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第24話

青空は高く澄み、風はやわらかい。雲一つない空の下、王宮の尖塔が静かにそびえていた。 呼び出しを受け、出向いたのは週明けの朝だった。 フィンとハロルドは、正装に身を包み、王宮の玉座の間へと足を運ぶ。かつての戦場で肩を並べた友としてではなく、今は国の未来を担う者として、国王陛下の御前に立つ。 カイゼルは立ち上がったまま、真っ直ぐにふたりを見据える。その双眸に宿る光は、国を背負う者の覚悟そのものだった。 「調査を頼みたい。南の村の土地に異変がある。守素の流れが、過剰なほどに活性化し、今や人の営みを呑み込みかねない状況だ」 一拍の静寂のあと、王は続ける。 「このまま放置すれば、国土の均衡が崩れる。今は恵みに見えるかもしれないが、その先にあるのは、緩やかな崩壊だ」 カイゼルは静かに息を吐き、王座の前で言葉を重ねた。その声音からは、かつての友としての柔らかさは消えていた。そこにあるのは、国を託す者の、揺るがぬ意志だった。 「フィン、ハロルド。これは、王命だ」 凛とした空気が、玉座の間に張りつめる。 「南の村へ赴き、君たちの目と知恵で、この国の未来を繋いでくれ」 ゆっくりと目を伏せるようにしながらも、カイゼルははっきりと、信頼のこもった声で続けた。 今の彼は友人ではなく、国王陛下として目の前にいた。フィンは一歩前へ出て、深く頭を下げた。 「承知しました、陛下。この目で見て、この手で確かめてきます。命あるものの声を、聞き取れる限り」 その声音は穏やかだが、確かな強さを宿している。 隣でハロルドが静かに頷く。重く響く足音とともに一歩踏み出し、王に向かって敬礼を返した。 王は微かに目を細めると、静かに頷いた。 「頼んだよ、ふたりとも」 そして、澄み渡る空の下。 新たな旅路が、静かに始まった。 南へ向かうための馬車には、すでに乗り込むだけの準備が整えられていた。石畳を進む車輪の音が、朝の静けさを軽やかに弾ませる。 王都を抜ける街道には陽が差しこみ、まだ薄く残る霧を揺らしていった。 国王からの命はすでに伝えられており、あとは出発するだけだった。王命を受けてすぐ、二人は静かにその旅路へと踏み出す。 「……ん、天気もいいな。風も悪くない。よし、完璧」 馬車の窓をわざわざ開けて顔を出し、ハロルドは深呼吸をした。これから調査に向かうというのに、どこか気持ちが浮いている。遠足前の子どもとは、まさにこのことだ。 フィンは隣で記録帳を開きながら、わざと小さくため息を漏らす。 「ちょっと……なんでそんなに浮かれてるの。仕事だってば、わかってる?」 「わかってるさ、ちゃんとやるって。けどまあ、少しくらいは浮かれてもいいだろ?」 「何に…」 「フィンとまた二人で、行けることに…だよ」 その声に、フィンは思わず手を止める。視線を横に向ければ、ハロルドの横顔がほんのり照れたようにほころんでいた。 「……仕事でも、それ、言う?」 フィンが横目で見ながら、少し頬を赤くする。 「言うさ」 ハロルドはあっさりと答え、前を向いたまま、わずかに笑う。 「だって、今回も長くなりそうだろ?『ちょっと見てきてくれ』なんて言ってたけど、あいつ、最初から滞在させる気満々だったじゃねぇか」 「まあ、そうだったけどね」 カイゼル陛下は軽く言ったが、ふたりには最初から長期滞在になるとわかっていた。 「せっかく気持ちが通じ合ったんだ。もう、離れ離れになるなんて考えたくない」 ハロルドのその言葉には、冗談めかした調子はなく、どこか不器用な真っ直ぐさがにじんでいた。 フィンは少しだけ目を伏せて、口元に小さな笑みを浮かべる。 