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第22話
何度も、何度も、互いの名を舌にのせ、指先で熱をなぞり、声と声が絡み合っていた。
言葉にならない快楽と、抑えきれない情熱で満ちていった。そして、名を呼び合うたびに、愛が、熱が、体温が、深く身体に刻み込まれていく。
肌はまだ火照っていて、息をするたびに体の奥に余韻が揺れる。絡み合った熱が、完全に冷めることはない。いつでも再燃できる距離に、ふたりはいた。
「こういうの……なんて言うんだっけ……」
ぐったりとした身体を少しだけハロルドに預け、フィンがぽつりと呟いた。
「あー……絶倫?」
いたずらめいた声色で、ハロルドが苦笑いを浮かべながらフィンの額にキスを落とす。汗の名残が残る肌が、ぴたりとくっついて心地よい。
「あはは、違うって…っていうかそれ、自分のこと? それ言う?」
「違うか? 止まれないってほどだったろ?丸一日以上だ。絶倫以外にあるか?」
「まあ……そうだけど……止まれないか……」
「止まれなかった。何度も崩れるフィンが可愛すぎてな……壊れないようにって思ってたのに、ごめん」
「そんなにやわじゃない……って言いたいけど、今回はさすがに……やりすぎ、かも。あなたの……おっきいし……」
「ああっ、またそんなこと言って。ベッドに戻すぞ? 今ので、もうデカくなってきてる」
低く囁くような声に、フィンはピクッと肩を震わせた。
「ええ……っ、だ、だから、もうやりすぎだってば……!」
抗議の声も虚しく、バスローブを羽織り、逃げるように立ち上がる。その背を追うように、ハロルドも苦笑まじりに身を起こした。
足元には、名残がそこかしこに散らばっている。くしゃくしゃのシーツ、ずり落ちたクッション、ベッド脇に転がったリンゴ。
ふたりはそろってふぅっとため息をついた。
「……まずは水、いや、ごはん?ちゃんと食べる?」
「そうだな、体力つけないと、また…な?」
「つけても、使い切るのやめて?」
「努力目標だな」
「げっ、またぁ!? も、もう……本当、すぐ……」
「すぐ、何?」
低く囁かれる声に、フィンはふいに目を逸らし、黙り込んだ。
けれど、またすぐにあの熱を受け入れてしまうのだと思うと、身体の奥が疼いてしかたがない。そんなふうに反応してしまう自分に、言葉を失う。
沈黙の意味を読み取ったのか、ハロルドは肩を揺らして、静かに笑った。
「……こんなかわいい姿見せられたら、そりゃ、仕方ないだろ」
片手でお尻をキュッと掴まれて、「ひゃっ」とフィンが跳ねた。
「ちょっ、やめてってば!」
「やめない。もっと触りたい。……けど、今は飯な」
そう言ってようやくハロルドは未練たっぷりに手を離す。フィンは頬を染めながら、それでも彼の後ろをぴたりとくっついてキッチンまでいった。
やっと、まともな食事をする時間がきた。
ハロルドはキッチンに立ち、鍋の蓋を開けて火加減を調整していた。いつのまにか準備を始めていたらしい。
その背中に引き寄せられるように、フィンもゆるく腰を預けるように隣に立つ。ふたりとも、バスローブ一枚。脱げばすぐに、さっきの続きを再現できるほどの距離と温度をまとったままだ。
「これ、なに?」
「スープ。ほら、手軽に栄養とれるだろ? だからさ、これを」
「へえ……」
「リンゴ以外で、ちゃんとした食事をな」
その低くて優しい声に、フィンの胸がじんわりと熱を帯びる。鍋の蓋がカタリと揺れ、バターと炒めた野菜の香りがふわりと立ちのぼる。
まだ、ふたりの熱は引き切っていない。
けれど今は、それを忘れるように並んで立つ時間が心地よかった。
カウンターには、湯気を立てる皿とふたり分のスプーン。
くしゃくしゃの髪、バスローブの襟元から覗く肌。落ち着いた空気に、焦げかけたバターの香りがふんわりと溶ける。それでも、どこかにまだ、甘く火照った気配が残っていた。
「美味しい……ねぇ、口、開けて? にんじん、甘くなってる」
フィンは小さなスプーンにひと切れのにんじんをすくい、そっとハロルドの口元へ差し出す。
その仕草はどこかくすぐったくて、けれど目元はいたずらっぽく細められている。
「はい、あーん」
ハロルドは少し照れたように眉を動かしながらも、素直に口を開けた。唇がスプーンに触れる瞬間、ふたりの視線が重なる。
「……甘いな」
その低く呟いた声に、フィンがふわりと微笑む。
「でしょう? 煮込んだからかな…ほら、ちゃんと味も優しくなるんだから。って、あなたが作ったんだけどね」
あははと声を上げてフィンは笑った。
