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アフターストーリー 2.反抗期

「陽汰くんの一学期の学習態度や成績はおおむね問題はなかったです。クラスの子とも上手くやっていますね。ただ、期末試験はこの通り……体調を崩したのは仕方ないですが、この遅れは夏休み中に取り戻しましょう。ご家庭でも目配りをお願いします」 「…わかりました」 「……」  担任の言葉に頷く柚希とは対照的に、陽汰は俯いたまま膝の上で手をきつく握りしめている。  夏の夕日が教室内をオレンジ色に染め、外ではヒグラシが寂しげに鳴いていた。  陽汰、柚希、そして陽汰の担任。高校一年一学期の夏休み前に行われる三者面談。  この面談が期末試験前に行われていたら陽汰はもっと堂々としていたかもしれない。中学の頃から成績はいつもトップクラス。それくらい勉強には自信があったから。  しかし、今回の期末試験は違った。  運の悪いことに試験前に高熱を出してしまい、更に追い打ちをかけるように発情期まできてしまった。一週間以上学校に行けず、授業の遅れを取り戻すこともできないまま試験を受け、結果はボロボロ。  現実逃避するようにテスト結果を部屋に隠してしまったが、結局この場で担任によって知らされることになってしまった。 「では、話は以上となります。御足労いただきありがとうございました」 「はい、ありがとうございました。陽汰、帰ろう」 「……うん」  帰り道、いつもならば助手席に座る陽汰は無言のまま後部座席に乗り込んだ。柚希もそれに対して何も言うことができず、赤信号で止まった時にルームミラー越しに様子を伺うと陽汰は暗い顔をしたまま外を眺めていた。  ラジオ番組が夕方のニュースを淡々と告げていく。柚希はあえて明るく話しかけてみたりもしていたのだが、陽汰から返ってくるのは「うん」という一言のみ。返事をしてくれるだけまだ良かったが、柚希の話がしっかりと届いているのかはわからなかった。  家に着き、柚希は少し気が引ける思いがしながらも部屋に行こうとする陽汰を引き止めた。 「陽汰、待って…この前のテスト、見せてくれる?」 「……ん」  陽汰が手渡した答案用紙には、一度くしゃっと丸められたような跡が残っていた。そのシワの残る紙を伸ばしながら一枚ずつめくっていく。  確かに担任の言った通り、赤点とまではいかないものの今までに陽汰が取ったことのないような点数が並んでいた。  普通の学校ならば一週間休んだとしても遅れを取り戻すことはできたかもしれない。だが、陽汰が通っているのは県内でも有名な進学校。そして一週間に詰め込まれる学習量が多いことでも有名だ。 「次、頑張れば大丈夫だから、ね?陽汰ならできるよ」 「……うん」 「…この前、休んでから授業に追いつけてない?勉強見ようか?」 「……いいよ…」 「けど…テスト前に体調崩しちゃったのは陽汰が悪いんじゃないし、僕にできることがあるなら…」  バンッ――  机が叩かれる鋭い音がリビングに響き渡った。  弾けた空気の中、顔を上げた陽汰の頬は赤くなり、大きな瞳には薄く涙の膜が張っている。 「ッ…いいって言ってるじゃん!柚希うざい!構わないで!」 「……ッ」  陽汰の言葉に肩がビクッと跳ね、強く握りしめた紙が手の中でカサッと音を鳴らした。  キーンと耳鳴りがし、心臓がバクバクと音を早めていく。  言わなきゃ。物に当たったり、そんな言葉は使ったらダメだって。叱る時は、ちゃんと叱らないといけない。頭ではわかっている。わかっているのに。身体が動かない。  いつもはパパって呼んでくれてた陽汰が、呼び捨てにして、うざいって……。  