。どこか懐かしさを感じさせるような木の香りの中に色気を感じさせる少し甘い香りが混じっている。  本来なら落ち着きを感じさせる香りなのだろうが、今のその香りは危険な魅力でしかなかった。  逃げることのできない香りと、彼の硬くなった部分が柚希の身体に当たり、一線を越えさせようと誘惑してくる。 「白川……」 「ッ…」  柚希自身もとっくに限界を超えていた。  自分がこんなこと願っちゃいけないと頭ではわかっているのに身体はそれに反して甘い蜜を溢れさせ、下着の中を濡らしている。  本能に従ってしまいたい。  彼に抱かれて、奥まで満たして、この辛さを和らげてほしい。  その気持ちを助長するように欲を溢れさせた二人のフェロモンが空気中で混ざり合い、思考を混乱させていく。  身体の疼きもますますひどくなり、熱い涙が瞳にじわりと浮かんだ。堪えようと思ってもそれは堪えられずに目尻からぽろぽろと流れ落ち、蓮のシャツに跡を残していく。 「…っ…ずるいよっ…東条、くんっ…」 「うん、俺はずるい男かもしれない……選んで、白川」  彼の低く少し掠れた声が鼓膜を震わせ、柚希の中で踏みとどまらせていた最後の一歩を押し出した。  震える両手を蓮の背中へと回し、制服のシャツをぎゅっと掴む。そして、本能に負けた一言が柚希の口から零れ落ちた。 「…ごめんっ……たす、けてっ…」 「うん。謝らなくて良い。お前は何も悪くないから」  優しい言葉とは裏腹に蓮は余裕なさげに柚希を抱き上げ、その身をベッドへと横たわらせた。  スズランを思わせるフェロモンの香りが広がる中、蓮の指がズボンの上から柚希の脚を撫で上げ、膨らみをもっている場所へと辿り着く。  軽く何度かその場所を撫でただけでじわりと染みが浮かび上がり、控えめな喘ぎ声が柚希の口から零れ落ちた。  その甘さに満ちた声色はアルファの本能を刺激し、支配欲を掻き立ててくる。 「んっ…ぁっ…と、うじょう、くんっ…ひ、ぁっ!」  ズボンの上からのもどかしい刺激に脚を擦り合わせていると、ズボンと下着をまとめてずるっと引き下ろされてしまった。  勃ち上がった淡い色の陰茎はぴくぴくと震え、その先端からは先走りの液体を滴らせている。そして、慎ましやかな蕾からは大量の愛液が溢れていた。  蓮の指が軽く触れただけでその液体は更に量を増し、指だけでなく、シーツすらもぐっしょりと濡らしていく。 「白川、お前のここ、すごいことになってるな」 「ゃ、あっ…言わなっ、ん、ぁっ!」  言葉の途中で蓮の指が蕾を押し開くように中へと入ってきた。愛液で十分すぎるほどに濡れているそこは二本の指を軽々と飲み込んでいく。  途中でくいっと指先を曲げられると、まるで電気を流されたかのような快感が全身を駆け抜け、抑えることもできずに甲高い声が上がった。 「あ、ぁっ!やっ、そこっ、ゃあっ」 「嫌じゃなくて気持ち良いんじゃないか?すごい締め付けてくる」 「ち、ちがっ、ひぅっ!?」  再びぐりっとその場所を押し上げられ、目の前がチカチカと明滅する。  初めて感じる耐え難い快感に両膝を合わせるように脚を閉じるが、それは蓮の手によって再び広げられてしまった。  指で内壁を押し上げながらもう一方の手でふるふると震える陰茎を掴まれ、目を大きく見開く。 「だ、だめっ、いっしょ、だめっ」  首を横に振るが、そんなの何の抵抗にもならなかった。彼は中の弱い場所を的確に刺激しながら先走り液によって濡れた陰茎を擦り上げた。 「ゃ、あぁぁっ!」  オメガの陰茎は一般的にあまり大きくならないと言われており、柚希のサイズも大きくはない。蓮の骨ばった大きな手は柚希のもの全てを包み込むような形になり、裏筋や亀頭の括れ、先端を同時に刺激してきた。  ぐちゅっぐちゅっと濡れた音が響き、その音は柚希のことを耳からも追い詰めてくる。  呼吸すらもままならなくなり、ぎゅうぎゅうと蓮の指を締め付けているはずなのに、彼の指は止まってくれるどころか激しさを増していた。 「あ、っ、ゃあっ、はげしっ、あぁっ」  腰が勝手に上がってしまい、蓮に恥ずかしい部分を全て見せつけるような体勢になってしまっていたが、今の柚希にはそんなことに構ってなどいられなかった。  こんなの知らない。こんな気持ちいいの感じたことない。  目を閉じながら顔の前で腕を交差させ、腰をかくかくと動かしていると蓮の指がぐりっと強く前立腺を押し上げた。 