21 / 29
第21話※
「まさか、裸でベッドの上でリンゴを齧る日が来るなんてな」
「齧る系は相変わらずって、昨日まで呆れてたくせに」
しゃり、しゃり。
ふたりでひと口ずつ、交互にリンゴを齧る。行儀が悪いのはわかっているけれど、誰も見ていない。見せたくもない。
服を着ることさえ惜しいと思うくらい。食事よりも、眠るよりも、ふたりで抱き合っていた。
「手軽に栄養がとれて、合理的だってわかった?」
「ははは、今はな。だけど、そろそろ何か食べなくちゃ。まぁ、後できっちり作ってやるよ」
ハロルドに笑いながら、口の端をそっと撫でられる。その指先は、まるで大切な宝物を確かめるように、ゆっくりと。ぬくもりだけで、心の奥まで包まれてしまいそうだった。
「…後で? 何か作ってくれるの?」
「ああ、何でもいいぞ?……でも」
もう一度、頬に軽く唇が触れる。熱を込めたまなざしが、逃さないようにこちらを見つめていた。
「……もう少し、こうさせていてくれ」
まるで願うような声だった。この人の溺愛は、いつだって優しすぎて、ずるい。
キッチンからベッドルームまで、そこかしこに熱が色濃く残っていた。あれからふたりはただ、何度も身体を重ねることに没頭している。
初めて肌を重ねた。
こらえきれず漏れた声は、やがて快楽に染まり、繰り返すたびに掠れていった。
ベッドルーム、シャワールーム、そしてバスルーム。触れ合ったすべての場所に、熱と記憶が重なっていく。
バスルームの鏡の前では、後ろから抱きしめられた。そのまま深く繋がり、ハロルドの激しさを、甘さごと受け止めていった。
身体は次第に慣れていき、知らぬ間に、フィンの方からもそれを求めるようになっていた。
くちゅ、ちゅっ……と、水音を立ててキスが落ちる。唇が名残を惜しむように離れては、また重なる。
「……ハロルド」
舌先が絡み、吸い上げられる。ハロルドの厚く熱を帯びた舌が、口内でゆっくりと絡まり合い、味わうように弄んでくる。
「……あなたの名前…舌に残ってる……」
かすれるような声で、喉の奥から、熱を孕んだ吐息とともにこぼした。
「……光栄だな。どうせなら、もっと深く刻んでやるよ」
ハロルドの低く掠れた声が、耳元をかすめる。そのまま、首筋から鎖骨へ、ゆっくりと舌先を這わせ、次の瞬間、甘噛みよりも深く、噛みしめた。
「…っ、あ……」
フィンがわずかに喘ぎ、指先がシーツを掴む。痛みと熱の狭間で、逃げるでもなく、むしろそれを受け入れるように喉を鳴らした。
「そんな声、出すなよ。また止まれなくなる」
ハロルドの口づけは深く、さらに爪を立てるように強く、肌に愛情の証を刻んでいく。
首筋、肩口、胸元へ…
あちこちに滲む痕は、まるで縄のようにフィンを絡め取る。
「フィンの肌を、ぜんぶ俺の名前で染めてやりたい」
その囁きが、熱くて、重くて、たまらなく 甘い。そしてフィンは、言葉にならない吐息で、それに応えた。
囁いたのか、零したのか、自分でもわからない。けれどその名は、確かに、舌の上に残っている。熱を舐めるような音が喉奥にまとわりつき、呼吸より先に、甘く絡みつく音節だけが口に宿る。
その名を呼ぶたびに、体の奥に熱が灯る。
唇が乾き、もう一度と求めるように開いてしまう。
その名を舌に残したまま、フィンはもう一度、わざと甘く、挑むように囁いた。
「……ねえ、もっと… あなたの名前で、乱されたい……」
その囁きは、濡れた吐息にまぎれて、熱を帯びた空気にとろけていく。
その瞬間、何かが決壊した音がした気がした。抑え込まれていた獣が、鎖を千切ったような、低く、喉の奥でうなりが漏れた。
「フィン……もう、許さないからな」
低く、かすれた声。それは怒りでも呆れでもない、欲と執着が滲んだ、溺れるような愛情の声だった。
リンゴが手から落ちる。
次の瞬間、フィンの細い手首がベッドに押し戻される。
唇を奪うキスは、もう形をなさない。噛みつくように、貪るように、何度も、何度も。
「……そんなこと言うからだ」
耳元にかすれる吐息。
「……ハロルドっ……」
かすれた声が喉奥から漏れ出す。名前を呼ぶたびに、口の中に、胸の奥に、その響きが広がって、全身が震える。
唇が、耳の裏、首筋、鎖骨を辿るように這い、執拗に愛撫される。内側に深く沈み込んでいく熱が、ゆっくりと、しかし確実に限界を追い詰める。
身体を優しく反転され、自然と四つん這いの姿勢に導かれる。熱の滲む腰がわずかに揺れる。ヒクヒクと誘うように揺れるそこへ、ハロルドの指先が、ゆっくりと滑り込んだ。