言葉を出すことができずに固まっていると、陽汰はそんな柚希の顔を一度見た後、何も言わず背を向けてしまった。  階段を駆け上がる音。二階から力強く扉を閉める音が響く。 「……」  陽汰がこんなふうにひどい言葉を使ったことなんて今まで一度もなかった。家族のことを大切にしてくれて、いつも優しい言葉を掛けてくれる子。それが、あんな風に声を荒らげるなんて。  高校一年生。発情期で精神的にも不安定になって、勉強でも躓いてしまった。  陽汰が複雑な心境であることは柚希にも理解はできた。柚希だって同じ道を通ってきた経験はある。だけど、唯一通っていないものがあった。それは反抗期。反抗する相手がいなかったから。  母はおらず、父とも高校のときにはすでに別々に暮らしていた。それ以前も反抗するほど顔を合わせていない。  反抗期の子どもとどう接するのが正解なのかわからない。いろいろ考えようとするが、陽汰に言われた一言が何度も頭の中で繰り返され、思考をまとめることができなかった。  目頭が熱くなり、じわりと視界が歪みそうになる。握りしめていた陽汰の答案用紙に視線を向け、そのしわくちゃになった紙を見て浅く息を吐き出した。  夕飯の時間になっても陽汰は部屋から出てこなかった。柚希は彼の部屋の前で一度息を吐き出し、その固く閉じられた扉を優しくノックする。 「…陽汰、ご飯だよ」 「……いらない、お腹空いてない」  そんなこと言わないで出てきて。  そう、言いたかった。だけど、それを言うことも、この鍵のない扉を開けることもできない。  ドアノブに触れた指が力無く下に落ちていく。喉がきゅっと締め付けられるのを感じながら、掠れそうになる声を絞り出した。 「…ラップ、しとくから……お腹空いたら食べてね」  しん、と静まり返った廊下に柚希の震える息が落ちる。 「……」  僕がリビングにいたら陽汰は出てきてくれないかな。  部屋まで持って行ったら食べてくれるかな。  声だけかけて部屋の前に置いとくのが良いかな。  陽汰の好物ばかりを作った夕飯にラップをかけながら、どうしたら陽汰がご飯を食べてくれるかを考えるが、どうしても良くない考えが頭を占めてしまう。  もし、これからずっと陽汰が一緒にご飯を食べてくれなくなったりしたら……。  最後の一品にラップをし終えた瞬間、テーブルの上にぽたっと一滴の雫が落ちた。更にぽたぽたと落ちていきそうになり、柚希は手のひらで目元を拭ったあとクッションを抱えてソファで丸くなった。  こっちに引っ越して来てからは泣き虫じゃなくなったと思っていたのに。情けない親にならないように、泣かないようにって頑張ってたのに。  今まで耐えてきたものが崩れてしまったかのように次から次へと涙が溢れ出してくる。乱れそうになる呼吸を必死に押さえ込みながら柚希はクッションに顔を押し付けた。  こんな姿、陽汰に見せられない。ダメな親だって思われてしまう。  早く止まれ、と願ってはみるものの、一度溢れてしまった涙はなかなか止まってくれず、静かな部屋の中でその暗い円を広げていった。 「ただいま……ん?」  久しぶりの県外での仕事を終え、家に帰ってきた蓮はすぐに違和感を感じた。  いつものこの時間なら柚希も陽汰もリビングで勉強をしていたりテレビを見ているはず。しかし、陽汰の姿は見当たらず、見渡してみると柚希がソファで眠っているのが目に入った。  最初はうたた寝でもしているだけかと思ったが、その顔を見てみると長い睫毛は濡れ、目の周りには涙の跡が残っている。その跡をそっと指先で撫でると瞼がぴくっと震え、潤んだ瞳が蓮の姿を映し出した。 「れん…おかえり……」 「柚希、何があったんだ?陽汰は?」 「……陽汰は…部屋にいる、はず…ごめん…」 「どうしたんだよ?」  