「ひ、ぅっ!」 「白川、こっち見て」  交差させた腕の間から薄らと瞼を開ける。そして、彼の瞳と目が合った。あの獣のような瞳だ。それと同時に感じたのは彼のフェロモン、抗いきれない快感。 「――イっ、ぁあっ!」  ビクビクッと身体が跳ね、蓮の手の中で白濁の液体が飛び散っていく。  あまりの快感に頭の中が一瞬真っ白になった。だが、オメガの身体はすぐさま強い欲求を示してくる。  足りない。もっと奥まで欲しい。指では届かない奥を突いてほしい。  完全に欲に溺れた思考と身体は目の前のアルファを求めている。  涙で視界が揺れる中、柚希は手を伸ばして蓮のズボンをきゅっと掴んだ。そこにあるもの、それが欲しい。と訴えるように彼のことを見つめる。  蓮は後孔からも陰茎からも手を離し、柚希の耳元へ唇を寄せて低い声で囁いた。 「どうした?」 「は、ぁっ…んっ…ほしい…もっと、おく…たりない…」 「本当に、良いのか?」 「んっ…ちょうだい…おく、さみしいから…」  誘惑するフェロモンが溢れ出し、両脚を蓮の腰へと回す。すると、彼は一瞬フッと笑い、柚希の耳を軽くかぷりと噛んだ。 「おねだりが上手いな」 「…くれる?」  小さく首を傾げると蓮は一番フェロモンの強く香る首筋付近に唇を滑らせてから身体を起こした。 「四つん這いになれるか?」 「ん…できる…」  言われた通りにベッドの上で四つん這いになると後ろからカチャカチャとベルトを外す音が聞こえ、無意識にごくりと唾を飲み込む。  アルファの陰茎のサイズはオメガのものとは比べものにならないくらい大きいらしい。  もしかしたら蓮は柚希がそれを見て怖がるのではないかと思ってこの体勢にしたのかもしれない。そんなことを考えているとお尻の間に熱いものが触れた。ドクドクと脈打ち、液体で濡れたそれを感じただけで柚希の蕾からはとろっと愛液が溢れ出してしまう。 「白川、脚、もうちょっと閉めれるか?」 「え、うん…こう?」 「うん、それで良いよ」  性行為の知識なんてほとんどないため、バックでやるときの体勢の正解がわからなかった。彼に言われた通りに脚を閉じたが、脚が細いため両腿の間には僅かに隙間ができた状態になっている。  脚を開いていたほうが安定感があるんじゃないのかと思っていると、その僅かに開いた隙間に先ほどお尻に当てられた熱いものが触れた。 「えっ…東条くん…?」 「こっち、使わせてもらうぞ」 「こっちって…ひ、ぁっ!」  確認する間もなく柚希の腿の間に熱くて長大なものが滑り込んだ。それは太腿の間を擦り、その先にある柚希の陰茎をも擦り上げていく。パンッと肌と肌のぶつかる音が響き、彼の下生えがお尻に触れた。  恐ろしいほどに勃ち上がった陰茎が再び太腿を擦り、抽挿をするようにそこを何度も行き来し始める。 「や、ぁっ、なんで、んっ、なかっ、ほしいって」 「こっちで我慢な」  互いの液体で濡れた熱い陰茎同士が擦れ、快感を高められていく。しかし、これは柚希の求めていたものとは違った。  どうして蓮は挿入してくれないのかと再び涙が浮かび上がってきてしまう。 「おく、ほしいのっ…なんでっ、んぁっ…ちょうだいよ…」 「気持ち良くないか?」 「きもち、いいけどっ…ちがうっ…ひ、ぅっ!」  蓮の陰茎の先端が柚希の陰嚢と裏筋を押し上げ、ビクンッと腰が跳ね上がった。その刺激に蕾からどぷっと愛液が溢れ出て二人の間の淫猥な音を更に大きくさせていく。  肌同士のぶつかる音も早まっていき、柚希は再び射精しそうになっていたが、それよりも奥が疼いて仕方がなかった。  発情期の熱を収めるには最奥を突かれて、中を満たしてもらうしかない。  その考えが頭の中を埋め尽くしていくが、同時にその願いを叶えてもらえないことに胸が締め付けられるような苦しさを感じてしまう。 「ひっ、ぁっ、ゃだぁっ、おくっ、ちょうだっ」 「……白川」  彼の低い声が耳に届いた瞬間、涙で歪んでいた視界が突然真っ暗になった。大きな手が顔の半分以上を覆い隠し、何も見えない中で再び掠れた声が耳元で囁く。 「すぐ消えると思うから…悪い…」 「えっ…」  蓮の言葉の意味がわからなかった。だが、次に訪れたのはうなじへの痛み。そして、感じたことのない爆発的な快感。  蓮の、アルファの、フェロモンが流れ込んでくる。  熱を持った腺体に彼の歯が食い込み、柚希はビクビクと細かな痙攣をしながらその場から動けなくなってしまった。  