「……ほんと、あなたって、そういうとこだけは正直だよね」 その声には、呆れと、でも隠しきれない嬉しさが混ざっていた。 ハロルドは肩をすくめて笑い、フィンの方にそっと視線を寄せる。 「それに、また二人で、ちゃんと歩いていけるだろ?それだけで、今回はちょっと、いい出発だと思ってる」 「……はいはい。じゃあ、そのいい出発に見合うだけ、ちゃんと働いてよね」 「もちろん。フィン先生の指導のもと、しっかりと調査に励ませてもらいます」 皮肉まじりに返されても、ハロルドの顔は終始ゆるんでいる。その様子に、フィンも思わず口元をほころばせた。 馬車は順調に進み、夕暮れの空が静かに茜色に染まりはじめていた。かつて調査で訪れた南東の村。その入り口で、二人を乗せた馬車が止まる。 「……着いたみたいだよ」 フィンが扉を開けると、ふわりと冷たい風が頬をなでていく。以前よりも空気は澄んでいて、土の匂いがやけに濃く、どこか懐かしかった。 「へえ……ずいぶん、変わったな」 ハロルドは荷物を抱えたまま、辺りをぐるりと見渡す。 「畑、広がってるね。あれ、前はこんなだったっけ?」 「いや……あんなにキュウリが主張してた記憶は、ない」 見ると、隅の畝で葉をわっさわっさと揺らすキュウリの群れ。フィンはくすっと笑った。 「守素の流れ、活性化してる。すごくはっきりわかる。これ、本当に…土地が息をしてるみたい」 フィンの声には、どこか安堵の色が混じっていた。手のひらに感じる風も、ほんのりとぬくもりを帯びているようだった。 「……いい風だな。フィンの肌に触れてるのを見てるだけで、こっちまで熱くなる」 ハロルドが低く呟き、目を細める。 「……は? なにそれ」 フィンが訝しげに眉をひそめると、ハロルドは荷物を下ろしながら、少しだけ笑った。 「いや、素直に思っただけ。さっきからずっと気持ちよさそうな顔してたからさ、色々と思い出しちゃってさ」 「……変なこと言わないでよ」 「変なこと言ってるか? 俺には、すごく……色っぽく見えたけど」 「っ……!」 フィンは一瞬、息を呑む。目が合うのを避けるように視線を逸らし、手元の記録帳をきゅっと握りしめた。その頬にじんわりと広がっていく赤みが、何よりも雄弁だった。 ハロルドはその様子を見て、悪戯っぽく目を細めていた。 「……またそうやって、仕事中に甘いこと言う」 フィンはわざと真顔を作ってみせるが、目の端には笑みが滲んでいる。口元もぴくりと動き、堪えきれず、やがてふるふると揺れた。 ハロルドはそんな様子を楽しげに見つめながら、ゆっくりと言葉を継ぐ。 「だって、今回は一緒に来れたんだ。ちゃんと並んで歩いて、調査もして……夜は同じベッドで寝られる」 「ほら、もう仕事の話どっか行ってる」 「ちゃんとするさ。フィン先生の補佐だからな、まじめにやる」 「ほんとに……?」 「ほんとに。ちゃんと寝るまで、フィン先生が隣で見ててくれ」 「……子どもじゃないんだから」 そう言いつつ、フィンは小さく笑って、くすりと息を吐いた。 いつものやりとりが戻ってきていた。だけどそれは、今や甘く、柔らかい響きを持っている。 風にそよぐキイチゴの葉が、足元で小さく揺れた。土の匂いはどこまでも濃く、守素の流れが確かにここに息づいている。 二人は並んで歩き出す。それはただの調査の始まりではなく、やっと手に入れた同じ歩幅での、穏やかで確かな一歩だった。 足元には、小さな芽がそっと顔を出している。それは土地の未来であり、ふたりが共に育てていく未来でもある。 end

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