柚希が身体を起こすと蓮が隣に座って優しく支えてくれた。彼の温もりが柚希の張り詰めた心を溶かしてくれるのと同時にまたじわりと瞳に涙が浮かんできてしまう。  真っ赤になってしまっているであろう目元を擦りながら柚希は今日のことをぽつぽつと話し始めた。  三者面談で言われたこと。期末試験の結果。そして、陽汰に言われたあの一言。 「陽汰に……柚希、うざいって…言われて……叱らなきゃいけないのに、何も言えなかった…」  あの時の光景を思い出し、小さく肩を震わせながら息を吐き出すと蓮がその肩をぎゅっと強く抱いた。  少し甘えるように彼の胸に頭をこてんと倒し、ワイシャツ越しに彼の落ち着く鼓動を感じる。 「まぁ、難しい年頃だよな。陽汰も思春期、大人になろうとしてるってことだ。このくらいならまだ可愛いもんだけど、言っちゃいけないことはちゃんと教えてやらないとな。俺が言ってくるよ」 「ごめん…僕が言わないとなのに…」 「いいよ。柚希は顔洗って、ご飯温めといてくれ。俺も父親としての威厳をたまには見せないとだから。いつも陽汰のこと見てくれてありがとな」 「うん……ありがと、蓮」  少し癖のついた柚希の髪をくしゃくしゃと撫で、蓮は陽汰の部屋へと向かった。  コンッコンッ。 「……何」 「陽汰、俺だ」 「ッ…!」 「入っていいか」 「…う、ん」  勉強机に座っていた陽汰は蓮が入ってくると俯きながらも身体を蓮のほうへと向けた。両膝の上でぎゅっと握られた手には力が入り、陽汰の両目も柚希と同じように少し赤くなっている。  陽汰にとって蓮は頼れる父親だ。仲が良く、今まで本気で怒られたことは一度もない。しかし、今、部屋に入ってきた蓮の雰囲気は一言で言えば怖かった。笑顔は一切なく、空気は冷たい。けど、その原因を作ってしまったのは陽汰自身だというのはよくわかっている。  蓮は陽汰の前にしゃがみ込み、下から目線を合わせた。 「陽汰、自分が何言ったかわかってるか」  ビクッと陽汰の肩が小さく跳ね、握りしめた手に力が入る。気まずげに視線を落とし、きゅっと唇を噛み締める彼に、蓮は再度ゆっくりと尋ねた。 「うざい、なんてなんで言ったんだ」 「……」  カチッ、カチッと時計の針だけが部屋の中で音を鳴らしていた。  窓の隙間から夏の夜風が入り込み、二人の肌を撫でていく。その中に、この時期には嗅ぐことのない香りが僅かに混じっていた。  金木犀の匂い、陽汰のフェロモンだ――。  発情期でもないのに溢れ出してしまっているのは精神的に不安定になっているせいかもしれない。  柚希と番関係である蓮がそのフェロモンに惑わされることはないが、陽汰をそこまで追い詰める気もなかった。  目の前で緊張感を滲ませている陽汰を落ち着かせるようにフッと力を抜き、いつも陽汰に話しかける時の調子でもう一度聞いた。 「陽汰、ゆっくりでいい。柚希にどうしてほしかったのか、教えてくれるか?」  優しくなった蓮の声に、陽汰の大きな瞳にはじわりと透明な雫が浮かび上がった。  本当は陽汰自身も柚希に暴言を吐くつもりなんてなかった。気付いたら口から出てしまっていたのだ。  成績が下がったのも、授業に追いつけなかったのも自分が悪いってわかってる。だけど、その苛立ちを何処にぶつけていいのかわからず、優しい言葉をかけてくれた柚希にぶつけてしまった。 「ごめん、なさっ…あんなこと、言うつもりじゃ、なかった…自分でできるから、大丈夫って…」 「うん、そうだよな。陽汰はパパの助けがなくても自分で頑張れるって言いたかったんだよな。けど、ひどいこと言ったし、一度言ったことは消せないっていうのもわかるよな?」 「んっ…わか、るっ…」 「うん、それがわかってるなら大丈夫だな。あとでしっかり謝ろう。