「……ん、やだ、そこ……っ、そんなにしたら……ぁ……」
腰が、勝手に揺れてしまう。内側で擦られるたび、疼くような熱が走り、もう言葉にならない。
「感じてるな……可愛い……全部、もっと教えてくれ」
ハロルドの声が低く、甘く、耳を撫でる。
その大きな手がフィンの腰を抱え、深く深く引き寄せた。孔に当てられる熱は硬く強い。既に知ってしまったそれを求めてしまう。
「……奥に入れてよ……全部……、あなたの名前で、溺れさせて……」
「……ああ、何度でも溺れさせてやる」
ハロルドは呻くようにそう囁くと、グチュリという音と共に、腰を奥深くに進めてきた。ぬるりと押し込まれる熱に、フィンの身体が快楽に震える。
「……ははぁんっ、、いいっ、やぁん、」
声が艶やかに滲み、吐息に混ざって甘く揺れる。内側で脈打つそれに締めつけながら、フィンは腰を揺らし、強請るように誘った。
「……可愛い……そんな声で誘ったら……もう、止まれないぞ……」
ハロルドは喉の奥で唸るように言いながら、フィンの尻を両手で掴んだ。
激しく。後ろから覆いかぶさるように、ハロルドの腰が打ち込まれる。そのたび、ベッドが激しく軋む。
ぐちゃ、ぐちゃといやらしく響く水音と、二人の荒い吐息が混ざり合い、空気すら震わせる。
「……ああ、たまらない……全部、俺で蠢いてる……君の中が、離したくなくて締め付けてくる……」
耳元で低く、熱を帯びた声が落とされる。
その声だけで、フィンの内側がさらに疼いてしまう。
「フィン……もっと奥まで……全部に、俺を刻みたい……」
獣のように激しい。だけど狂おしいほど優しく。ハロルドの動きは激しさを増しながらも、フィンの腰を片手で支え、もう片手はその背を愛おしげに撫でていく。
「……壊したいわけじゃない。だけど、足りない……もっと、君が欲しい……はっ、くっ、」
深く、深く。何度も名を呼びながら、ハロルドは突き上げるたびに愛を込める。
腰が打ちつけられるたび、ベッドが軋み、熱と愛と欲望が濃密に混ざっていく。それは、愛しさと欲情に溺れるような、本能のままの動きだった。
「っ……あ、は……っん、んぅ……っ」
喉の奥でちぎれるような声しか出せない。
熱が込み上げ、息さえまともにできないほど、フィンの身体は甘く痺れていた。
「……な、まえ……っ、呼ばせて……もう、だめ……っ」
指先に、腰に、奥に、全身を愛されながら、フィンはかすれる声で縋るように囁く。
「……やだ、こんな……ッ……は、っあ……こわれ、ちゃう……」
甘く、涙を含んだ瞳で振り返り、震える唇で言葉を絞り出す。
「……ここの…この奥に、俺の名前、もっと刻んでやる…声、出せよ…呼べよ」
「……もっと……刻んで……ハロルド……っ」
その名を呼ぶたびに、唇が熱を帯び、舌がふるえ、声が快楽に溶けていく。理性も言葉も、すべてが蕩けるような、どうしようもなく、愛おしい溺れ方。
腰が深く沈み、何度も、何度も、愛しさを叩き込まれるたび、フィンの奥がじくじくと疼いた。
甘くて、熱くて、どうしようもなく気持ちいい。それなのに、涙がにじむ。
「っ、もっと……きて、奥……奥まで……っ」
喉を震わせるような声。
艶を帯びた吐息が耳元を焦がし、ハロルドの名を呼ぶたび、背筋に奔る熱が波打つように身体を揺らす。
「フィン……」
呼びかけは熱を含み、背中を抱きしめられる。次の瞬間、腰を大きく回し、さらに奥まで押し込まれ、フィンは声にならない声を上げた。
「っ、はぁあ……っ! あっ、あぁ……!」
理性がふっと溶ける。
自分の名前すら曖昧になるほどの快感に、全身が泡立つように震えていた。
「もっと……甘く、壊して……ハロルド、…全部……あなたのにして……っ」
「……もう、してる。君は最初から、全部、俺のだろう……?」
囁きは熱く、獣のように低い声で。ハロルドの動きがひときわ強くなると、フィンの内奥を押し広げるような強い衝動が駆け抜ける。
「あ、あぁあ……っ、ハロルドっ…っ!!」
息も絶え絶えに名を呼んだ瞬間、深く沈められた熱がどくりと跳ね、限界まで張り詰めた快楽の波が一気に弾けた。
身体の奥で重なる熱と、溢れるほどの愛。
それは、ただの快楽ではない。心の底から溺れていくような、二人だけの絶頂だった。
「……愛してる、フィン。こんなに……離せるわけ、ない……」
ゆっくりと、熱を吐きながら深く繋がったまま、ハロルドが重なるようにフィンを抱きしめた。ふたりの汗が、熱が、すべてを濡らしていた。
ともだちにシェアしよう!