にんじんを食べ終えたハロルドが、そっとフィンの腰にかけられていたバスローブの裾をつまむ。そして、くいっと軽く引き寄せる。
「……可愛い顔して、そんなこと言うな。戻りたくなるだろ」
「ふふ……今、すごい顔してたよ」
「じゃあ、飯の後にな。ちゃんと、覚悟しとけ」
頬を赤くしながらも、フィンはふわりと笑った。
「……お腹、空いてたみたい」
そう言いながら、フィンは湯気の立つスープをすくい、そっと口に運ぶ。ひと口飲むたび、ほんのりと優しい塩気が舌に広がり、頬がゆるんだ。
「これ……本当、美味しい。やっとまともな食事とれた気がする。ねえ?」
温もりにほっとしたのか、思わず瞼を細めるフィンの姿に、ハロルドはスプーンをくわえ、笑いながら言った。
「ははは、俺のせいみたいに言うなよ」
「あなたのせいでしょ? リンゴばっかりかと思ったもん。まぁ、ちょっと覚悟してたけど」
フィンはバスローブの袖をくるくると指先でいじりながら、もうひと口、名残惜しそうにスープをすする。
ふたりはテーブルにもつかず、キッチンの片隅で、立ったまま手早く食事を済ませていた。
落ち着きがないわけじゃない。ただ、どちらもわかっている…食欲のあとに、また別の欲がすぐ戻ってくることを。
「そうか、それは悪かったな。……次は、もう少し余裕を残しておく」
「……それ、またやる気ってこと?」
「もちろん」
その言葉とともに、引き寄せられ、ハロルドの手がまたフィンの腰を撫でる。ふたりの距離は、食事の合間ですら、甘く、熱を孕んでいた。
そんな静けさを破ったのは、突然のノックだった……いや、そう思った瞬間には、もうドアが開いていた。
「よう!ここにいたか……ん? すまない、まだ起きたてだったか?」
現れたのは、他ならぬ国王カイゼルだった。開け放たれた扉の向こう、立ち止まった彼は一瞬だけ言葉を失い、次に、じわじわと口元を吊り上げた。
フィンの動きがぴたりと止まり、手にしていたスプーンがカチリと音を立てて落ちる。隣のハロルドも、フィンを抱きしめたまま硬直していた。
ふたりとも、着ているバスローブが、肩からずれかけていることに、まだ気づいていなかった。
「……これは、いいところを邪魔してしまったかな?」
カイゼルはニヤリと笑い、あえて目を逸らさずにそう言った。
「へ、陛下っ!? い、今は……っ! これは、その……着替える前で……っ!」
フィンはあわてて、ずり落ちかけていたバスローブをかき寄せた。ようやく現実が見えてきて、顔を真っ赤にした。
「いいよいいよ、気にしないでって。ほら、もう夕方近いけど、朝ってことで通してあげるよ。うんうん、特別に」
カイゼルは冗談めかして言いながらも、その視線はふたりの様子をしっかりと見ている。
照れと焦りで真っ赤な顔のままのフィンの横で、バツが悪そうに眉をしかめるハロルドが口を開いた。
「……っていうかよ、お前さ。前から思ってたけど、なんでこの家の鍵持ってんだ?」
ハロルドがカイゼルを、ここぞとばかりに低く詰め寄る。
「あー、持ってるね。うん、持ってる。だってさ、ここ、昔は俺が使ってた別邸だったからね」
「だけど今は違うだろ?ここは褒美として国王陛下様が俺らにくれた家だよな?だったら、鍵は没収な。な?」
「うんうん、そりゃそうだ。わかる、わかるよ〜」
と、なぜか笑顔で同意しながら、カイゼルは一向に鍵を返す素振りを見せない。
カイゼルはキッチンの奥まで入ってくると、まるで自分の家のように椅子を引いて腰を下ろした。
「とりあえず……コーヒーかな。ハロルド、頼むよ。濃いめでな。甘いのはダメだぞ?今この空気に砂糖なんて入れられたら、もう俺は帰るしかないからな」
「……いや、お前が帰ってくれたら助かるんだけど?」
「なに言ってんだよ〜。せっかくふたりのところに遊びに来てやったんだから、歓迎してくれよ?」
満面の笑みでカイゼルが両手を広げる。フィンはその言葉に耐えきれず、思わずカウンターの影に隠れた。
「……ったく。濃いのな。文句言うなよ」
ハロルドがため息をつきながら、手慣れた動作でコーヒーを淹れ始める。
「おっ、そうこなくっちゃ。さすが我が軍の伝説の英雄。…そして今や、恋人のために朝食を作る甘々の彼氏なのか〜?」
「……お前、コーヒー甘くするぞ」
「はいはい、フィン先生助けて。ハロルド怒らせたら怖いんだよ、マジで」
カイゼルは茶化しながらも、どこか本気でこの空気を楽しんでいる様子だった。
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