パパは心配性だからさ、陽汰のこと大事に思ってるって、それだけは忘れるなよ」  こくりと陽汰は頷いたが、その視線は下へ落とされ、表情にはまだ迷いの色が滲んでいた。 「陽汰、もしかして柚希のことパパって呼びにくい?」 「……うん」  陽汰は昔から柚希のことをパパ、蓮のことを父さんと呼んでいる。しかし、高校生になり、なんとなくパパという呼び方に気恥ずかしさを覚えるようになっていた。 「じゃあさ、今度から『ゆず』って呼んでみたらどうだ?」 「ゆず?」 「そう、俺も昔呼んでたんだ。今はそう呼ぶと恥ずかしがるから呼ばないけど、陽汰に呼ばれるなら良いと思うぞ」  ゆず、それを初めて呼んだのは結婚の挨拶に行く前だ。緊張していた柚希をリラックスさせるために言ったのが始まり。そのあとも柚希が落ち込んだ時、笑わせたい時、いろんな場面で呼んできた。だけど、陽汰が生まれたあとに柚希は言った。 「もう、ゆず呼びは禁止!それで呼ばれると蓮に甘えちゃうから。しっかりした親になるためにこれからは柚希かパパにしてね」  それ以来、ゆず呼びは15年程封印されてきた。そして、この名前を呼ばなかった間、柚希は一度も弱い姿を見せてこなかった。  それが柚希にとってしっかりした親になる、という決意の現れだったのかもしれない。 「……ゆず…うん、わかった。呼んでみる」 「あぁ、ゆずも喜ぶよ」  柔らかなオレンジ色の明かりに照らされたリビングでは、柚希が陽汰と蓮が戻ってくるのを待っていた。  陽汰は蓮の後ろについて戻ってきたが、後ろに隠れたまま気まずげに蓮のシャツをぎゅっと掴んでいる。 「ほら、陽汰。隠れてないで、さっき俺と約束しただろ?」 「う、ん…」  ごくっと息を飲み込み、覚悟を決めて一歩前へと足を踏み出す。その時、目に映った柚希の顔にドクッと心臓が一つ飛び跳ねた。  目元が赤くなってる。  俺が、泣かせた…? 「陽汰……」  優しいけど少し掠れた声。  もしかしたらすごく泣かせてしまったのかもしれない。あんなひどいことを言ってしまったから。  陽汰の前で決して涙を見せることのなかった柚希を泣かせてしまったことに瞼が熱くなっていく。そして、気付けば目尻から大粒の涙が零れ落ちていた。 「…さっきは、ごめん、なさいっ…あんなこと言うつもりじゃなかった、のにっ…俺…」  謝りたい言葉はいろいろあった。なのに頭の中がぐちゃぐちゃで何から言えば良いのかわからなくなってしまう。  涙も止まらず、ひくひくとしゃくりあげていると柚希の温かな手が陽汰の手首をそっと包んだ。  柚希の瞳にも涙が浮かんでいる。だけど、彼は涙に負けないように笑顔を浮かべた。 「陽汰、ぎゅってしよ?」 「んっ…」  腕の中に飛び込んだ陽汰の身体からふわりと優しい香りが広がる。  少し前まではこうして抱きしめたときの陽汰はまだまだ小さかった。けど、今ではもう柚希と変わらない身長になっている。  蓮の言った通り、陽汰も大人になっているんだ。 「ありがと……ゆず…」 「えっ…」  ぽん、ぽん、と背中を叩いている中で呼ばれた懐かしい名前。驚いて陽汰の顔を見ると彼は照れくさそうにしながらも笑みを浮かべた。 「さっき父さんに教えてもらったんだ。今度から、ゆずって呼んでいい?」  パッと蓮のほうへ視線を向けると、彼は椅子に座りながら悪戯っぽく笑っている。  随分前にダメって言ったのに陽汰に言わせるなんて……けど、嬉しいから良いか。 「うん、いいよ…陽汰からそう呼ばれるの僕も嬉しい」  ◆  トントントンッと軽快に野菜が刻まれていき、その横ではぐつぐつとハンバーグのソースが煮込まれている。  前よりも野菜を切る手際が良くなった陽汰の手元を見ながら蓮は横でソースの味見をした。  