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第7話

「見て! こんなにたくさん。本当に、いっぱいもらっちゃった。いいのかな」 フィンは両手いっぱいに抱えた野菜のかごを見つめつぶやく。 長老たちが集まる集会所からの帰り道。人々が次々と手渡してくれた旬の野菜、焼きたてのパン、干した魚、そして手作りのジャム。フィンとハロルドは、それらを抱えて一緒に戻ってきたところだった。 「いいんじゃないか? 診察もしてくれたって、みんな喜んでただろ。先生、先生って、大人気だったじゃん」 「……あなたも、子供たちから相当人気ありましたよ」 「俺はさ、フィンだけにモテてればいいんだよ? それなのに君は、いつの間にか、おばあちゃんたちに取られちゃったし」 「……なにそれ。取られたって」 「あはは、すごかったよな。『先生、お肌が綺麗〜』とか『もっと食べなきゃだめよ』とか。笑って見てたけどさ、途中から、あれあれ? 俺のフィン先生なんだけど~って思ってた」 「なに、その独占欲みたいな発言……」 フィンは呆れたように返しながらも、頬がほんのり熱くなるのを自覚していた。 隣で笑うハロルドは、持ちきれない荷物を肩に担いでいる。その背中が、今夜はやけに頼もしく見えた。 家に戻ると、ハロルドは迷いなくキッチンへ向かう。 「じゃあ、そこ座ってな。見てるだけでいいから」 「えーっ、見てるだけって……大丈夫、何かするから」 「いや〜、包丁握ると、だいたい怪我するじゃん」 「け、怪我って……ほんの少し切っただけでしょ! あれは不慣れだっただけだし!」 「うんうん、じゃあリベンジだな。サラダ用の葉っぱ、洗って」 「……はい」 しぶしぶ頷いたつもりだったのに、返事が思ったより素直だった気がして、フィンは慌てて視線をレタスに戻した。 洗い場の前に立ち、レタスの束をそっと手に取る。冷たい水に思わず身をすくめ、 跳ねたしずくに何度も肩がびくりと動く。 「フィン、びしょびしょだよ」 すぐ背後から、苦笑混じりの声がする。 「……わかってる。野菜を洗ってるんだから、しょうがないでしょ」 そっぽを向きながら言い返すものの、指先は少しぎこちない。そんなフィンの肩越しに、ふわりとタオルが差し出された。 「はい、拭いて。あんまり濡れると、風邪ひくぞ」 振り返ると、ハロルドが柔らかい目でこちらを見ていた。まるで何でもないことのように、当然のように。自分の不慣れさが恥ずかしくなっていく。 「そういうの、向いてないかもしれないけど……やる気はあるんだよなぁ」 「やる気って……べつに、褒められたくてやってるわけじゃないから」 「でも、褒めたくなるくらいには、可愛い」 「……っ、また! そういうの、ほんとにやめて」 水に濡れた指先を、そっとタオルで拭き取りながら、フィンは小さくため息をついた。 「今まで料理しないで、どんなご飯食べてたの?」 「ご飯……?」 あまり考えたことがなかった。空腹になったら、食べる。そこに好きなものやこだわりという感覚は、あまりない。 「えーっと……サラダ?とか。そのまま食べるよ。トマトとか、きゅうりとか……後はリンゴかな。かじるだけでいいし」 「……かじるだけ?」 「そう。あとパンとか……基本、包丁いらずで食べられるもの」 「ははは、それワイルドすぎるだろ」 「……まぁ、料理苦手なんで。火を使わなくて済むなら、それで十分なんだけど」 「それ、食事っていうより……生きるための摂取って感じじゃん」 「そう言われると……否定できないかも」 ほんの少しだけ、照れたように肩をすくめたフィンに、ハロルドが優しく笑みをこぼす。 「そっか……じゃあ、俺、もっと頑張ろう。胃袋、ガッチリ掴んでおきたいもん」 「胃袋……?」 思わず聞き返したその単語に、ハロルドはにやりと笑った。 なんだかんだ言いながらも、彼の手は止まらず、料理は着々と仕上がっていく。やがてテーブルには、湯気の立つ煮込み料理と、香ばしく焼けたパンが並んだ。 ひと口、口に運んで、思わず声が漏れる。 「う〜んっ……美味しい。これも、最高……ほんとに、あなたって料理が得意だよね。すごいっ!」 「……ハロルド」 「ん?」 「……俺の名前。知ってるだろ? フィン」 ふいにまっすぐ向けられた視線に、胸の奥がひやりと揺れた。言葉はいつもの調子なのに、その目だけが真剣だった。 「し、知ってるよ……ハロルド……?」 「ははっ、なんで疑問形なんだよ」 「な、なんとなく……」 フォークを持つ手に、じわじわと熱がのぼっていく。名を呼ぶだけなのに、顔を背けたくなる。だけど、不思議と目が離せなかった。 「でもさ、フィンから名前で呼ばれるのって破壊力、ハンパない」 「……なに、それ」 顔が熱くなるのを自覚する。けれど、不思議と嫌じゃなかった。むしろ、むずがゆくて、落ち着かない。 「もう一回、こっち見て、呼んで?」 ほんの一瞬だけ迷ってから、フィンはまっすぐに視線を合わせて、名前を呼んだ。 「……ハロルド」 その瞬間、ハロルドはスプーンを静かに置き、ふぅっと小さく息を吐いて、背もたれに体を預ける。 「……やっばい。今ので完全にやられた」 冗談のような声色だけど、口元はゆるみ、頬にはほんのり赤みがさしていた。 たぶん、照れているようだ。 「な、な、なに……っ、だから、そんなに何度も呼ばせないでってば!」 ハロルドの照れが伝わってきて、フィンも何故か恥ずかしくなってしまう。 「……いや、俺、今ちょっと幸せだから」 「もうっ! なに? ほんとに……ほら、冷めちゃうから、食べて!」 「いや、ちょっと今、気持ちの整理してるとこだから。待って…」 「整理? そんなのいいから……っていうか、あなた照れてるの?」 ふと視線がぶつかる。 ハロルドは、にやりと笑った。 「ああ、照れるって。……かなりな」 あまりにも自然に、さらりと告げるから、フィンはまたしても言葉を失い、手元の皿を見つめるしかなかった。

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