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後日譚:④帰還

「……なあ。さすがに頻繁すぎないか?お前、先週も来たろ?王って暇なの?」 ハロルドが腕を組みながら、呆れたように目を細めた。 「ん? 公務だよ? 暇なわけないだろ。めちゃくちゃ忙しいんだから」 軽口を叩きながらも、カイゼルはどこか機嫌が良さそうだった。 「俺らだってもうすぐ帰るぞ? 王都に」 ハロルドは畑の方へ視線を向けながら、ぽつりとつぶやいた。 「えっ、帰ってくんの? いつ?マジで?」 カイゼルの足がぴたりと止まる。驚いた顔のまま、思わず前のめりになってハロルドを見た。 「……は? 何その反応。来週には戻る予定だぞ」 「そっかー……いや、ここに来る口実がなくなってしまう…」 ぼそりと呟いて、カイゼルは手のひらで日差しを遮るように額にかざした。真っ青な空が広がる南の村は、今日も変わらず平和だった。 「いやいや、何しに来てたんだよお前は」 「……視察だよ視察!フィン先生の癒しチェックと、ハロルドのガラの悪さ確認」 「とか言いながら……実はバレバレだぞ? 人見知りの研究者…いや、小児科医に会いたくて、毎週村まで通ってんじゃねぇか。違うか?」 「ふふ。お前、鈍いくせに、鋭いな。まあ、その鈍さが愛されるんだろうけど」 「……は?」 「いや、何でもないよ?」 カイゼルは苦笑しつつ、空を見上げた。澄んだ風が頬をかすめ、遠くでは子どもたちの笑い声が聞こえてくる。 「でも、問題は解決できたな。作物がぐんぐん育ちすぎて、こりゃヤバイと思ったけど……」 カイゼルは遠くの畑を見やり、実った作物を風が揺らす様子に目を細めた。 「それ、俺、頑張ったぜ?物流と流通の再編、全部だぞ」 ハロルドは誇らしげに胸を張り、腕を組んでふんっと鼻を鳴らす。 「うん、わかってるよ。助かった。出荷先の国とも交渉が済んだし。隣国への取引は順調。あとは、医療都市と美容ルートの開拓も進んでる」 「医療都市か……あの港、昔、軍の補給で使ったろ?」 「そうそう。あの頃の記録、役立ったよ。補給路の復元を名目に外交官派遣した」 「ずるいな。……でも、うまく使ったな」 互いに見合ってニヤリと笑う。どこか戦地を共にした頃の名残のような、無言の信頼がそこにあった。 「うちの作物、栄養価高いし無添加だし。守素入りってだけで若返りとか美白効果だって言われてさ。もうあっちこっちの国が欲しがってる」 カイゼルが小さく息をつき、手をポケットに突っ込んだ。 「本当に、お前とフィン先生には感謝してる。村も国も、救われたよ」 その声は珍しくまっすぐで、飾り気がなかった。ハロルドは少し目を細めて、それを受け止める。 カイゼルは、そんな彼を見て少しだけ笑った。そしてふと、声を落とす。 「……お前もさ、帰れる場所ができて、よかったよな」 一瞬、風が吹いた。ハロルドはその場に立ったまま、空を見上げる。 「……俺? まあ……そうかもな」 淡々とした口ぶりだったが、その横顔はどこか穏やかだった。 かつて、戦地で生き延びた。天涯孤独となり、帰る家も家族も失った。それを知っているのは、長年そばにいた幼馴染のカイゼルだけだった。 だからこそ、今こうして、帰る場所のある日常を手にしたハロルドを、誰よりも静かに、嬉しそうに見守っていた。 「やっとフィン先生をものにできてさ。昔からずっと惚れてたくせに、隠してたよな?」 ハロルドは目を細めて、むっとした顔をする。 「……隠してたつもりはねぇけど?」 「はいはい。手に入らなくて焦ってただろ? こっちは周りの士官たちから、あの鬼軍曹がやきもち焼いてるって毎回報告きてたからな?」 「……うっせぇな。こっちは、いつだって本気だったんだよ」 そう言いながらも、口元には小さく照れ笑いが浮かぶ。その様子に、カイゼルは肩をすくめて笑った。 「でもまあ、よかったじゃん。帰る場所ができて、愛する人も手に入れて。今度こそ、ちゃんと幸せになれよ、英雄さん」 ハロルドは小さく鼻を鳴らし、少しだけ目を細めて答える。 「……調子いいな、お前は」 視線の先、陽の差す小道の先に、フィンとシアンが並んで立っていた。穏やかな風に白衣の裾が揺れ、その姿を見たハロルドの表情がふっと和らぐ。 「……フィンと、シアンだな」 「ああ、そうみたいだな。……って、シアン?」 ふいに横目で見やるハロルドが声を低くする。 「なあ…カイゼル、先週この村でシアンと一緒だっただろ? あの時、二人でどこ行ってたんだよ」 「……ん? 内緒」 あっさりかわされて、ハロルドが睨む。 「お前さぁ……」 そのとき、 「よう、フィン先生。お久しぶり~。相変わらずお美しいことで」 弾むような声と共に、カイゼルは手を振ってフィンに呼びかける。声も態度も、いつも通りの軽さだ。 だがその表情には、どこか照れたようなやわらかさがあった。 南の風は静かに吹き抜け、空はどこまでも高く澄んでいた。日差しは穏やかに降り注ぎ、土と緑の匂いに包まれた村は、すっかり安らぎの色を取り戻している。

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