今日、柚希は仕事の関係で外出しており、蓮と陽汰は二人で夕飯を作っている。メニューは夏野菜をふんだんに使ったラタトゥイユと煮込みハンバーグ。  柚希のために作りたいから手伝ってほしいと陽汰が言い出したのがきっかけだ。 「そういえば……父さんって反抗期とかあったの?」  フライパンで野菜を炒めながら陽汰は何気なく聞いてみた。  陽汰からしてみれば蓮も柚希も完璧な存在だ。なんでもこなしてしまうし、性格も穏やか。そんな二人がこの前の陽汰のように子どもっぽくキレたりする姿など想像もできなかった。 「俺?まぁ、あったといえばあったな……結構ずっと反抗期みたいなもんだったかも。こうして料理上手くなったのもそのうちの一つだしな」 「どういうこと?」 「じいちゃんとばあちゃん、今も忙しそうにしてるだろ?あれ昔からでさ、俺との時間なんてほとんどなかったわけ。まぁ、最初はこんなことできるようになったんだって褒めてもらいたくていろいろやってたんだけど、そのうちこの家出てっても一人でやってけるんだからなって気持ちになってったんだよ。反抗期っていうか反骨精神だな」  まあ、そのおかげで高校のときに柚希に料理作ってあげたりして仲良くなれたんだけどな。  こんなこと言ったら陽汰に惚気だと言われてしまうな、と後半の言葉は飲み込んだが、蓮の顔には隠しきれない笑みが浮かんでいた。  そんな蓮とは対照的に、野菜を炒めていた陽汰の手が動きを緩め、瞳に僅かばかり陰りが落ちる。 「……やっぱ、父さんはすごいな…ゆずもだけど…」  こんな完璧な両親がいるのに、自分はどうして上手くできないんだろう。二人みたいになることなんてできないのかな……。 「陽汰」 「えっ…わっ!?」  突然くしゃくしゃっと髪を撫でられ、マイナスに陥っていた思考が遮断される。蓮のほうを見上げると彼は真剣な顔をしたあと、ニカッと笑みを見せた。 「俺らだって最初からできたわけじゃないからな。積み重ねだよ。ほら、今やってる料理だってちょっとずつ上達してっただろ?何事もそれと同じ。焦らなくて良いんだよ」 「うん…って、もう、父さん髪の毛ぐしゃぐしゃにしないでよ!」 「ははっ、悪い悪い」  頬を膨らませながらも野菜を炒める手を再開させた陽汰を見ながら蓮は目を優しげに細めた。  昔は、こんな風に自分の子どもと並んで料理する日がくるなんて想像もしていなかった。  親を見返すために始めた料理。それはいつしか柚希と並んで作るようになり、今ではそこに陽汰も加わっている。 「父さん、これも味見してみて」 「あぁ…うん、美味い。やっぱ前より上手くなったな」 「ほんと?ゆず…喜んでくれるかな?」 「喜ぶに決まってるだろ。また泣くかもな。あいつ本当は泣き虫だし」 「えー、嘘だぁ。ゆずが泣いてるところなんてこの前見たのが初めてだよ?」  そうは言ったが陽汰は自分自身の涙腺が弱いことを考えると、もしかしたら柚希譲りなのかも…?という気もしてきた。  それに、もしこれを食べて、泣いてくれたら……嬉しいかもしれない。 「柚希が泣いたらちゃんと抱きしめてあげるんだぞ、陽汰」 「それは父さんの役目じゃないの?」  首を傾げると力強い腕にぐいっと肩を抱き寄せられた。そしてすぐ近くで落ち着いた低い声が自信を持って答える。 「俺は、二人を抱きしめる役目だ」  得意気に言う父の姿に、陽汰はちょっとした恥ずかしさがありながらもその顔には笑みが浮かんだ。  三人で支え合っていく。それがこの家族の形。  キッチンに広がる煮込みの良い匂い。二人の楽しく話す声が玄関まで響き渡る中、この家のもう一人の家族の声が明るく帰宅を告げた。 「ただいま」

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