何も考えられない。ただ、彼のフェロモンだけを感じる。彼のフェロモンが柚希の満たされずに苦しかった身体を満たしていく。 「…っ…ぁ…」  柚希の掠れた声はアルファの本能を煽った。  もっとフェロモンを流し込みたい。陰茎を彼の中に突き入れて中に出したい。  しかし、それだけはしてはいけないと蓮はなけなしの理性で踏みとどまり、最後にぺろりとうなじを舐めてから唇を離し、柚希の目を覆っていた手も離した。  突然マーキングされたことに頭が追いついていないのか柚希は言葉を発さず、ぷるぷると小さく震えている。その細くて白い肢体は所々が赤くなり、ふわりと香るスズランのフェロモンが蓮の理性を揺さぶった。 「ごめん、あと少しだけ付き合ってくれ」 「え、ぁ…ゃあぁっ!」  突然の激しい突き上げに力を入れるのが間に合わず、ガクンッと肘が曲がってお尻だけを高く上げた体勢になってしまう。先ほどまでと擦られる角度が変わったが、彼は柚希の弱いところを確実に突いてきた。  フェロモンを流し込まれた影響なのか奥深くまで埋めてほしいという狂おしいほどの欲求は薄れていた。だが、その代わりに彼から与えられる快感は強さを増し、絶頂へと誘ってくる。 「や、ぁっ、また、イっ、ちゃっ」 「うん、俺も…ッ」 「んぁ、ぁあっ、イっ、くっ…ぁああっ!」 「くッ…!」  ひと際強く突かれた瞬間、柚希は少し薄くなった精液を飛ばした。そして、それを上塗りするように蓮の濃くて大量の精液がシーツの上にびゅくびゅくと飛び散っていく。 「は、っ…ぁっ…はぁ、っ…」 「しら、かわっ…」 「んっ…」  俯いたまま肩を上下させていると、その身がゆっくりと抱き起こされた。  視界に入ったベッドの上は二人の精液が散らされ、なかなかにひどいことになっている。  ぐちゃぐちゃになったシーツと辺りに漂うフェロモンと青臭い匂い。それは二人がしてしまったことを物語っており、柚希は申し訳なさげに顔を伏せた。だが、その顔は数秒もすることなく温かいものに包み込まれる。  蓮が柚希のことを正面から抱き締めたのだ。彼の膝の上に乗せられる形で抱きしめられ、背中を優しく撫でられる。 「身体、平気か?」 「うん…だいじょうぶ…」 「本当に?」 「……ごめん…ちょっとだけ、つかれた…かも…」 「ん、寝て良いよ。片付けとくから」  そんなことしなくて良いよ、と言いたかったが、彼の温もりと背中を撫でる優しい手付きは疲れ果てた柚希の身体に眠気を与えてきた。  トクトクと鳴る心臓の音と少し甘さの混じった落ち着く木の香りが意識を鈍らせ、次第に身体から力が抜けていってしまう。  それでもなんとか耐えようと蓮のシャツをきゅっと握ると頭上からフッと彼が笑いを零したような気がした。だが、それを確認する力はもう残っておらず、柚希はそのまま眠りへと落ちてしまった。  二人の濃すぎるフェロモンの香りが次第に薄れていく中、蓮は柚希のうなじに残る自身の歯型を見つめた。くっきりと残った歯型を軽く指先でなぞると彼はぴくっと身体を震わせたが起きる気配はなく、再び安心しきった寝息が聞こえてくる。  フェロモンの量を調整したからきっとこの跡は数日で消えるだろう。所謂、仮マーキングというやつだ。  抑制剤の効かない柚希を落ち着かせ、暴走しそうになっていたアルファの欲求を抑える。それができる方法はあの時はこれしか思いつかなかった。  発情期は人を狂わせる。それはオメガもアルファも同様に。  発情期のオメガの本能が理性的な柚希を崩し、恥も躊躇いもなくあんなにも中に欲しいと強請らせてきた。そして、この可愛らしいオメガが乱れる姿はアルファにはあまりにも危険すぎた。一瞬でも気を抜けば誘われるがまま中に挿入し、大量の精液を注ぎ込んでしまっていただろう。  今、蓮のことを惑わしてきた彼は無防備に腕の中で眠っている。  泣きすぎて赤くなった目尻と少しだけ開いた唇が再び誘惑してきているような気がして蓮はそこから視線を外した。だが、彼からほんのりと香ってくるスズランの香りからは逃れることができず、力無さげに笑みを浮かべ、柚希の白い頬を軽く摘んだ。 「ははっ…これでも耐えたほうなんだけどな…白川、お前本当ずるいよ…」

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