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第19話※
ドサッと…自分ひとりでは聞いたことのない音が、ベッドの上に響いた。二人分の体温と重みが、マットレスに深く沈み込む。
キッチンからここまで、気づけばハロルドの腕に抱かれていた。反論も、抵抗も、どこかに置き忘れてきた気がする。
「……傷口、広がるよ」
「もう、塞がってる」
あまりにあっさりした返事。
そのくせ、どうしようもなく甘かった。
「どうだか。開いたらまた縫うよ?痛いよ?」
くすっと笑う音とともに、上着がバサッと音を立てて落ちる。それも、自分ひとりでは知らなかった音だ。
大きな身体から滑り落ちる布地の音は、思っていたよりもずっと官能的だった。
「はは、傷口か……見てみるか?」
「……んんっ…ん、」
ふざけたような声と一緒に、唇を奪われた。
熱い。
柔らかい。
深く、深く、溶け合うようなキス。問いかけるくせに、答えさせてくれない。それこそ強引だ。
「傷は……」
「あとでな」
キスの合間に背中に伸ばしかけた手は、あっさりと捕まえられ、指ごと包まれる。そのぬくもりに、力がふっと抜ける。
「ずっと、キスしたかった」
「うそ。……しなかったくせに……ん、んん……っ、」
かぶりつくようなキスだ。息を飲む音すら甘い。抗おうとしても、心も身体も、とっくにこの人に溺れている。
ハロルドの手が、手早くフィンの服を脱がしていく。抵抗はしない。ただ、少しだけ意地悪そうに見えるその顔を、熱を帯びた目で睨んでみせた。
「慣れてる……」
「はは。緊張してんだけどな」
「絶対うそ……」
そう言いかけた唇は、またすぐに塞がれた。何かを惜しむように。時間をも惜しむようだ。
「こら。もう無駄口をきけないようにしてやろうか」
やっぱり、ずるい。
この人の甘さは、いつだって強引だ。
それでも、逃げたくならないほど優しい。
「好きだ」
耳元に、低く熱を孕んだ声が落ちてくる。
その手に触れられるたびに、自分の世界が静かに、柔らかく崩れていく。
「んん……っ…」
「フィン、呼んでくれ…」
「……ハロルド」
名前を口にするたび、その言葉が呪文みたいに、甘く、甘く、自分を溶かしていく。首筋に、ゆっくりと唇が触れる。
一度だけではない。浅く、深く、確かめるように、熱が、唇が肌の上をなぞっていく。
「はぁ……っ、んん、あつ…い…」
「たまんないな…こんなとこまで…キスさせてくれるなんてな」
吐息が混じるたび、皮膚がぴくりと震えた。首のうしろ、耳のうら、鎖骨のきわ。まるでそこが、自分のものであることを印として刻むかのように、ハロルドは、ひとつずつ、ゆっくりと熱を置いていく。
「もっと……」
「…ん?もっと…なに…」
その軌跡に、意識が引きずられていく。
呼吸も思考も、ゆっくりと、甘さに絡め取られて。唇が伝うたび、世界の輪郭が溶けていくようだった。
「もっと…別なところにも…キスして」
「……ああ…させてくれよ」
フィンの首筋に唇を落としながら、そっと囁く。笑っているような声なのに、熱がこもっている。
「ここだって…可愛がらせてくれ…」
言葉の合間に、首筋から胸元へ、唇がゆっくりと肌をなぞる。柔らかく触れた唇が、乳首をかすめた瞬間、ぴくんと身体が跳ねた。その反応に気づいて、くすぐるように、吐息をそっと落とす。
「……っ、ぅ…ん…」
「可愛い声、我慢すんなよ。……もっと聞かせてくれ」
ハロルドに触れられるところは全て気持ちがいい。なのに……声を我慢するななんて、意地悪なことを言う。
そしてまた、ハロルドは首のつけ根に甘噛みしながら、唇がぬるく触れたまま、囁くように、落とす。
「……どこを触れたら、名前、呼んでくれる?」
フィンはわずかに息を飲んだまま、ハロルドを見上げた。
「そんなの……試してみたら?どこなら…呼ぶのかって…身体で、確かめて」
その言葉は、まるで唇でなぞるように。
声すら、触れ合っているかのように甘く、ハロルドを誘う。挑発するようにフィンは言う。
「そうか…それなら、どこまでも…深く、確かめるしかないな…」
ジュッと熱が走るような音が、肌の奥に残った。両脚を持ち上げられ、大きく開かされたまま、内腿に焼きつけるようなキスを落とされる。触れた場所に、火が灯ったみたいに熱が広がっていく。
「ああっ…はああっ…んんっ……」
ひときわ大きな声を漏らしてしまう。もう自分を忘れてしまいそうなくらい気持ちがよくなってしまう。
ハロルドの指先が、フィンの縁をなぞる。
ごつごつとした男の手とは思えないほど、丁寧で、優しく。繊細な円を、肌の上に描いていた。
「そこ……その棚にあるやつ、取って」
ベッドの隣には、フィンがいつも使っている小さな薬箱がある。その傍らに、グリーンの蓋をした軟膏が置かれていた。万が一に備えて、常に手の届く場所に置いている傷薬だ。
「……どれ?これか?」
ハロルドが手を伸ばしながら訊ねると、フィンは小さく頷いた。
「それで…あなたが、してよ」
そう囁いたフィンの声に、意地悪で、そして誰よりも優しい男が静かに笑う。
ジュルッと、小さな音がして、ハロルドの手のひらに軟膏が落とされた。温もりを帯びたそれは、手の中でゆっくりと温められた後、ためらいなく、フィンの奥へと塗り込まれていく。
「意地悪するつもりはないけど……俺、そんなに我慢強くないぞ」
そう言いながら……
また、かぶりつくようなキスをされる。
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